テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第13話「エルフの彼女と社内恋愛」
月曜日。
午前九時。
営業企画部。
相沢直人と森野リリカの交際は、完全に知られていた。
「おめでとう」
「いつから?」
「どっちから告白したの?」
「初デートどこ?」
「森野さん、相沢君のどこがよかったの?」
質問が飛ぶ。
森野は席に座ったまま両手で顔を覆っていた。
「仕事してください……」
「森野さん」
田中美咲が笑う。
「いいじゃない。おめでたいんだから」
「私は静かに付き合いたかったんです」
「社内恋愛で静かは難しいよ」
「誰のせいですか」
「ごめん」
田中はまったく反省していない顔だった。
相沢は自分の机を見る。
昨日までなかったペアマグカップ。
片方には、
NAOTO
もう片方には、
RIRIKA
と書かれている。
「誰が作ったの?」
「総務の佐々木さん」
「仕事早すぎない?」
「昨日ネットで注文したらしいよ」
「会社員の行動力を別のところに使ってほしい」
森野がマグカップを見る。
「私は使いません」
「じゃあ俺が二つ使う」
「それも嫌です」
「じゃあ使おうよ」
「……仕方ないですね」
ぴく。
耳が動いた。
相沢は笑う。
森野が睨む。
「今、耳見ました?」
「見てない」
「見ました」
「恋人なんだからいいじゃん」
「会社でその言葉を使わないでください!」
営業企画部の全員が笑った。
午前九時半。
部長が二人を呼んだ。
「ちょっといい?」
相沢と森野は会議室へ入る。
扉が閉まる。
森野が緊張した。
「何でしょうか」
部長が二人を見る。
「社内恋愛について」
森野の背筋が伸びる。
「はい」
「別に禁止じゃない」
「はい」
「ただし」
森野が息をのむ。
「痴話げんかを会社に持ち込まないこと」
相沢が言う。
「まだしてません」
「これからするかもしれないだろ」
「しません」
森野が言った。
相沢が見る。
「絶対?」
「しません」
「俺たちまだ付き合って数日だよ」
「しません」
「自信あるね」
「相沢さん」
部長が机を叩いた。
「ここで痴話げんか始めるな」
「すみません」
「すみません」
部長がため息をつく。
「それから森野さん」
「はい」
「相沢君が仕事で他の女性社員と話しても怒らない」
「怒りません」
ぴく。
相沢は耳を見る。
森野がこちらを見る。
「何ですか?」
「いや」
「怒りませんから」
ぴく。
部長には見えない。
しかし相沢には分かる。
少し怪しい。
「相沢君も」
「はい」
「森野さんが神崎君と仕事で話しても機嫌悪くならない」
「なりません」
今度は森野が相沢を見る。
「本当ですか?」
「本当」
「昨日まで何度もなってましたよね」
「付き合う前だから」
「関係あるんですか?」
「あります」
「ほら」
部長が言う。
「もう始まった」
二人は黙った。
午前十時。
三人で企画会議。
相沢。
森野。
神崎レオン。
神崎が資料を開く。
「では始めましょう」
「お願いします」
仕事の話。
十分。
二十分。
順調。
神崎が森野のパソコンをのぞく。
「リリカ、ここの数字」
相沢の手が止まる。
神崎が言い直す。
「森野さん」
「はい」
二人が同じ画面を見る。
距離が近い。
相沢は資料を見る。
仕事だ。
仕事。
気にするな。
神崎は元婚約者。
しかし今は同僚。
森野は自分の恋人。
問題ない。
「相沢さん」
森野が呼ぶ。
「何?」
「その紙」
「え?」
「さっきから同じところ折ってます」
相沢を見る。
資料の角がぐしゃぐしゃだった。
神崎が笑う。
「機嫌悪いですか?」
「悪くない」
「嫉妬?」
「違う」
森野の耳が。
ぴく。
「何で森野さんの耳が動くの?」
「知りません」
神崎が笑う。
「嬉しいんでしょう」
「レオン!」
「彼氏が嫉妬して」
「余計な解説しないでください!」
相沢が森野を見る。
「嬉しいの?」
「仕事してください!」
昼休み。
今日は相沢と森野だけ。
社員食堂では危険なので。
会社近くの小さな定食屋へ行く。
向かい合って座る。
相沢は生姜焼き。
森野は焼き魚。
「ようやく二人だ」
相沢が言う。
ぴく。
「会社の近くですよ」
「誰もいない」
「油断できません」
森野は周囲を見る。
相沢が笑う。
「何?」
「百四十三歳のエルフが社内恋愛でこんなに慌てると思わなかった」
「年齢は関係ありません」
「でも人生経験豊富なんだろ?」
「相沢さん」
森野が箸を置く。
「長く生きれば恋愛が上手になると思ったら大間違いです」
「そうなの?」
「むしろ」
森野は少し考える。
「面倒になります」
「何が?」
「いろいろ考えるからです」
「寿命とか?」
「それも」
「過去の人とか?」
森野が少し黙る。
「それも」
相沢は生姜焼きを食べる。
「昔好きだった人」
「はい」
「まだ好き?」
森野は相沢を見る。
耳は動かない。
「好きではありません」
「そう」
「でも」
「うん」
「忘れてはいません」
相沢は黙る。
森野も焼き魚を見る。
「人間は」
森野が言った。
「亡くなった人を、どうします?」
「どうするって?」
「忘れます?」
相沢は考える。
