コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
歩いて四ツ谷駅まで行った私は、そのまま新宿に向かった。
相変わらず圧倒されるパワフルな街並みを「久しぶりだな」と感じつつ、私は移動中にネットで調べたレトロな雰囲気のカフェに入った
美味しそうな固めプリンとコーヒーのセットがあったのでそれをオーダーし、スマホを開くと物件を探す。
暁人さんが助けてくれたお陰で、自分の貯金はそのまま残っている。
(まず引っ越しして、それから地道に借金を返済していこう。お母さんと健太はガッカリするかもしれないけど、やっぱり都合良く誰かが助けてくれるなんて思わずに、自分たちで解決しないと。……そう伝えたら分かってくれるはず)
店を畳む事になったとしても、もともと父が亡くなった時点で店は閉店していた。
リニューアルオープンするかもしれない、という案がなくなるだけの話だ。
(よし、やるぞ。お金を稼ぐためなら、何でもするっていう意地を見せないと)
そう思った私は、勇気を出して夜の求人も見てみた。
世知辛いのは、そういうお店で求められている人材は十代、二十代が中心な事だ。
私も二十代ではあるけれど、二十八歳と言ったらあまりいい顔をされないんじゃ……と不安になる。
(いい歳したおばさんが……、なんて言われるのも承知の上で挑戦してみないと)
明日の夕方に話だけでも聞いてみようと思い、私は実入りの良さそうな店を選ぶと、緊張しながら電話をかけ、二十四歳だとサバを読んで面接を受ける事にした。
**
翌日の午後、暁人さんは中途半端な時間に外出する準備をする私を見て、いぶかしむ表情で尋ねてくる。
「出かけるのか?」
「はい。ちょっと人と会う約束があって」
「……そうか、ならいいけど……」
そう言うものの、暁人さんは不審げな表情をしている。
無理もない。私は少しでも若く見えるように、丈が短めのワンピースを着ていた。
普段はパンツスタイルだったり、スカートを穿くとしてもロングスカートが多いので、自分でも着慣れない。
大学生時代に買った、プチプラブランドのバッグを持っているのも、年齢に不釣り合いに思えて恥ずかしかった。
髪は結わずにサラリと流し、アイメイクは少し濃いめにした。リップもいつもならピンクベージュの目立たない色をつけて仕事をしているけれど、今日はベリー系の色を選んだ。
そんな、あからさまにいつもと違う格好をしているから、暁人さんも「なんだこの若作りは」と思ったに違いない。
彼の視線から逃げるように家を出た私は、そのまま銀座へ向かう。
丈の短いワンピースを着ていると、とても防御力が低くなった気がして、恥ずかしいし心許ない。
東京には色んな人がいるから、周りの人は私が思っているほど私を気にしていないのは分かっている。
でも誰かから「若作りしていると思われているんじゃ……」と考えると、羞恥と不安でいっぱいになった。
私は緊張しながら銀座を歩き、覚悟を決めて、夜のお店が入っている雑居ビルに入ろうとした。
――――その時、グッと誰かに手を引かれる。
「え……っ!?」
ドキッとして振り向くと、なぜか息を切らせた暁人さんがいた。
「……どういう、……つもりだ……っ」
彼は荒くなった呼吸を整えながら、厳しい表情で尋ねてくる。
行き先を言わなかったのに、暁人さんはどうして私がここにいるか分かったんだろう。
それに、どう言い訳をしたら……。
動揺したまま立ち尽くしていると、暁人さんは乱れた髪を掻き上げ、溜め息をついて私を見つめる。
「……人に会うって、友達じゃないだろう?」
私はその問いに「はい」とも「いいえ」とも言えず、唇を噛む。
「…………面接、で」
絞り出すように答えると、暁人さんは腕時計を見て「十六時から?」と確認した。
「はい」
それを聞いた暁人さんは、「断ってくるから、ここで待ってて」と言って店名を確認すると、一人で雑居ビルの中に入っていった。
(暁人さんが戻ってきたあと、なんて言い訳すればいいの?)
逃げてしまおうかと一歩後ずさった時、男性の声がした。
「随分、不用意な事をしましたね」
ハッとそちらを見ると、少し離れた場所に見覚えのある男性が立っている。
休日なので私服姿だけれど、眼鏡を掛けた、クールでインテリな雰囲気の彼は、暁人さんの秘書だ。
名前は確か、白銀柊壱さんと言ったはずだ。