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私が、”人柱”を連れてきてしまったから。
私が、非力で抵抗する術を持たなかったから。
私が、独断でロザリーを探しに来てしまったから。
「ぜんぶ……私の、せい」
私が、もっと魔力を扱えていれば。
私が、お茶会に参加しなければ。
私が――アベル様を好きだと。婚約破棄を、迫らなければ。
ざわり、と。
胸の奥の最奥が粟立って、沈む思考が瞬時に冴えわたる。
「私が、ルキウス様をころしたんだわ」
言葉にした途端、誰かに肯定された気がした。
心臓から生成され身体を巡り行く血液が、己の罪に淀んでいく感覚。
「私が、私がころした」
柔らかな微笑みも、甘く優美な声も。
精悍な眼差しも、温かな、体温も。
「私が、奪った」
後悔と懺悔と、己への憤怒。
言い表せないほど数多もの感情が入り混じって、恨みが、怒りが、身体の内側からせり上がってくる。
許さない。許せるわけがない。
なにを? 現実を、私を、この世界を。
大切な愛おしい存在を壊した全てが、憎くて、憎くて――。
(この、感覚は)
失っていたはずの魔力が。否、”私の魔力”とは別の、重く、濃い魔力が湧き上がってくるような――。
「”運命”に呑まれてはいけないよ、マリエッタ様」
声に、顔を跳ね上げる。
横たわるルキウスの容態を確認するようにして膝を折った、その人は。
「ミズキ様……っ!」
どうして、と目を見張る私に、ミズキ様は「間に合ったようで安心したよ」と安堵したように微笑んだ。
知った表情に心が緩んで、先ほどまでの暗闇に落ちていくような感覚が、すっと覚めゆく。
途端に、涙がじわりと滲んだ。
私はみっともなくも嗚咽をこぼしながら、
「ミ、ミズキ様……! ルキウス様が、私が、彼を……!」
「マリエッタ様。ブレスレットはしているかい?」
「へ?」
ブレスレット。以前、ミズキ様に”お守り”だといただいたコレのことだろう。
「え、ええ……こちらの通りに」
腕を掲げてみせた私に、ミズキ様は穏やかに頷くと、
「マリエッタ様。ルキウスを、助けてやってくれるかい?」
「それは……ルキウス様を、お救い出来るのですか!?」
「ああ、といいたいけれど、正直一刻を争う状態でね。説明は後でするよ。だから」
歌を、うたってくれるかい?
ミズキ様は緩やかに両目を細めて、
「その白い石に魔力を流し込むようにして、歌うんだ。大切な人を、愛する人を守りたいという祈りを込めてね。お前さんならおそらく――」
「マリエッタ嬢!!」
届いた声はアベル様のもの。
その姿に気が付いた時には、彼はこちらへと駆け寄ってきていて、
「マリエッタ嬢、その姿は……! それに……ルキウス!? どういうことだしっかりしろ!! くそっ、知らない顔だが、貴様がルキウスを――」
「いちおう、始めましてではないけれどね、アベル様。ともかく、今は時間が経てば経つほど分が悪くなる。黙って見ていてくれるかい?」
「な! 妙な恰好をして、信用など出来るものか! マリエッタ嬢、今すぐルキウスを医師のもとに連れて――」
「アベル様」
ルキウスを抱えようとした腕を、首を振って止める。
驚愕の眼を、私はしっかりと見つめ返し、
「ルキウス様が助からなかったその時は、私を、処分してくださいませ」
「マリエッタ嬢、なにを……!」
「ミズキ様。歌を、うたえばよろしいのですね」
「マリエッタ嬢!」
私の眼差しを受けて、ミズキ様が頷く。
それに応えるようにして頷き返し、視線を横たわるルキウスに移した。
硬く閉じられた瞼と、赤みを失っていく唇。
再びこみ上げてきた涙を飲み込むようにして目を閉じた私は、両手を組み合わせ、すうと息を吸った。
歌うのは、祈りの歌。
ブレスレットの白い石が、手首で揺れる感覚。
「――」
(お願い、どうか。どうか、ルキウスを助けて)
彼の静かな心臓が、再び役目を果たしてくれるのなら。
優しい唇が、音を紡いでくれるのなら。
美しい黄金の瞳が、私を見つめてくれるのなら。
私の命で足りるのなら、いくらでも捧げてみせる。
だから、どうか、どうか、どうか。
(死なないで……!)
