職場に行くまでの道すがら、「歩きスマホは良くない」と分かっていながらも、どうしてもスマートフォンを操作せずにはいられなかった日和美だ。
(だってだって、信武さんの正体が気になるんだもん)
昨夜は意味深なことを言われてもすぐに添い寝を強要されてしまい、調べる時間が取れなかった。
はやる気持ちを抑えながら大手検索エンジンGougleに『立神信武』と打ち込んでサーチボタンをタップしたら……。
ネット上の百科事典的サイト『Webpedia』が一番上に乗っかってきた。
そこをタップしたら「立神信武(たつがみしのぶ、一九九*年二月一〇日-)は、日本の小説家 、直川賞受賞作家。血液型AB型 。俳優の神立マコト(本名・立神真武)は実弟。 アメリカ生まれ……云々……」 と書かれていて。
日和美は信武が自分より九つ年上なのだと初めて知った。
著書には直川賞を受賞した『金魚鉢割れた』のほかに、『陽だまりの硝子玉』『嘆く人』『犬を飼う』『白いうなじの少女』『いい声で啼く女』『ある茶葉店店主の淫らな劣情』『誘いかける蜜口』などがあるらしい。
タイトルからしていかにも官能小説と言ったエッチそうなのもあれば、もしや純文学ですか?と思うような堅そうなイメージのものまでさまざまで。
日和美はウェブペの情報に視線を走らせながら、一体どんな作風の作家さんなのですか!?と悩まずにはいられない。
ウェブぺディアによると、立神信武は作品によってまるで別人が書いたみたいに筆致が変わる作家として有名らしい。
余りに文体が豹変するため、実はゴーストライターが複数名いて、その人たちによって生み出された作品もあるのではないか?とまことしやかに噂されているとも書かれていた。
そんな彼は、アメリカ国籍を持つロシア人の母親と、日本人の父親の間に生まれたハーフだということも書かれていたのだけれど。
日本人の特徴とも言える黒髪黒目は確か優性遺伝だったはずだから、信武が金髪で全体的に色素の薄い印象なのはアルビノか、もしくはお父様の血のどこかに白人の血が混ざっているのかしら?とぼんやり思う。
伊達にTL作品を読み漁っていない日和美は、過去にそんな設定で書かれたヒロインが出てくる漫画を読んだことがあるのを思い出していた。
実弟として名前の挙がっていた俳優の神立マコトは、言われてみれば確かに信武と似た顔立ちで。
けれどこちらは黒髪黒目で兄の信武とは全然印象が違っていた。
いうなれば、白と黒にスパンと別れる兄弟といったところ。
家族だと言う予備知識がなければ、二人の間に血の繋がりがあるだなんて到底信じられないレベルだった。
ウェブペディアに載っていた信武の顔写真のサムネイルはあまり鮮明ではなかったけれど、ちょっと探したら色んなところに信武の写真がヒットして。
そのどれを見ても何故か(不破さんだ……)と思ってしまった日和美だ。
そう。
不思議なくらいどの写真もみんな不破さんなのはどうしてだろう?
信号待ちをしながらついさっきまでともに過ごしていた信武の顔を思い浮かべてみるけれど、眼光と言うか、身にまとう雰囲気と言うか、ネット上で紹介されている信武とは全然違っていて。
どちらかと言うと信武自身のものよりも、弟のマナブのサムネの方が家にいる信武の雰囲気に近かった。
***
「あのっ、多賀谷先輩は立神信武って作家をご存知ですか?」
昼休み。
たまたま一緒に休憩へ入ることになった先輩店員の多賀谷が、お堅い系の文芸コーナー担当の人だったので、日和美は思わず聞いてしまった。
大学がほど近いここ『三つ葉書店学園町店』近郊には喫茶店やレストラン、ハンバーガーショップ、コンビニなどが結構充実している。
昼食は皆で交代制で取るようになっているので、あえて正午から十三時の混雑時を避けて外へ食べに出る者も多い。
だが、今日日和美は信武にねだられて手作り弁当を、多賀谷はコンビニ弁当持参だったので、二人して正午に休憩室。差し向かいの席へ腰掛けてランチタイムを迎えていた。
平日の昼間だからこそ出来たことだが、これが土日祝日なんかだと二人同時に休憩が重なるようなことは絶対にないらしい。
(まぁ私がまだ半人前で、そんなに戦力になれていないのもあるかも)
即戦力とは言い難いと自分自身感じているから。
もしかしたらベテラン先輩書店員と休憩に入ることで、何かを学べという意図もあるのかもしれない。
なのに仕事のことよりも信武のことを聞いてしまった日和美だ。
「知ってるも何も……私、大の立神信武ファンよ!?」
それまでは黙々と弁当をつついていた多賀谷がきらりと瞳を輝かせて、ほんの少し前のめりになる。
「なに、なに? ひょっとして山中さんも立神先生のファン?」
身を乗り出すようにして聞かれた日和美は、多賀谷の余りの熱量にたじろいだ。
「あ、あのっ。ファンというか……、その……知人の影響でちょっと興味がわいて……。読んでみようかなぁと」
その知人が立神信武本人だとは口が裂けても言えないと思った。
それに、申し訳ないけれど自分は大衆文芸――しかもTL・BL畑。
直川賞や芥木賞を受賞するような、敷居の高い文学作品には造詣が深くない。
「そうなの!? 彼、物凄いハンサムなの知ってる? 物腰も柔らかくて紳士的だし。思わず守ってあげなきゃいけなくなる感じっていうのかな? それが凄くいいんだよね。そのくせ作風は驚くほど野性味にあふれてて。ギャップ萌えっていうの? それが魅力なの!」
まくし立てるように一気に言うなり「観る?」と多賀谷が自分のスマートフォンを日和美の方へ向けてきた。
「……?」
何だろうとキョトンとした日和美に、直川賞を受賞した際の、信武の挨拶動画が流される。
(不破さん……!)
金色に光り輝く屏風をバックに、スーツ姿の不破が――実際には立神信武らしいのだが――、日和美のよく知る王子様スマイルを振りまきながら受賞の喜びをふんわりした口調で語っていた。
表情の作り方から喋り方、細かい仕草に至るまでどこからどう見てもそれは〝不破 譜和さん〟で。
日和美は(これ、本当に信武さん?)とフリーズしてしまう。
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