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『第三章』


 翌日。つまりは日曜日。


 今日は白雪さんと一緒にデート――もとい、デートの取材日である。でも僕にとっては女性との初デートになるわけで。否が応でも意識してしまう。


「うーん、デートってどんな服を着ていけばいいんだろう……」


 そろそろ家を出なければいけない時間なのだけれど、デートに着ていく服を決めきれずにスタンドミラーの前で何回も着替え、チェックをしてる。いつも着ているヨレヨレの服だと白雪さんに恥をかかせてしまいそうだし。かと言って、僕が持っているフォーマルな服なんてスーツくらいしかない。


「もういいか、これで。あまり着飾っても逆に変だろうし」


 ということで、本日の服装が決定。薄手のニットにカーキ色の秋物のトレンチコート。よし、これで行こう。


……二十七才にもなって勝負服のひとつも持っていないって。終わってるな僕。


 ん? いやいやいや、ちょっと待て。勝負服ってなんぞ? 僕はただ、白雪さんの漫画の取材に付き合うだけじゃないか。本当のデートじゃないんだから勝負も何もないじゃないか。何を勘違いしているんだ、響政宗よ。


「とはいえ、僕にとって人生初のデートだしなあ」


 まあ、それは白雪さんも同じなんだけど。……同じなのかな? 彼氏がいないだとか、女子校だからとか、同年代の男子に対してあまり魅力を感じていないだとか、そんなことを言っていたけど、本当は隠しているだけでデート経験が豊富だったりして。だとしたら、僕は大恥をかきそうなんですけど。


 でも、白雪さんの言葉を信じよう。デート未経験であることを。それにしても、取材という名目ではあるけれど、十七才と二十七才のデートか。どういう展開になるのかさっぱり見当がつかない。


「あ、ヤバい。さすがにもう行かなきゃ間に合わないや」


 ちなみに今日のデートは白雪さんたってのお願いにより、駅前での待ち合わせからスタートということになっている。


 僕の家からそのまま直接公園に行けばいいじゃん? と、僕は言ったのだけど、そしたら白雪さんは「デートは待ち合わせから始まってるんですよ!」と言って譲らなかった。そういうものなのか。乙女心が分からない。


「まあいい。今更気にしたって意味ないや。とにかく、今日は白雪さんにたくさんのことを経験してもらって、そして漫画の糧にしてもらおう。それが今日の、担当編集としての僕の役目だ」


 グッと右手に力を込めて気合を入れ直す。よし、頑張るぞ! 僕は玄関に向かい、靴を履く。が、しかし、右足と左足、別々の靴下を履いていることに気が付いた。


 ……だいぶ緊張してるな、僕。こんな状態で、ちゃんと彼女に『デート』というものを経験させてあげられるのだろうか。


*   *   *


 指定された待ち合わせ場所は、駅前の時計台の前。そこに、僕は五分遅れで到着した。デートで遅刻とか、それって最低な奴なのでは?


「あ、いたいた。白雪さんだ」


 すでに白雪さんは時計台の前にいた。美少女の雰囲気をまといにまとって。そして今日の白雪さんの服装はチェック柄のキャミワンピース姿だった。いつも私服はパンツ派の彼女がスカートを履くのは珍しい。いつもよりもさらに可愛く見える。僕とは雲泥の差だな。


「あ! 響さん!」


 白雪さんも僕に気付いたようで、こちらに向かって大きく手を振っている。遅刻したから怒られるかも、なんて思っていたのだけれど、彼女は秋晴れにも負けないくらい眩しい笑みで僕を迎えてくれた。


「ごめんね白雪さん、ちょっと遅くなっちゃった。待ったでしょ?」


「もーう、初めてのデートで遅刻とか駄目じゃないですか。と、いうのは冗談です。全然気にしないでください、大丈夫ですよ。待ち時間もデートの内ってよく言うじゃないですか。だから待ってる間も、私はすごく楽しかったです」


 白雪さんはにまっと笑顔。なんて無垢で純真な笑顔なんだ。この笑顔を絶やすことなく、真っ直ぐすくすくと成長してもらいたいものだね。皆川さんみたいにダークサイドに落ちるんじゃないぞ!