「忘れないんじゃない?」
「ですよね」
「でも新しく好きな人ができてもいいだろ」
森野が顔を上げる。
「そう思います?」
「思うよ」
「本当に?」
「うん」
「百年後でも?」
相沢は少し笑った。
「百年後、俺はいないけど」
森野の表情が曇る。
「あ」
「ごめん」
「いえ」
「でも」
相沢は言う。
「百年後、森野さんが誰か好きになってても、俺は怒れないだろ」
「……」
「死んでるし」
「そういう問題じゃありません」
「じゃあ何?」
森野はしばらく黙った。
「相沢さんは」
「うん」
「簡単に言いますね」
「何を?」
「自分がいなくなったあとの話」
相沢は答えられなかった。
森野の耳は動いていない。
「私は」
森野が続ける。
「想像できてしまうんです」
「……」
「相沢さんがいなくなったあとも、私が普通に会社へ行って」
「うん」
「買い物して」
「うん」
「ご飯を食べて」
「うん」
「百年くらい生きるかもしれない」
相沢は箸を置いた。
「森野さん」
「はい」
「今付き合って何日?」
森野が考える。
「四日くらいです」
「四日で百年後まで考えるのやめよう」
森野が止まる。
そして。
少し笑った。
「そうですね」
「まず来週くらいまでにしよう」
「短いですね」
「じゃあ来月」
「もう少し」
「一年」
「それくらいなら」
「じゃあ一年後まで」
森野が笑う。
「分かりました」
耳が。
ぴく。
午後。
会社へ戻る。
エレベーター。
二人きり。
森野が相沢の袖をつまむ。
「何?」
「誰もいません」
「うん」
森野が。
ほんの少しだけ。
相沢の肩に頭をつける。
相沢は驚く。
「どうした?」
「何でもありません」
「会社だよ」
「誰もいません」
「さっきまで会社では駄目って」
「今だけです」
相沢が笑う。
「かわいい」
ぴく。
「それ言うと離れます」
「ごめん」
エレベーターが止まる。
森野は瞬時に離れる。
扉が開く。
田中がいた。
「……」
「……」
「……」
田中が二人を見る。
「今、何してた?」
「何も」
二人同時に答えた。
田中が笑う。
「怪しい」
「仕事してください!」
午後三時。
部長からメール。
件名。
『来週の出張について』
相沢が開く。
内容を読む。
止まる。
森野もメールを開く。
止まる。
神崎も見る。
「へえ」
神崎が言った。
相沢が部長を見る。
「部長」
「何?」
「これ」
「来週よろしく」
「三人ですか?」
「そう」
出張先。
京都。
一泊二日。
参加者。
相沢直人。
森野リリカ。
神崎レオン。
「一泊?」
森野が小さく言う。
田中がすぐ反応する。
「一泊?」
「田中さん」
「何?」
「仕事です」
「まだ何も言ってないよ」
「仕事です!」
神崎が資料を見る。
「京都か」
「行ったことある?」
相沢が聞く。
「もちろん」
「いつ?」
「最初は三百年くらい前」
相沢が止まる。
「生まれてないよね?」
神崎も止まる。
「……そうでした」
森野が笑う。
「レオン、適当なこと言わないで」
「二百年くらい前かな」
「それでも生まれてないでしょう」
「じゃあ百年前」
「急に近くなったな」
三人が笑う。
しかし。
森野は出張案内をもう一度見る。
京都。
一泊二日。
その顔が。
少しだけ真剣になった。
相沢が気づく。
「どうした?」
「いえ」
「何かある?」
森野は迷った。
「京都には」
「うん」
「昔、住んでいたことがあります」
「いつ?」
「戦前です」
「へえ」
「それと」
森野が神崎を見る。
神崎も森野を見る。
二人の表情が変わった。
「何?」
相沢が聞く。
森野が小さな声で答える。
「京都には、今も」
一度言葉を切る。
「エルフの大きな一族が住んでいます」
相沢は瞬きをする。
「森野さんの知り合い?」
「知り合いというか」
神崎が代わりに答えた。
「リリカの親族です」
「親族?」
「はい」
森野は少し困った顔で笑った。
「母方の一族です」
「じゃあ出張ついでに会う?」
森野は答えなかった。
耳も。
動かなかった。
神崎が静かに言う。
「相沢さん」
「何?」
「たぶん」
神崎は少し笑った。
「あなたにとって、会社の出張だけでは終わらないと思います」
「どういう意味?」
森野が神崎を睨む。
「レオン」
「いずれ分かるよ」
「余計なこと言わないで」
相沢は二人を見る。
来週。
京都。
一泊二日。
恋人との初めての出張。
元婚約者も一緒。
そして。
森野の親族。
相沢は思った。
嫌な予感しかしない。
その横で。
森野リリカは。
もっと嫌な予感を感じていた。
なぜなら京都には。
森野が人間の会社で働いていることも。
人間の男性と付き合い始めたことも。
まだ何も知らない。
森野の母が。
住んでいたからである。
コメント
1件
みぅ🤍🥀です🌙 13話、読み終わりました…っ!社内でバレちゃった後の空気感、すごく好きです。マグカップのプレゼントとか、耳がぴくぴく動くところ、かわいすぎてやばいです🥀🤍 でも昼の定食屋での寿命の話が急に深くて、胸がぎゅっとなりました…「百年後」って言葉がエルフと人間の時間の差をリアルに突きつけてきて、切なかったです。そして最後の京都出張+お母さんの伏線!これは次が待ち遠しすぎます…!