テラーノベル
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決意を新たに、二人を買い物に誘うことにした。
僕に話をした後、ムスクとシュメリとバルトの三人だけで応接室に入った。
バルトの入団の件で大事な話があるそうだ。
(魔法で遮っているのかな。どんな話をしているんだろう)
ドアに猫耳をくっつけてみたけど、今日は声が聴こえなかった。
聞こえないなら仕方がない。
僕はトボトボとその場を去った。
やるとこがない。
僕は庭を散歩することにした。
バルトが庭師を始めてから、庭は見違えるほど綺麗になった。
(バルトがいない森は、きっと荒れているんだろうな)
人が少し手を入れると、森は綺麗に育つ。
そういう育て方を、バルトは知っている。
(魔術師団も魅力的だけど、あの森からバルトがいなくなるのは、少し悲しい)
そう思って、立ち止まった。
僕は、あの森の家からバルトがいなくなるのが、悲しいんだ。
(どうして悲しいの? バルトはここにいるのに)
シュメリの屋敷で三人で暮らしている今が、幸せなのに。
どうしてか、心に何かが引っ掛かっている。
「行ってみたいな。魔窟の森の家」
バルトと二人で暮らした森も。
シュメリとお茶をした森の丘の草原も。
(懐かしい……)
全然知らないはずなのに、懐かしいと思うんだ。
ポロっと、知らない涙が流れた。
「なんで、涙」
ごしごしと目を擦る。
僕は遠くの空を眺めた。
見えない魔窟の森の景色が、目の前に広がる。
(……帰りたい。あの森に行きたい)
足が、勝手に前に出た。
「行かなきゃ。あの場所に行けば、きっと……」
大事なことを思い出せる。
そんな気がする。
僕の足が勝手に歩を早める。
無性にあの家に帰りたい。
「リンネ!」
走り出そうとした僕を、シュメリが後ろから抱きしめた。
「……シュメリ? 離して。僕、行かなきゃ」
「どこへ行くんだい。どこにも行く必要はないよ」
「でも、帰らないと」
帰らないと思い出せない気がするんだ。
シュメリとバルトと過ごした、大事な記憶。
僕はきっと、失いたくないんだ。
「行かなくていい。これ以上、失わないでくれ」
シュメリの腕が、僕を強く抱き寄せた。
「……シュメリ?」
「今のままでもいいんだ。これ以上、リンネの中から私を追い出さないで」
「そうじゃないよ。僕は、取り戻したいから」
「そんな保証はないだろう!」
シュメリが声を荒げた。
「また失って、今より何も知らないリンネになったら私は……耐えられない」
シュメリの声が震える。
僕は振り向いて、シュメリの顔に手を伸ばした。
その顔が泣きそうに歪んでいる。
「シュメリは、怖いの?」
「怖いよ。リンネがいなくなりそうで、怖い」
きっと本当に怖いんだ。
いつも優雅で強いシュメリが、震えている。
「わかった。じゃぁ、行かない」
僕はシュメリの頬を撫でた。
いつも微笑を絶やさない顔が憂いを濃くする。
僕の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「うん……うん、リンネ。行かないで」
僕を抱きしめるシュメリは、僕に縋っているみたいだった。
「今なら俺も、シュメリの気持ちがわかるよ」
いつの間にか後ろにバルトがいた。
僕の頭を撫でた。
「リンネは無理しねぇで、シュメリの屋敷にいるのがいい」
バルトの顔も、シュメリと同じ色をしていた。
屋敷に忍び込んでまで僕を連れ戻そうとしていたのに。
どうして、気持ちが変わったんだろう。
「二人は本当に、リンネが大事なのですね」
ムスクが、僕の目線に合わせて屈んだ。
「そのまま、聞いてください。先ほど、リンネの魂に被っている殻の話をしましたね」
僕は頷いた。
前に会った時にムスクが教えてくれた話だ。
「リンネがリンネに施した魔術の可能性があります」
「僕が、僕に?」
ムスクが、僕の背中をなぞった。
「過去を思い出した時、何が起きるのかは、施した術者以外わかりません。様々なリスクが考えられます。思い出した瞬間に今を忘れる可能性も、勿論あります」
「そんなこと……」
ないとは、言いきれない。
僕は、自分にどんな魔法をかけたのだろう。
「僕、魔法の使い方も知らない」
「今は、無意識ですからね。魔術師団に来てくれれば、魔力の自認は簡単です。使い方だって、いくらでも……」