「じゃあ行こうか白雪さん」


「はい、今日は一日よろしくお願いします。あ、あの、手、どうします? もうここで繋いじゃった方がいいですか?」


「え!? 手!? 手を繋ぐの!?」


「デートですよ? 当たり前じゃないですか」


 平然と言ってのけているけれど、ほんのりと顔が赤い。やっぱり今までデートをしたことがないというのは本当だったみたいだ。


「ん? ちょっと待てよ?」


「どうしました、響さん?」


「あ、いや、なんでもないよ。気にしないでね」


 つい声に出してしまったけれど、今更ながら気が付いた。僕もデートの経験がないということを伝えていないことに。どうしよう、正直に言うべきだろうか。


「響さんは今までたくさんデートを経験してきたはずですから、今日は色々教えてくださいね。よろしくお願いします」


 一礼をして、それからにまっと笑顔になる白雪さん。なんて屈託のない笑顔なんだ。ヤバい、余計に言いづらい。本当は僕もデート未経験だということを。


「え、えーとね、白雪さん。実は僕も……」


「僕も、なんですか?」


「あ、いや、なんでもないよ。本当になんでもないから」


 駄目だ、い、言えない……。


「そうですか、じゃあ気にしないようにしますね。あ、見てください響さん。アチラのカップルさん、手を繋いですごく幸せそうですよ。いいなあ」


 アチラと言った方向を見やると、大学生らしき初々しいカップルが手を繋ぎ、ラブラブな雰囲気を醸し出しながら会話をしていた。このリア充が! 僕だって学生の頃にそんな青春を過ごしたかったよ!


「そ、そうだね、幸せそうだね。きっと上級者なんだよ」


「上級者、ですか? どういうところが上級者なんですか? なんとなく、すごく初々しく見えるんですけど」


「な、なんとなーく。そんな感じかなって」


 ごめん、白雪さん! 君が正解! アチラのカップルさん、絶対に上級者なんかじゃない。それくらい僕にだって分かる。分かるんだけど、なんだか僕の方がドキドキしてきて、手を繋ぐのを先延ばしにしているだけなんだ。


 というか、デートのいろはが分からないんだよぉ!!!!


「そ、それじゃあどうしましょうか? 私は勝手に、この待ち合わせ場所から手を繋いで行こうと考えていたんですけど」


「え、えーと、ま、まだいいんじゃないかな。とりあえず、公園に着いてから一緒に手を繋ごう。デートってそういうものだよ……たぶん」


 我ながら思う。意気地がなさすぎる。せっかく白雪さんが手を繋ごうと言ってくれたというのに……。本当に情けない。


「じゃ、じゃあ、せめて。こんなのどうでしょうか?」


 そう言って、白雪さんは僕のコートの袖をギュッと掴んだ。それだけで彼女の頬は朱に染まった。地面に落ちた楓の葉の色と同じように。


「こ、こんな感じで公園まで一緒に歩いて行くのはどうでしょう?」


「い、いいんじゃないかな。うん、いいと思う」


 ヘタレだ。全くもって、ヘタレ。あまりに情けない二十七才。情けないを通り越して自分自身に呆れてきてしまったよ。


「こ、これだけなのに、それでも恥ずかしいですね。えへへ」


 照れに照れて、頬を赤らめる。照れ笑い。僕も全く同じだ。コートの袖を掴まれただけなのに、それだけでドキドキする。公園に到着したら、この白雪さんと手を繋ぐことになるというのに。


 チラリと、コートの袖を掴む彼女の手を見やる。小さくて、細くて、華奢で、真っ白な指。すっかり見慣れているはずなのに、いつもとは全く違う感覚を覚えた。


「じゃ、じゃあ響さん。取材開始ってことで」


「そ、そうだね。い、いいい、行こうか、公園に」


 完全にキョドってるし、僕。


 だけど、不思議だ。白雪さんと二人で一緒に歩くだけで、今日の僕の胸の中は幸せな気持ちでいっぱいになった。幸福感で満たされる。


 そして、僕達は歩きだす。


 ふと、空を見上げる。僕達を応援するかのように、太陽の光が優しく照らしてくれている。そう、感じたんだ。


*   *   *


 真っ直ぐ伸びる、公園のイチョウ並木通り。秋の香りが鼻腔いっぱいに広がる。僕は肺いっぱいに深く息を吸い込んだ。秋を感じたかった。四季を感じたかった。

 もう少しで寒い冬がやってくる。そうしたら、この景色も当分見られなくなるのだ。そう思うと、ちょっとの寂しさを覚える。


「響さん、公園に着きましたよ」


「そ、そうだね。うん、着いちゃったね」


 隣でコートの袖をギュッと掴んだまま、白雪さんはちょっと上目遣いで僕を見る。ど、どうしよう。公園に着いたんだ、手を繋がなければ。


 でも、こんなにも可愛い女の子の手を握るとか、考えただけで緊張してしまう。

そのせいで、僕の手のひらは手汗で湿っている。手を繋ぐ前に、しっかりとハンカチで汗を拭わなければ。緊張しているのがバレてしまう。


「どうしたんですか、響さん? さっきから様子が変ですよ?」


「ソ、ソンナコトナイデスヨ?」


 さすがに緊張しすぎだ。喋り方が片言、またはロボットのようになってしまった。しかも、ちょっと挙動不審気味だし。このままでは手を繋ぐどころかデート自体することができない。


