テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第14話「京都にはエルフの母がいる」
出張前日。
午後四時。
相沢直人は仕事をしていた。
正確には。
仕事をしようとしていた。
しかし。
二つ隣の席にいる森野リリカが。
一時間に十回くらいため息をつく。
「はあ」
また。
相沢は時計を見る。
午後四時三分。
「森野さん」
「はい」
「大丈夫?」
「何がですか?」
「ため息」
「してません」
「今した」
「してません」
ぴく。
耳が動く。
「明日のこと?」
森野はパソコンを見る。
「仕事ですから」
「京都の親戚?」
「……」
「お母さん?」
ぴく。
相沢は驚いた。
「お母さんの話で耳動くんだ」
「人間と同じです」
「怖い?」
「怖くありません」
ぴく。
「怖いんだ」
「相沢さん」
「はい」
「母親に関しては耳で判定するの禁止です」
「限定的だな」
森野は小さくため息をついた。
「母は」
「うん」
「少し古い考えのエルフなんです」
「古い?」
「エルフはエルフらしく生きるべきだと思っています」
「森で?」
「森ではありません」
「弓?」
「持ちません」
「薬草?」
「そのイメージから離れてください」
相沢は笑う。
「じゃあ具体的には?」
森野が考える。
「エルフ同士で結婚して」
「うん」
「エルフの共同体で暮らして」
「うん」
「人間とは必要以上に関わらない」
相沢の笑顔が少し消える。
「人間嫌い?」
「嫌いというより」
森野は言葉を選ぶ。
「信用していません」
「どうして?」
「いろいろあったので」
百年以上生きる種族。
その「いろいろ」が何なのか。
相沢には想像できなかった。
「じゃあ俺」
「絶対に言いません」
「何を?」
「付き合ってること」
即答だった。
「隠すの?」
「はい」
「俺が人間だから?」
「それもあります」
相沢は少し複雑だった。
森野がこちらを見る。
「嫌ですか?」
「少し」
「ごめんなさい」
「でも分かった」
「本当に?」
「付き合ってまだ一週間も経ってないし」
「そうです」
「いきなりお母さんに挨拶も重い」
森野の耳が動く。
ぴく。
「挨拶って言わないでください」
「何で?」
「結婚みたいでしょう」
今度は相沢のほうが黙った。
森野も黙る。
二人ともパソコンを見る。
近くで神崎レオンが笑いをこらえていた。
「レオン」
森野が言う。
「何?」
「聞いてました?」
「聞こえただけ」
「忘れてください」
「エルフは耳がいいから難しい」
翌朝。
東京駅。
午前七時四十分。
相沢が新幹線ホームへ行く。
神崎はすでにいた。
「おはようございます」
「おはよう」
「森野さんは?」
「まだです」
七時四十三分。
森野が現れた。
「おはようございます」
私服ではない。
仕事なのでスーツ。
もちろん髪は巻いている。
耳は隠れている。
「おはよう」
相沢が言う。
神崎も言う。
「おはよう、リリカ」
「会社です」
「ここ東京駅だけど」
「勤務中です」
「厳しいな」
三人で新幹線へ乗る。
座席。
三人掛け。
問題は配置だった。
窓側。
中央。
通路側。
神崎が言う。
「私は通路側で」
相沢を見る。
「二人はご自由に」
森野が睨む。
「気を使わなくていいです」
「使ってないよ」
「絶対使ってます」
結局。
窓側が森野。
中央が相沢。
通路側が神崎。
新幹線が動き出す。
最初の三十分。
仕事。
資料確認。
スケジュール確認。
メール。
そして。
神崎が寝た。
早い。
相沢が小声で言う。
「寝たね」
「昔からです」
森野が答える。
「乗り物に乗るとすぐ寝るんです」
「昔から知ってるんだ」
「まあ」
