6月の夢路
コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン。
床の下から響いた“七つの音”は、確かなリズムで胸に残った。
心臓がその音に引っ張られるように脈打ち、空気が少しだけ重たくなる。
白い床の中央――“円”の中に、じわりと黒い染みが広がっていった。
それはまるで、忘れた記憶が染み出してきたような黒。
「この中に、誰かがいる」
broooockの声は静かだった。
誰かを呼ぶでもなく、誰かにすがるでもなく、ただ確信だけが言葉に乗っていた。
「でも……思い出せない」
nakamuが震えた声で言った。
「顔も、声も、名前も。なのに、ここに“いた”ってわかる……」
スマイルは無言のまま床に近づき、しゃがみ込んだ。
黒い染みが広がる中心に手を当てる。
まるで熱を帯びたように、その部分だけがじんわりとあたたかかった。
「ここに、“あの子”がいる」
“あの子”。
誰かを思い出そうとすると、そこだけ記憶が滑っていく。
頭の奥に指を差し込まれて、記憶をひとつひとつ抜き取られているような感覚。
その違和感に、6人全員が気づいていた。
「誰かが、俺たちから“その子の名前”だけを抜いたんだ」
きりやんの言葉に、誰も否定しなかった。
思い出そうとするたびに、視界がにじみ、頭痛が襲う。
まるで名前そのものが“呪い”のように扱われていた。
「じゃあ……名前の代わりに、何を残した?」
シャークんがつぶやいた。
「その子を忘れないために、俺たちは何を持ってる?」
沈黙が落ちる。
やがて、きんときがそっと手を胸に当てた。
そこには、黒い小さなボタンが一つ、糸で縫いつけられていた。
見覚えはない。だけど、ずっと“そこにある”気がしていた。
「これ……服からとれたボタン?」
他の5人も、同じような“何か”を持っていた。
nakamuは鍵。
broooockは破れた紙片。
スマイルは欠けたビー玉。
シャークんは短い鉛筆。
きりやんは白いリボンの切れ端。
形はバラバラなのに、不思議とどれも“その子”と繋がっている気がした。
説明はできない。ただ、そうとしか思えなかった。
「その子は、“自分が消えること”を知ってたんじゃないか」
スマイルがぽつりとつぶやいた。
「だから、僕たちに何かを残していった」
「名前を忘れても、“誰かがここにいた”ことだけは残るように……」
その言葉を聞いた瞬間、床に広がった黒い染みが形を変え始めた。
じわりじわりとにじんでいき、やがて一文字ずつ、文字のような模様を作り出す。
けれど、その文字はどれも読めない。
言語ではない。意味ではない。
それはただ、“想い”だった。
broooockが、手に持った紙片をそっと染みに重ねた。
すると、紙の上に――名前の影が浮かび上がった。
読めない。けれど、確かに名前だった。
輪郭だけがぼやけている。音だけが抜き取られている。
「名前を、思い出さなきゃいけない。でないと……この子はずっと、ここに閉じ込められたままだ」
その瞬間、全員の胸元に強い鼓動が走った。
呼吸が苦しくなるほどの圧迫感。
思い出そうとするたび、記憶が暴れ出す。
それでも6人は、床に膝をついて、その名前の“影”を見つめた。
消えてしまった存在。
忘れてしまった過去。
けれど、確かに――そこに“君”がいた。
思い出せない名前の代わりに、6人の目に涙がにじんでいた。
胸の奥が、確かにその存在を求めていた。
コン……。
床の下から、もう一度小さな音がした。
今度は、たった一回だけ。
だけどそれは、はっきりと彼らに届いていた。
――「ありがとう」
音にならない声が、世界に滲んだ。
つづく
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