 でも、取材の名目であっても、白雪さんにとって初めてのデートだ。僕がそれを壊すわけにはいかない。


 緊張が顔にも出ていたのかもしれない。白雪さんは僕の顔を見ると、途端に不安そうにして顔を曇らせた。


「……もしかして響さん、私と手を繋いで一緒に公園を歩くのが嫌になっちゃいました? デート嫌になっちゃいました? だったらハッキリ言ってください。そしたら私、我慢しますから」


「ち、違う! 違うよ、そうじゃないんだ!」


 白雪さんは僕が手を繋ぐのを嫌がっているのだと本気で思ったらしく、さっきまでの太陽みたいな笑顔が陰りを見せ、しゅんとしてしまった。ここまで寂しそうに、そして悲しそうにしている彼女を初めて見た。


 このままでは駄目だ。きっと、白雪さんは今日のデートを楽しみにしていたはずだ。それなのに、僕のつまらない見栄のせいで落ち込ませてしまった。最低な男だな。さすがに罪悪感を感じてしまう。


 もういい。いい加減に男を見せろ、響政宗。


「し、白雪さん……」


「……なんですか、響さん」


 元気を失ってしまった彼女に、僕は右手を差し出した。それを見て、白雪さんは目を輝かせる。そして笑顔の花を咲かせた。僕はこの笑顔が好きなんだ。今の季節に不釣り合いかもしれないけれど、まるで向日葵のような笑顔が。


「手、繋がせてもらえるんですか?」


 照れくさくて、白雪さんの顔を見られずにそのままコクリとだけ頷く。今の僕にはそれが精一杯だった。


「えと、じ、じゃあお言葉に甘えて。今から、て、手を繋がせていただきます。い、いきますよ響さん。手、繋いじゃいますよ」


「……どーんと来いだ」


「し、失礼します!」


 白雪さんの手が、かすかに震えている。その手が僕の手をふわりと包んだ。彼女の手はとても柔らかく、小さくて、細くて。そして、彼女の体温を感じる。


 僕の鼓動は大きく跳ねて、そのまま水色に澄んだ高い秋空のてっぺんまで届いてしまいそうだった。しかも、ちょっと想定外。僕の指に指を絡ませてきたのだ。こ、恋人繋ぎ!? だ、駄目だ……僕の心臓は限界点に達しようとしている。


「えへへ。やっぱり、ど、ドキドキしますね」


「……だね」


「あの、て、手の繋ぎ方ってこんな感じでいいんですかね」


「う、うん。いいんじゃないのかな。あ、合ってると思うよ?」


 チラリと、白雪さんの顔を見やる。頬は朱に染まり、秋の風景の中に溶け込んでいた。不思議と、いつもよりも美しく、そして可愛く見える。


「い、いいんじゃないのかなって、響さん、それじゃ漫画の取材にならないですよ。もっと色々教えてくださいよ」


 白雪さんの言う通りだ。このままでは取材にならない。それに、これ以上隠して、そして誤魔化していては駄目だ。彼女に対して失礼すぎる。


 言おう、正直に。


「い、いや、教えてあげたいのはやまやまなんだ。じ、実はね白雪さん。僕も女の子と手を繋ぐのは生まれて初めてなんだ。だから、よく分からなくて……」


「え!? 初めて!? 響さんが!?」


「黙ってて本当にごめんなさい……」


「えーと、響さんって確かもう二十七才ですよね? あの、失礼ですけど、手を繋いだことがないってことは、デートの経験も?」


「……はい、ありません」


 白雪さんがしらーっとした目で僕を見る。そんな目で見ないで! 走って逃げ出したくなっちゃう!