少し嫉妬する。
しかし。
もう以前ほどではない。
森野は今。
自分の恋人だ。
そのとき。
森野の手が。
座席の間で。
相沢の手に触れた。
「……」
見る。
森野は窓の外を見ている。
しかし。
小指だけ。
相沢の手に絡めている。
相沢も小指を絡める。
森野の耳が。
髪の中で。
ぴく。
神崎が目を閉じたまま言った。
「見えてますよ」
二人が同時に手を離す。
「寝てなかったの?」
相沢が聞く。
「寝てます」
「しゃべってるじゃん」
「エルフは寝ながら話せます」
森野が言う。
「嘘です」
「リリカ」
「何?」
「二人でやるなら私を通路側に追いやらないで」
「あなたが自分で座ったんでしょう!」
午前十時。
京都駅。
三人は取引先へ向かった。
仕事は順調だった。
商談。
施設視察。
担当者との打ち合わせ。
昼食。
午後の会議。
森野は完全に仕事モード。
相沢も仕事に集中する。
神崎も有能だった。
午後四時半。
予定終了。
ホテルへ向かう。
三人とも同じホテル。
もちろん部屋は別。
フロントで鍵を受け取る。
相沢。
八〇三号室。
神崎。
八〇五号室。
森野。
八〇七号室。
神崎が言う。
「きれいに並びましたね」
森野が嫌な顔をする。
「何ですか、その言い方」
「何も」
「余計なこと考えないでください」
「考えてないよ」
相沢が言う。
「夕飯どうする?」
森野が答える。
「三人で食べましょう」
神崎が言う。
「私は遠慮します」
二人が神崎を見る。
「何で?」
「用事があります」
「京都に?」
「はい」
森野が怪しむ。
「どこへ行くの?」
神崎は少し笑う。
「知り合いに会います」
「エルフ?」
「まあ」
「誰?」
「秘密」
神崎は部屋へ入った。
相沢と森野が廊下に残る。
「じゃあ」
相沢が言う。
「二人で夕飯?」
森野の耳が。
ぴく。
「仕事の出張です」
「分かってる」
「デートではありません」
「何も言ってない」
「先に言っただけです」
午後六時。
二人はホテルを出た。
京都の街。
夕暮れ。
森野は髪を巻いたまま。
相沢の隣を歩く。
会社から離れている。
知り合いもいない。
それでも。
手はつながない。
「つながないの?」
相沢が聞く。
「京都では駄目です」
「何で?」
「親族が多いからです」
「そんなに?」
「どこで見られるか分かりません」
「大変だな」
「はい」
二人で小さな店へ入る。
京都らしい料理。
相沢は楽しんでいる。
しかし森野は何度も入口を見る。
「気になる?」
「少し」
「お母さん?」
「はい」
「どこに住んでるの?」
森野は少し迷う。
「ここから電車で三十分くらいです」
「近い」
「だから嫌なんです」
「会わなくていいの?」
「今回は仕事です」
「そうだね」
食事を終える。
午後七時半。
ホテルへ戻ろうと歩く。
そのとき。
森野のスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
止まる。
「どうした?」
「……母です」
「え?」
森野は電話に出ない。
着信が止まる。
すぐ。
メッセージ。
森野が読む。
顔色が変わった。
「何て?」
「京都にいるでしょう、って」
相沢が止まる。
「何で知ってるの?」
「分かりません」
次のメッセージ。
森野が読む。
さらに顔色が変わる。
「今夜、顔を見せなさい」
「……」
「どうして知ってるの?」
森野は周囲を見る。
そのとき。
相沢のスマートフォンも鳴った。
神崎から。
『すみません』
続けて。
『見つかりました』
相沢は森野に画面を見せる。
森野が固まる。
「レオン……」
さらに神崎から。
『現在、森野家です』
森野の目が大きくなる。
『お母様に捕まりました』
