「帰りたい。響と一緒に寝たい。お風呂は…ちょっとイヤだけど…」
「なんだよ。風呂だけ焦らすってか?」
響の胸にぴったり頬をよせて抱きついて…
その匂いを胸いっぱい吸い込めば、やっぱりどこよりも落ち着く。
…安心する。
「ご飯も作りたい。一緒に食べよ…」
「うん。買い物して帰るか」
久しぶりに響の大きな手が私の手を握る。
嬉しすぎて、そのうえからさらにもう片方の手を添える。
幸せ…密着…。
………………
「…何食べたい?」
「琴音の作る料理」
「何でもいいってこと?」
「琴音が作るなら」
…さっきからずっとこんな調子。
2人して、どうかしてる。
引っ越し屋のバイトは、突然で申し訳なかったけど、早退扱いにしてもらった。
帰ってきた未里子さんは、私たちの表情を見て、すぐに何かを感じてくれたみたい。
「いいから!早く帰って、2人きりで過ごして〜!」
追い立てられるように部屋を出て、響の車に乗り込んだ。
私服は事務所に置いてきちゃったので、背中にデカデカと「aba引っ越しセンター」と書かれたつなぎを着ている…
「この格好…ちょっと恥ずかしいよね…?」
「いや、琴音なら何着てても可愛い」
頬をちょんっと指先で弾きながら言う響。
…甘くて調子が狂う…!
ずっとコンビニ飯だったという響のために、肉も野菜も魚も取れる、あの料理を作ることにした。
「その名は…鍋です!」
「殻付きの牡蠣はナシだな。琴音が怪我したら大変だ」
そう言って、しっかり剥いてある牡蠣をカゴに入れる響。
「野菜も切ってあるやつでいいんじゃないの?琴音が怪我したら大変だ」
「いやいや…こんな割高なのダメだよ!白菜くらい、いくらでも切るって…!」
放っておくと、響の私に対する激甘発言が激しすぎて照れるので、手早く買い物を済ませてマンションに帰った。
「…なんか、久しぶりって感じさえする…」
いつの間にか、響と暮らすこのマンションが一番落ち着く場所になっていると気づく。
「向こうのマンションの荷物は、こっちに持ってきてもらうから。今日からまた、ずっと一緒だ」
「うん。響…ただいま」
「おかえり…琴音」
あんなにウジウジと悩んだのが、まるで嘘みたいに…幸せが戻ってきた。
一緒に鍋料理を用意してお腹いっぱい食べた後…
「お互い寝不足だから昼寝しようぜ?」
響の提案にうなずくと、先に風呂に入ってしまえと促される。
もしかして、後から入ってくるかも…
ドキドキヒヤヒヤしたものの、響は知らん顔してスマホをいじってた…。
…なに?