「もしかして、響さんってどうて――」


「ストーップ! ストップ、白雪さん! それ以上言わないで!」


 全力で白雪さんを制止。これ以上ダメージを受けたら耐えられる自信がない。


「ふふ、うふふふ」


 え? 何故? 白雪さんがおかしそうに笑っている。僕はてっきり怒られるものだとばかり思っていたのだけれど。


「なーんだ、そうなんですね。どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか」


「……ごめん。この年齢でデートしたことがないって、恥ずかしくて言えなくて。やっぱり引いた?」


 白雪さんは大きくかぶりを振った。


「全然引きません。むしろ、ちょっと嬉しいくらいです」


「嬉しい? どうして? こんなオジサンがデートもしたことないなんて、女性からしたら気持ち悪いんじゃないの?」


「いいえ、全く気にならないです。それよりも、響さんと一緒に『初めて』を経験できることが嬉しいんです」


 そして白雪さんは「えへへ」と頬を緩めて笑った。その笑顔はとても眩しく、僕の心を照らし、そして温めてくれた。


「それじゃ響さん。これはお互いにとって人生初めてのデート、ということで。あ、響さんは今日一日、私の恋人ですからね。色々わがまま言っちゃうと思いますけど許してください。それで、私をたくさん甘やかしてくださいね」


 そう言って、白雪さんは繋いだ手をもう一度、ギュッと握り直す。いつの間にか、僕の緊張は解けていた。


 白雪さんの笑顔、そして言葉。それはまさに魔法だった。


「あ、そういえば。あの、響さん。このままあと三年したら魔法使いになれるみたいですよ? あはは! 良かったですね」


「ぜーんぜん良くないから!」


 繋いだ手は、僕と白雪さんの心まで繋いでくれた。


 僕は改めてイチョウ並木を見上げる。さっきよりもずっと色濃く目に映った。景色により鮮明に色がついたような、世界が塗り直されたような、そんな感じがした。


*   *   *


 公園に着いた僕と白雪さんは肩を並べ、真っ直ぐ伸びるイチョウ並木を歩く。同じ景色を見ながら。共有しながら。そして、二人で手を繋ぎながら。

 そのせいだろうか。まるで、心まで共有している気がする。僕達は今、手を繋ぐことで、心も繋いでいるんだ。


 ふと、空を見上げる。青く澄んだ天高い秋の空が視界いっぱいに広がった。


「どう、白雪さん? 初めて手を繋ぎながら一緒に歩いてみた感想は」


「な、なんかですね。照れちゃうし、さっきから顔が熱くて。そのせいで頭はポーッとしてるんですけど、でも心はウキウキしていて。そんな不思議な感じです」


 はにかみながら嬉しそうに、照れくさそうに、そんな感想を述べてくれた。先程から彼女の頬は赤に染まっている。それは、僕も同じだ。


「それって、心がぴょんぴょんするんじゃー、みたいな?」


「そう、それ! そんな感じです! 心がぴょんぴょん! でも響さん、それってなんですか? どこかで聞いたようなフレーズなんですけど」


 なるほど、今の女子高生ってあの作品を知らないのか。ジェネレーションギャップを感じる。でもそうなんだ。白雪さんは今、心がぴょんぴょんするんじゃぁ~、という感じなんだ。なんだか嬉しいな。


「と言いますか、響さん。私にだけ感想訊くのはズルいですよ。響さんにとっても初めてのデートなんですから。ぜひ感想を教えてください」


「えー、なんか言うの恥ずかしいんだけど」


「ダメです。これは取材です。さあ、お答えください響さん」


 まさかの逆質問。白雪リポーターの取材が始まった。


「さあ、どうなんですか響さん? 私と一緒に手を繋いでデートしてみて、今どんな感じですか? 嬉しいですか? 楽しいですか? 幸せですか?」


 空いた左手にマイクを持った振りをして、それを白雪リポーターは僕に向けてきた。感想か。端的に言うと、嬉しいし、楽しいし、そして幸せだ。


 でも、それを言葉にするのは、やっぱり恥ずかしい。なので僕も白雪リポーターに乗っかることにした。


「あー、こほん。では、ご質問にお答えしましょう」


「はい、どうぞ。正直な気持ちを教えてください」


「えー、私、響政宗は本日、白雪麗さんと人生初めてのデートを経験させてもらいました。その感想なのですが」


「あはは、響さんまで。普通に答えてくれていいのに」


 可笑しそうに笑ってくれた白雪さんに、僕は感じたままを伝える。


「白雪さんの繋いだ手から、優しさが伝わってきました。今の僕は幸せな気持ちで満たされています。初めてのデートが君で本当に良かったと心から思います。僕の青春が今、二十七才にしてようやく始まったという感じです」


「響さん……」


「手を繋ぐことがこんなにも胸を高鳴らせるものだと、幸せを感じられるものだと、僕は知りませんでした。それを教えてくれた白雪さんに感謝します。って、固い感じになっちゃったけど、まあ簡単に言うとだね、こんなに可愛い白雪さんとデートができて、僕は本当に楽しくて」


 恥ずかしさもあってインタビュー形式で答えたけれど、これが僕の正直な気持ちだった。僕の青春がようやく始まった。そんな嬉しい心のカタチが僕の中で生まれていた。学生時代のくすんだ青春の嫌な思い出が吹き飛んだような気がした。


