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✧≡≡ FILE_052: 死 ≡≡✧
──あの頃は、まだ「死」というものを、どこか軽く見ていた。
だから、爆弾の前に立つことも、怖くはなかった。
爆弾を抱えて走ったあの日も、教会が真っ白に包まれた瞬間も、爆発が起きたそのときですら──楽しんでいた。
けれど、怪我をして、初めてわかった。
皮膚が裂けて、血が流れると──痛い。
火傷は、しばらくのあいだ、ずっとヒリヒリして、少し体を動かすだけで、喉の奥が無意識に鳴った。
Aは泣いていた。
本当に、泣きじゃくっていた。
その日の夜も、次の日も、思い出しては泣いていた。
怖かったから、泣いていたんだ。
きっと、あの瞬間──「本当に死ぬかもしれない」と、思ったから。
でも、助かった。
ワイミーさんが、守ってくれたから。
あのとき、すべてを庇うように立っていた人は、爆風を背中から受けて、大きな火傷を負った。
一命は取り留めたが、車の中にいたら即死だっただろう。
その後はロロが駆けつけてきて、全員を抱え込むようにして、外へ運び出してくれた。
けれど、病院はどこも閉まっていた。
仕方なく、彼は大通りを越え、隣町まで走った。
そのときのロロの顔は、真っ赤だった。
泣いていた、というより──ほとんど、号泣だった。
そして、爆弾を仕掛けた犯人は──影だけを地面に残して、消えていた。
正確には──“焼き付いた”のだ。
臓器は蒸発し、身体は原型を留められないほどに破壊された。
内側から爆ぜるような衝撃で、キリスは即死だった。
地面に。
床に。
壁に。
彼の影だけが、今もなお残っている。
そして、あの少年──ローライト。
あのとき、ケーブルを伝う熱を抑えるために使われたドライアイス。
立ちこめた煙と二酸化炭素を吸い込み、彼は急激な呼吸困難に陥った。
肺が痙攣し、酸素が取り込めなくなり──
そして──その後。
“心停止”。
そう。
心停止だった。
──それは、まるで必然だったかのようにも思える。
彼の身体は、生まれつき弱かった。
早産の影響で、肺の発育が十分ではなかったのだ。
医師からは、何度も告げられていた。
「寒冷環境や、酸素の薄い場所では、呼吸困難を起こす危険がある」
それでも、彼は逃げなかった。
自分の手で、“光”を止めるために、教会まで走ったのだ。
誰よりも幼く、誰よりも勇敢だった。
そして、あの少年は、確かに天国へ昇った。
父と母のもとへ、還っていった。
……だが。
その小さな手を、繋ぎ止めた者がいた。
──キルシュ・ワイミー。
彼である。
大火傷を負ったその身で、彼は心臓マッサージを続けた。
そのときの衝撃は、今も忘れられない。
まさか、と思った。
“寿命が尽きていなくても、人は死ぬ”。
そんな当たり前の事実を、あの瞬間まで、本気で理解していなかった。
だが──同時に、こうも思う。
あのとき、少年が持ち込んだドライアイスがなければ、爆弾内部の熱はさらに上昇し、金属は完全に暴走していたはずだ。
冷却によって、臨界はほんのわずかに遅れた。
その“ほんの少し”があったからこそ、放電も、退避も、救出も──すべてが、かろうじて間に合った。
結果として、爆弾は五つのうち三つが爆発した。
だが──世界が本当に震えたのは、その数字ではない。
正体不明の、八歳前後の子供が、命を賭して最後の一発を止めた。
その事実が、国境を越えて広がっていったのだ。
それでも、疑問は残る。
あれほど大きな事件だったにもかかわらず、なぜ今なお“L”の性別も年齢も公表されていないのか。
理由は単純だ。
ウィンチェスター爆弾魔事件の発生時、現地には緊急避難命令が発令されていた。
さらに、電磁パルスの影響で監視カメラはすべて機能停止。
誰一人として、彼を「L」と認識した状態で、その姿を目撃していなかった。
人々が知っているのは、ただ一つ。
──“光を止めた子供がいた”という、ほとんど伝説めいた事実だけだ。
もちろん、犠牲は出た。
死者も、負傷者も、決して少なくはない。
それでも──想定されていた被害と比べれば、あまりにも少なかった。
“都市の消滅”すら語られていた爆発は、都市の半分の被害で食い止められた。
むしろ、あの爆発は──ちょうどよかったのかもしれない。
「ルミライトの危険性」を、誇張も不足もなく、世界に突きつけるには。
人類は、初めて知ったのだ。
科学は万能ではない、と。
火を生み、電気を得て、原子を割り、ついには光すら操るようになった人類が──その手に握った“光”が、どれほど深い影を落とすのかを。
世論は変わった。
世界も、確実に変わった。
彼の名が、世界に輝き始めたのは──この事件の直後からだ。
……そう。
“ウィンチェスター爆弾魔事件”。
その名が定着した頃には、彼の存在はすでに、「国家」ではなく、「世界」の領域に手を伸ばしていた。
それにしても、「ウィンチェスター爆弾魔事件」などという呼び名は、あまりに雑だ。
爆弾に手を伸ばし、燃え落ちるケーブルを止め、その身を投げ出してまで奔走した事件に、相応しいとは思えない。
これは『L誕生日の事件』。
だから──この事件はこう呼びたい。
The Birthday of L──と。
……ん?
ダサい?
──その通りだよ。事件名なんて、いつだってダサい。
ロサンゼルスの事件だってそうさ。
誰が名付けたか知らないが、“藁人形事件”だの、“BB連続殺人事件”だの。何がどう連続で、どこがBBなんだ。そもそもBBなんて、誰のこと言ってる?
──事件の名前だけが一人歩きして、中身なんて見ちゃいない。
そこに何があったのか。
誰が起こして、何が起こって、動悸は何か。
そんなこと、誰も知らない。
知っているのは、“その時、そこにいた人間”だけ。
事件というものは「事実」である以前に、「語られる物語」なんだ。
人に届けるには、ただ起こったことを並べても駄目だ。強烈な“インパクト”と、“主張したいこと”がなければ、誰も振り返らない。
だからこそ──最高の事件名というのは、最高のプロポーズに似ている。
だからもう一度言おうか。
“The Birthday of L”。
──ああ、やっぱりイマイチだ。
だけど、この世界で一番、輝いてる。
あなたのように。
目が眩むほど、眩しい──