「何やってるんですか、あの人!」
森野が電話する。
神崎が出る。
『もしもし』
「レオン!」
『はい』
「どうして母のところにいるんですか!」
『偶然です』
「嘘でしょう!」
『本当に偶然です』
「京都に何人いると思ってるんですか!」
『エルフですか?』
「人間も含めてです!」
相沢は隣で聞いている。
電話の向こう。
女性の声がした。
『レオン』
神崎が答える。
『はい』
『電話、リリカ?』
森野が凍る。
神崎が小声になる。
『聞こえました?』
「聞こえました」
『すみません』
電話の向こうから。
『代わりなさい』
神崎。
『……はい』
数秒後。
「もしもし」
落ち着いた女性の声。
森野の姿勢が一瞬で正しくなった。
「……お母さん」
相沢は驚く。
会社でも見たことがないくらい緊張している。
『京都に来ているそうね』
「仕事です」
『レオンから聞きました』
森野が神崎を恨む顔になる。
『今から来なさい』
「今日は」
『来なさい』
「でも」
『リリカ』
「……はい」
強い。
電話が切れる。
森野はしばらく動かなかった。
相沢が聞く。
「行く?」
「行かないという選択肢が消えました」
「じゃあ俺、ホテル戻るよ」
「はい」
森野が歩き出す。
三歩。
止まる。
振り返る。
「相沢さん」
「何?」
「一緒に来てください」
「え?」
「一人は嫌です」
「でも俺、人間だよ」
「分かってます」
「お母さん、人間嫌いなんだろ?」
「はい」
「交際秘密なんだろ?」
「はい」
「俺が行ったらまずくない?」
「ものすごくまずいです」
「じゃあ何で?」
森野は相沢を見る。
「怖いからです」
耳が動かない。
本気だった。
相沢はため息をつく。
「分かった」
「本当に?」
「行く」
森野の表情が少し明るくなる。
「ただし」
「何ですか?」
「俺は何て紹介されるの?」
森野が固まる。
「……同僚」
「恋人じゃなく?」
「絶対に駄目です」
「了解」
電車に乗る。
三十分。
郊外の駅。
そこから歩く。
十分。
住宅街。
森野が一軒の家の前で止まる。
相沢は驚いた。
普通の日本家屋だった。
「ここ?」
「はい」
「もっと森の中かと思った」
「またそれですか」
「エルフの一族だから」
「京都で森に住んでたら不便でしょう」
「確かに」
森野が深呼吸する。
チャイムを押す。
すぐ。
扉が開いた。
女性が立っていた。
相沢は息をのむ。
若い。
三十代くらいにしか見えない。
長い黒髪。
そして。
隠していない。
長い耳。
森野より少し鋭い目。
「お母さん」
相沢は思った。
お母さん?
姉ではなく?
女性は森野を見る。
次に。
相沢を見る。
その目が止まった。
「リリカ」
「はい」
「その人は?」
森野が答える。
「会社の同僚です」
ぴく。
耳が動いた。
母親の目が。
森野の耳へ向く。
森野が固まる。
母親がもう一度聞く。
「同僚?」
「はい」
ぴく。
母親は相沢を見る。
そして。
静かに言った。
「そう」
少し間。
「恋人なのね」
森野の顔から血の気が引いた。
「違います!」
ぴくぴくぴく。
相沢は思った。
終わった。
エルフの母親にも。
娘の耳は。
全部お見通しだった。
コメント
1件
「耳、可愛すぎてずるいです…!」って思わず声に出しそうになりました。リリカさんの耳がぴくぴく動くたびに、こっちまでドキドキしちゃいます。特に「耳で判定するの禁止」って言いながら自分でバラしちゃうところ、愛おしすぎます😊 そして最後、お母さんの「そう」「恋人なのね」の静かな断定、エルフの母も娘の耳はお見通しっていうオチがもう…最高でした。相沢さん、一緒に来てって懇願するところもグッときました。次が気になる!