 失った青春は取り戻せる。いつからだってやり直せる。


 そう、感じさせてもらえたんだ。


「ご、ご回答、ありがとうございます」


 僕の返事を聞いて、白雪さんは耳まで真っ赤になった。そして、繋いでいた手をギュッと強く握り直し、「私も」と呟いた。


「私も、響さんが最初のお相手で本当に良かったと思っています。響さんは青春を取り戻したって言ってくれましたけど、私の青春も今、始まったという感じです。初めての感情だからなんて説明したらいいのかわからないけど、でも、今まで感じたことがないくらい胸がドキドキしてます」


 白雪さんは続けた。僕の顔を真っ直ぐに見つめたまま。


「この感情に、名前はあるのでしょうか」


「名前?」


「そう、名前です。手を繋いで、同じ景色を見ながら一緒に歩いて、それで胸がすごくドキドキして。この感情に名前はあるのかなって思って」


 白雪さんの純粋で真っ直ぐな疑問。僕はその答えを知っていた。でも、それを口にすることができなかった。言葉にすることができなかった。言葉にしたら、きっと、僕と白雪さんが後戻りできない関係になってしまう気がしたから。


 やはり、僕は情けないヘタレ野郎だ。


「うーん。じゃあさ、その疑問をネームにぶつけてみたらどうかな」


「ネームに、ですか?」


「そう、ネームに。白雪さんが感じた疑問の答えを漫画の中で描いてみたらいいと思う。感じた想いをキャラクターに、同じように抱かせればいい。そうしたら、きっと、自然と答えは見つかると思う」


「キャラクターに、私の気持ちを代弁してもらうってことですか?」


「そうだね、そういうこと。漫画は自分の鏡でもあるから」


「自分の、鏡」


 ピタリ、と白雪さんは足を止めた。


 そして眉をひそめながら何かを考える。難しい顔をして何かを思い描いている。僕は彼女の頭の中を覗いてみたいと思ってしまった。白雪さんが今、何を考え、何を感じ、何を想うのか。それが知りたくて、知りたくて、たまらなくなった。


「どうしたの、白雪さん? 急に考え込んじゃって」


「あ、すみません。響さんのお話を聞いて、描きたい漫画の内容が思い浮かんできて。それで頭の中をまとめていました」


「おお、すごい。取材、大成功じゃん」


「大成功、ですね」


 でも――そう言って白雪さんは続けた。


「まだ全然足りないです。もっともっと、私に色んなことを感じさせてください。今日一日、響さんは私の恋人です。恋人じゃないとできないこと、経験できないこと、たくさんあるはずなんです。それを、響さんと一緒に見つけたいんです」


 言って、白雪さんは綺麗な瞳で僕を見つめる。この瞳の先に、僕は一体どのように映っているのだろうか。年の離れたオジサンだろうか。元漫画の編集者だろうか。それとも、また別の関係性だろうか。


「全然足りないだなんて、白雪さんは本当に貪欲だなあ。いや、欲しがり屋さんって言った方がいいのかな?」


「えー、なんでそんな意地悪なこと言うんですかー? じゃあこの繋いだ手、離しちゃいますよ? 良いんですか? 女子高生と一緒に手を繋いで歩くなんて、響さんにはもう一生ないかもしれませんよ?」


「はは、まあそうだね。もう二度とこんな体験できないかもね」


「そうですよー。あ、でも、響さんはあともう少しで魔法使いになれちゃうんでした。だから大丈夫かもしれませんね。あはは」


「ならないってば! それは絶対に回避してみせる!」


「えへへ、それはどうでしょうねー」


 悪戯な笑みを浮かべる白雪さんだけれど、僕はそれはそれで嬉しかった。初めて見る、白雪さんの一面。それに、彼女とこんな会話をできるまでになったことも。


 ポッカリと空いた、僕の心。白雪さんは少しずつ、その心の中を埋めてくれる。でも、もっともっと埋めてほしいな。


 欲しがり屋さんは、僕の方なのかもしれない。

*   *   *

「響さん、私ちょっと疲れちゃいました」

 背の低い彼女は、僕を見上げるようにして言った。僕も同感だ。いくら同じものをたくさん共有したいとは言っても、三十分程ずっと歩きっぱなしでは。


 それにしても、公園をただ歩くだけではつまらないな。かと言って、僕はデートのいろはを僕は知らない。しかも全くのノープランだし。こんな二十七才、いるか……?