「その話は断ったはずだよ」
ムスクの話を、シュメリがぴしゃりと遮った。
「リンネの状態固定については、感謝している。それ以上、踏み込むというのなら、僕も手段を選ばない」
シュメリの目がムスクを睨む。
ぶわりと、濃い魔力が逆巻いた。
「シュメリ、落ち着け」
バルトがシュメリの肩を掴んだ。
「やれやれ、リンネが関わるとシュメリは頑固ですね」
ムスクが僕から手を離して、立ち上がった。
「週に一度、状態固定の魔術を施しに来ます。その時に、リンネの魔種確認は、させてもらいますよ。魔種が芽吹いて魔花となれば、魔術師団はいよいよリンネを放置できません」
シュメリとバルトが口を引き結んで俯いた。
「魔花って、何? 魔種とは違うの?」
僕の問い掛けに、二人は答えを躊躇った。
「魔花は魔種が開花した状態です。魔花を持つ者は、魔術師団にすら一割もいません。それだけ貴重で希少な魔術師、ということです」
ムスクが僕の胸を指さした。
「リンネの魔種は、開きかけている。恐らく、魔花で間違いない。だから記憶や魂にまで関わるような高位な魔術が使えるんです」
ドクンと、心臓が下がる思いだった。
もし僕が魔花だったら、魔術師団に連れて行かれる。
シュメリから離されるんだろうか。
「まだ、魔花と決まった訳じゃない。魔術師団に、リンネは渡さない」
「さっき触れて、確信しました。そこは、諦めてください」
「だからって、リンネを連れて行くなんて」
シュメリが歯軋りした。
「魔術師団にはバルトもいるのですよ。そこまで心配はないでしょうに」
ムスクが呆れ顔をした。
「獣人の魔花となれば、扱いは全く異なる。それくらい、心得ているよ」
シュメリがムスクを睨んだ。
今度はムスクが黙り込んだ。
「どんな状況であろうと、リンネを手放す気はない。話し合いを何度重ねようと、それは同じだ」
シュメリが言い切った。
ムスクが、小さく息を吐いた。
「今日のところは帰ります。話はまた、来週に」
「状態固定の魔法だけ、よろしく頼むよ」
僕を腕に囲って、シュメリが背を向けた。
バルトが、僕たちを守るみたいにムスクに向き合った。
「すまない、ムスク団長。あとは俺が引き受けるよ」
そう言って、ムスクを屋敷の中に促した。
僕とシュメリを残して、二人が歩いて行った。
「特別になんか、ならなくていいんだ。私だけのリンネでいてくれたら、それでいい」
見上げたシュメリの顔は、泣きそうに歪んでいる。
「魔花にならないほうがいい?」
「魔種でも魔花でも、何でもいい。リンネがリンネでいてくれたら、それでいい」
シュメリが僕を抱きしめてくれる。
いつもよりずっと強くて、怯えているみたいな抱き方だ。
(僕が魔種でも魔花でも、記憶があってもなくても、シュメリは好きでいてくれる)
僕は手を伸ばして、シュメリの背中を撫でた。
「僕は、シュメリが大事だよ。だから、このお屋敷にいる」
それをシュメリが望むなら。
バルトがそうしろというなら。
僕は、三人でいるのが好きだよ。
(シュメリの涙を拭くのは、僕でいたいよ)
僕は、シュメリの頬を舐めた。
「え! リンネ、何を」
シュメリが頬を赤くして驚いている。
そうだった。
今は猫じゃないんだった。
「ごめん、猫じゃなかった。間違えちゃった」
シュメリの顔が、綻んだ。
「そういう間違いは、私だけにするんだよ」
「うん、大丈夫」
涙を拭く相手は、シュメリだけだよ。
そう思いながら、僕はもう一度、シュメリを抱きしめた。
#BL
武道
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コメント
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第23話、拝読しました……。 リンネがふと涙をこぼすシーン、胸がぎゅっとなりました。全然知らないはずの場所を「懐かしい」と感じる感覚、その一瞬で読んでいるこちらも一緒に過去の断片を探したくなりました。 シュメリが「これ以上、失わないでくれ」と声を荒げるところ、あの優雅な人がこれほど怯える相手って、本当にリンネだけなんだなとじんわり来ました。 最後の猫じゃなかった間違い、あれで空気が少し柔らかくなって、泣きそうな話の中で「ああ、この3人は大丈夫だな」と安心できました。 魔花という新たな要素も気になります。次週が待ち遠しいです🌷