ちょっとだけガッカリしたようなこの気持ちは…
「わぁ…やっぱり響のベッドは大きい!」
先にベッドに横になれば、その大きさに圧倒されつつ、響の匂いに包まれてニヤける。
シャワーを終えた響が、濡れた髪のままベッドに腰を下ろした。
「あー…また自由な格好で寝てるな…」
「あ、Tシャツ借りたよ?」
下着と数枚の着替えは置いてあったものの、パジャマ代わりのジャージがここにないことに気づいて、響のロンTを借りた。
全然オッケー、という響に、胸のあたりに描かれたサイケなイラストを撫でながら言う。
「てゆーか、こんなロックなTシャツ持ってたんだね?」
響といえば…
モノトーンのシンプルコーデが定番で、こんな落書きみたいなイラストが描かれてるTシャツ、見たことなかったから。
「あぁ、それ大学の時海外で買ったんだよ。確か50万くらいか?」
「わっ!脱ぎます…!」
「いいよお前のパジャマで。すごい似合うし」
平然と言うけれど…50万のパジャマってちょっと落ち着かない…
モゾモゾしていたら、ちょっとイジワルそうに響が言う。
「脱いでもいいけど…代わりのTシャツは貸さないぞ?」
「…っ?!」
下着だけで寝る勇気なんてないバージンな私は、大人しく借りることにする。
髪を乾かした響も私の横に入ってきて、早速腕枕をしながら、チュッと頬に口づけてくれた。
そして、真相が語られた。
「あの見合い相手なんだけどさ…実は、緑川コーヒーの娘だったんだよ」
緑川コーヒー…と言われてちょっと考えて…旅行の帰りに玲と2人でいた女の人を思い出した。
「…えっ?玲と付き合ってるんじゃないの?」
「FUWARIの経営は危ないままだし…玲とのことは、親に言えなかったみたいだな。だから俺との見合いは、親のすすめによるものだったらしい」
「…形だけってこと?」
「そう。お互いさまだったんだよ。俺には結婚する予定の愛する恋人がいるってちゃんと話した」
「…そう、だったんだ」
思いっきり誤解してて、さっき散々責めてたことと、勝手に拗らせてたことが恥ずかしくなる…
…それなら早く話してくれてもよかったのに…。
「一緒にタクシーに乗ったのは、彼女を送り届けるため。その後戻って…うちのホテルに1人で宿泊した。防犯カメラに映ってるだろうから、確認してもいいぞ?」
「そこまで疑わないよ。さっきから…何となく雰囲気が堂々としてるし、変なことはなかったって、わかるもん」
「カフェのことを今まで言わなかったのは、本当に参入できるかわからなかったから。でもまぁ…いろいろ努力して、なんとか形になりそうで、今日初めて琴音に言えた」
改めて…「koto.cafe」という名前を思い出して嬉しさがこみあげる…。
「蘭子さんは、玲のバイト先に連れて行って、本当の姿を見せてやった。ちょうどバイトの女の子を口説いてて、言い訳もできない状態だったよ」
電話で言った、見合い相手と外で会うというのはそういうことだと言う響。
そこまで聞いて、それならもっと早く教えてくれたらいいのに、と思う。
「…んじゃ、嫌疑は晴れたってことで…」
私の思いも知らず、響が体をこちらに向けてきたので、思わず…固まってしまいそうになる…
「…っ?!」
「寝るか…」
なんか…さっきから、響が襲ってくるのを待ってるみたいで、私ってば、はしたないのかな。
でも…ずっと関係をすすめるチャンスに恵まれなくて、本当は私だって…
見ると早くも目を閉じた響。
鼻がスッと高くて…寝顔も麗しい。
思わず響の方に横向きになって見つめてしまう…
この唇にキスしたい。
背中に触れる大きな手を感じて、もっといろんなところを触ってほしい…と思った。
その前に…
「…響、1個だけ聞いていい?」
「ん…?」
思ったことは解決しておこう。
そう思った私はさっきの疑問を口にした。
「どうして早く、お見合い相手のこととか、お見合いの真相を教えてくれなかったの…?」
響の視線が私に注がれる。
ちょっとギラついたように見えたのは気のせい…?
「意地悪したかったから」
「…え?」
この時は、あのバーで、川西くんに告白された時のことを言ってるんだと思った。
響の心の奧に、秘めた想いがあるなんて、思いもしないで。
「…ごめん。でもあの後、ちゃんと恋人がいるって言ったよ。それに私は、響が大好きだから」
すぐそこにある響の頬に、チュウ…っと、少し長めにキスを落としながら、私は吸い込まれるように眠ってしまった。
…そのすぐ後、我慢しきれなくなった響が、私の方を向いてキスしてきたことに、まったく気づかないまま…。
コメント
6件
はぁやっと安心できる所に収まった?響大事すぎてトンチンカンな事になっちゃうのかな? とりあえず、琴音ちゃん待ってるから今日はゆっくり休んで体力回復させて…( *´艸`)フフフ♡
響また邪魔が入らない内にねー。琴音ちゃんも待ってますわよー。
ややこしい2人だな😆