 僕がモテモテでデート経験豊富だったら良かったけれど、そんなことに全く縁が無い暗黒の学園生活を送ってきたわけで。でも、別にモテモテにならなくでもいいかな。白雪さんと一緒にいるだけで、不思議とそう思えてしまう。


 大切な人が一人でもいてくれるなら、それでいい。


「あ、響さん。あそこにベンチがありますよ」


「本当だ。じゃあ、あそこで少し休もうか」


 いくつも並べられている、木製のベンチ。ほとんどのベンチがカップルで埋まっていたけど、運良くひとつだけ空いていた。僕達はそこに腰を下ろす。手を繋いだまま。離さないまま。


 そして、心を繋いだまま。


「あっ!」


「どうしたんですか? 急に大きな声を出して」


 辺りのぐるりを見渡した。いないよな、見られてないよな。考えてみたらこの公園、アイツの生活圏内だった。


「いや、まさか小林に見られてないよなって思って」


「あははっ。そうですねえ、こんなところを小林さんに見られたら、また響さんからかわれちゃいますもんね」


「いや、さすがに今はからかわれるだけじゃ済まないと思うんだけど」


 だって今、僕と白雪さんは手を繋いでいるのだ。しかも、恋人繋ぎで。リア充憎しの小林に見られたりでもしたら、たぶん僕に明日はない。


「でも小林さんに会ったら、また響さんの色んな話を聞けるから、私としては別に嫌じゃないんですよね。この前も響さんがロリコンだって教えてもらえましたし」


「白雪さん、だからそれは誤解だってば。僕はロリコンではない!」


 持っている薄い本はツルペタのロリ物ばかりだけれど。


「あはは。大丈夫ですよ。前にも言いましたけど、私はそういうことに偏見ないですし。それに響さんがロリコンじゃないって、本当は知ってますから」


「え? 知ってるってどういうこと?」


「この前、響さんの帰りが遅い時にお部屋を掃除させてもらったじゃないですか? そこで見つけちゃいました、押し入れの中に隠してあったものを」


「ちょ、ちょっと待って! 押し入れの中って、え、白雪さん!? アレを見つけちゃったの!?」


「はい、見つけましたよ? 響さんってああいう女性が好みなんですね。みーんなオッパイ大きかったです」


 ぐわあああーーーー! マジですか! アレを見つけちゃったのか! 白雪さんが家に来るようになってから押入れに隠しておいたあのエロ本(実写)を! しかも、結構過激なやつもあったような……。今まで知らない振りをしてくれていた白雪さんの優しさが逆に辛い。


「い、いや、別にオッパイは大きくなくても……」


「あー、響さん今、嘘ついてるでしょ? だって本に載ってる皆んな、大きかったですよ? ドーン! って感じで。私なんかポンッて感じじゃないですか。ちょっと羨ましいなって思っちゃいました」


 空いた左手で自分の胸をぺたぺたと触る白雪さん。だけど、違うぞ。君は大きな間違いをしている。胸は大きさじゃない。大切なのは形だ。だからポンッでも全く問題ないんだ。


 ……って言ったらセクハラになるよな。黙っておこう。というかこの話題、早く終わらないかな。


「で、響さんは胸の大きな女性がお好きなんですよね? あと、私の胸、見すぎです。前にも言いましたが、女の子ってそういう視線に敏感なんですよ?」


「まだ続けるの!? その話題!? 見すぎたのは謝るけど……」


「あはは、冗談ですよ。ちょっと悔しかったから、からかってみただけです。でも響さん、次からはもっと場所を考えて隠してください。押入れに適当に突っ込んだだけじゃ、私がまた簡単に見つけちゃいますよ? 気を付けてください」


「ご、ごめんなさい」


 中学生時代、母親にエロ本が見つかったときのトラウマが蘇るな。隠し場所、か。レンタル倉庫でも契約しようかな。


「じゃあ響さん、許してあげるからもうひとつお願いを聞いてください」


「な、なんなりとお申し付けください」


「あの、えっと、ちょっと恥ずかしいお願いなんですけど」


「恥ずかしいお願い? オッパイ揉んで大きくしほしい、とか?」


「……響さん、サイテー」


 さ、最低って言われてしまった。氷のように冷たい目で僕を見てくるし。そんな凍てつく目で見ないでくれ! ジョーク! 二十七才のアダルトジョークだから!