その時だった。
心臓の奥底がぐわりと煮え立ったかと思うと、ブレスレットの白石が、強烈な光を放った。
「マリエッタ嬢!?」
驚愕に名を呼ぶアベル様の声と、「ああ、やっぱり」と歓喜を滲ませたミズキ様の声。
私はそのどちらにも反応することなく、歌を紡ぎ続ける。止めてはならないと、本能的に感じていたから。
(魔力が、溢れてくる)
私のものとは違う、知らない魔力。
けれど先ほどのような、暗く重いものではない。
もっと強くて、柔らかで。それでいて、光溢れるような。
(この魔力なら、もしかして……!)
私はそっと、ルキウスに触れた。刹那、光がルキウスを包み込み、一層の光を帯びた。
光が止む。それとほぼ時を同じくして、ピクリと動いたルキウスの指先。
(――まさか)
思わず歌を飲み込んだ私は、震える手で、その指先に触れた。
……あたたか、い。
「ル、キウス……様?」
ふるりと薄く動いた睫毛が、ゆったりと、持ちあがる。
「……ど、して、泣いているの? マリエッタ。キミを悲しませるものは、僕が、斬ってあげるよ」
「!! ルキウスさまっ!!!!」
衝動のまま、ルキウスの首元へと抱き着いた。
「ルキウスさま、ルキウスさま……っ!」
ああ、本当に。本当に、ルキウスだ……!
子供のように泣きじゃくる私の後頭部を、優しい手が往復する。
「死後の世界っていうのは、随分と幸せな夢を見せてくれる所だね」
「夢、ではありませんわ。当然、死後でも」
「……マリエッタ。キミは僕の夢じゃなくて、本物、マリエッタなの?」
「ええ、そうですわ。ほら、ちゃんと、温かいでしょう?」
ルキウスの手をとって、自身の頬に引き寄せる。
と、ルキウスは瞠目して息を詰めた。それから緊張の糸が解けたようにして、顔を綻ばせると、
「……本当だ。僕の愛しい、マリエッタだ」
「……愛おしいと思ってくださるのなら、私の許可なく一方的にさよならだなんて勝手は謹んでくださいませ」
「……ごめんね、マリエッタ。引き戻してくれて、ありがとう」
謝るべきは、ルキウスじゃない。私なのに。
安堵とか、怒りとか、愛しさとか。色んな感情がごちゃごちゃに絡まってしまって、ただ、手の内のぬくもりを確かめながら涙を流すしか出来ない。
けれど。
「っ、いけませんわ私ったら……! ルキウス様、今すぐに看治隊の方を呼んでまいります。怪我の治療と浄化を……!」
「その必要は、ないみたい」
「え?」
上体を起こしたルキウスが、先ほど貫かれた胸の、破けた服を開いてみせる。と――。
「傷が、治って――っ」
「ここだけじゃない。たぶん、僕の身体にあった全ての傷が治っている。それに、この感覚はおそらくだけど……浄化も、されている」
「浄化も!?」
「――聖女」
アベル様が、呆然と呟いた。
「間違いない。同じだ、聖女だった母上と。驚異的な治癒と浄化を可能とした魔力。それにあの光は……マリエッタ嬢、やはりキミが聖女で――」
「それは違うよ」
遮ったミズキ様の声に、皆の視線が集中する。
「エストランテ」
「……え?」
「歌に祈りを込め、聖女の加護を司る歌姫。それが、本来の”エストランテ”でね」
ミズキ様の小首を傾げる仕草に合わせ、カンザシがしゃらりと鳴った。
「マリエッタ様。お前さんが聖女の祝福を受けた、真の意味での”エストランテ”ってことだよ」
「私が、真のエストランテ……!?」