 そして白雪さんは「こほん」とひとつ咳払い。気持ちを入れ直して、『恥ずかしいお願い』を僕に伝えたのであった。


「あ、あのですね、わ、私の肩を持って、グッと引き寄せてもらえないでしょうか? それで私の頭を響さんの胸の中に、こう」


 白雪さんの頬が、楓色に染まる。


「あの、私達って今、取材中は恋人同士じゃないですか? 恋人だったら、男性はきっとそういうことをしてくれると思うんです。ベンチで肩を並べて座るこういうシチュエーションなら、きっと。……ダメ、ですかね?」


 なんて可愛い上目遣いなんだ。そんな目で見つめられたら、断るに断れないじゃないか。でも周りのカップルさんを見ると、そんなふうにしている人達が散見される。そうか。カップルってそういうものなのか。


「だ、ダメじゃないけど……なんて言うか。僕にはちょっとハードル高いなって。そんなこと、今までしたことないし」


「分かってますよ、響さんにそういう経験がないっていうのは」


「あはは……もうバレバレだね」


「バレバレと言いますか、響さんってデート未経験じゃないですか? だから最初から分かってます、そういうことしたことがないって。ただ、今日は恋人として私のわがままを聞いてほしいんです。それに、ほ、ほら! これも取材の内ですから!」


 魔法の言葉、『取材』。元編集者としてはこの言葉にめっぽう弱い。作家さんが「取材したいんです」と言えば、どうにかしてでもアポイントを取って叶えてあげたいと思ってしまう。元とはいえ編集者の性というか、職業病というか。


「わ、分かった。か、肩を抱かせてもらうよ」


「はい、お、お願いします」


 繋いでいた手を一度離し、僕はそっと白雪さんの肩に手を回した。


「響さんの手、震えてる」


「う、うるさい。それくらい許しなさい」


「はい……」


 初めて触れる、白雪さんの肩。力を入れたら壊れてしまうのではないのかと思えるほど、彼女の肩は本当に小さくて、細くて。世の男性が女性を大切に扱う気持ちが少し分かった。男と比べてずっと、女の子の身体は繊細なんだ。

「そ、そのまま、私を響さんの胸の中に」


「い、いい、言われなくても分かってるから」


 僕は白雪さんの肩を抱いたまま、そっとこちらに引き寄せた。彼女の頭がぽすんと僕の胸の中に収まる。綺麗な髪からシャンプーの香りがふわっと広がった。こ、これは緊張する。でも、ここは白雪さんのわがままを聞いてあげなければ。


「ど、どう? 白雪さん? 感想をどうぞ」


「い、いいい、今はそれどころじゃないのでちょっと待ってください。し、心臓がバクバクしてて、このまま倒れちゃいそうで」


「お、同じく。僕も緊張で倒れそう」


「そ、それは伝わってきます。だって響さんの心臓、すごい早さで動いてるのが分かるので。でも、男の人の胸ってこんなに広いんですね。ちょっとビックリです」


「そ、それは良かった」

 

 白雪さんは僕の胸に顔を埋めたまま、動かなくなってしまった。両手でギュッと、僕のニットを掴んだまま。


 彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。顔を胸に埋めているので、表情が見えない。だけれど、これだけは分かる。


 白雪さんは今、『初めて』の経験に胸を高鳴らせていることが。


 嬉しかった。


僕が白雪さんの『初めて』になれたことが。


 それからしばらくの間、白雪さんは僕の胸の中で顔を埋めたまま動かなかった。そして感じる。白雪さんの体温、息遣い、高鳴る胸の鼓動を。

 白雪さんも、僕のそれらを感じているに違いなかった。


「次は何をご所望ですか、白雪姫様」


 僕は問いかける。照れくさいので、ちょっと冗談めかして。でも彼女は顔をより深く胸の中に埋めてきた。


「私にお姫様なんて似合わないですよ」


「そんなことないよ、立派なわがまま姫だ」


「響さんってほんと、たまに意地悪になる時がありますよね。でも、わがまま姫として、ちょっとわがままを言わせてもらいますね」


「どうぞどうぞ。何なりとお申し付けください、姫様」


「あ、あのですね、わ、私の頭を撫でてほしい……です」


「女の子って髪の毛触られるの嫌な人もいるって聞いたことあるけど、いいの?」


「響さんになら触られても大丈夫、ですよ」


 さて、わがまま姫の次なる注文は『頭ナデナデ』であった。緊張していた僕だったけれど、あまりに子供っぽく甘えてくる白雪さんを見ていたら、なんだか大人の余裕というものが少し生まれてきた。


「では、遠慮なく触らせてもらうね」


 僕は優しく、ぽんと白雪さんの頭に手を置いた。髪の毛のさらさらとした感触が手のひらいっぱいに広がる。細くて艷やかで、綺麗な髪。女性の髪に初めて触ったけど、僕のパサパサした髪と全然違う。


 そして、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。安心したのか、少しこわばっていた白雪さんの体から力みが消えてきた。そのまま、この小さな身体を抱き締めてしまいたい衝動に駆られてしまったけれど、でも、そんな注文は今は入っていない。


「どう、白雪さん? 頭を撫でられた感想は」


「そ、そうですね、すごく落ち着きます。あと、子供の頃を思い出しました。小さい頃、よくお母さんに頭を撫でてもらっていて。それを」


 お母さん、か。白雪さんのお母さんは今、どこで何をしているんだろうな。


「そっか。じゃあ今の白雪さんは子供の頃に戻った感じだね。あ、今だけじゃないか。いつもお子ちゃまだもんね、白雪さんは」


「むー、またお子ちゃま扱いして。私はもう大人です。それに、これでも私、響さんよりもしっかりしてる自信ありますよ?」


「う……それは何も言い返せないかも」


 いつもよりも、時間がゆっくりと、優しく流れていく。そんな不思議な感覚を覚えた。まるで別の世界に飛ばされたみたいだ。白雪さんと僕、たった二人だけしか存在しない、そんな世界に。


「あ。ひ、響さん」


 ちょっと顔を上げる白雪さん。久し振りに見た感じがする、彼女の顔。それはそれは見事なまでに真っ赤になってしまっていた。まるで熟れたトマトみたいだ。


 でも、いつもよりもちょっと大人っぽくて、ちょっと色っぽくて、艶やかで。そう感じたんだ。お子ちゃまなんて言ってごめんね。


「どうしたの白雪さん?」


「向こうのカップルさん、ちゅ、チューしてますよ」


 チュー、と言った白雪さんの目線を追うと、斜向かいのベンチに座る学生風のカップルが公衆の面前で堂々と熱いキスを交わしている。う、羨ましい……。こちとらキスなんてしたことないというのに。なんて悲しい二十七才だ。


「も、もしかして白雪さん。次はキスしてとかそんなお願いを?」


「そ、そそそ、そんな! 滅相もない! いくら取材のデート中だと言っても、ちゅ、チューなんかしたら私、恥ずかしすぎて倒れちゃいますよ!」


「あはは、そうだよね。それに白雪さんだって、キスは本当に好きな人としたいだろうし。こんなオッサンが相手じゃねえ」


「そ、そうですね……」


 白雪さんは僕の太ももにこてんと横になり、そのまま両手で顔を覆い隠した。彼女の重みが心地良い。


「白雪さん、どうしたの? 顔隠しちゃって」


「いえ、私、チューしてるとことかそういうの見るの、ちょっと恥ずかしくて。お父さんと一緒に朝ドラ観てる時も、チューのシーンとか出てくるとドキドキして別の部屋に逃げちゃうんです。あー、顔が熱い」


「とか言いながら、しっかり指の間から覗いてるじゃん」


「す、少しくらいは免疫つけておかないといけないから、いいんです」


 本当にウブな子だ。これで恋愛漫画を描いているんだから不思議なものだ。いや、逆なのかな。ウブだからこそ、恋愛に対して幻想を抱いているのかもしれない。恋に恋している、とでも言えばいいのだろうか。


 僕にもそんな時期が確かにあった。恋は素晴らしいものだと思い、憧れ、恋い焦がれた。僕は見事に現実に打ちのめされてしまったけれど、でも白雪さんにはその幻想を、いつまでも大切にしていてほしい。純粋な白雪さんのままでいてほしい。


 そう。それは名前の通り、真っ白な雪のように。


*   *   *


「今日は本当にありがとうございました」


 そう言って、白雪さんは僕のアパートの玄関前で一礼した。


 最初はどうなることかと思ったけれど、でも、僕達は無事に取材という名のデートを終えることができた。二人にとって、生まれて初めてのデート。僕はちゃんと彼女を楽しませてあげることはできたのだろうか。


 ちなみに、あれから僕達は公園をもう一周だけ歩いた。同じ景色を見て、それを目に焼き付けるようにして。そして、日が暮れ始めた。少しずつ景色がオレンジ色に染まっていき、それをデート終了の合図とした。


 少し気になったのが、カップルのあのチューの現場を見てから、白雪さんがやたらそわそわしていたことだ。繋いだ手を何度も動かし、チラチラと僕の顔を上目遣いで伺ってきた。何か伝えたいことでもあったのだろうか。


「いいの? 今日は家に寄っていかなくて。少しゆっくりしていけばいいのに」


「いいんです、響さんも明日からまたお仕事ですし。それに今日一日、私に付き合ってくれてお疲れでしょうから」


 本当に、優しくて気遣いのできる子だなあ。どうしたら、こんな良い子に育つのだろうか。僕とは大違いだ。大人からしたら生意気なガキだったと思うよ。口だけは達者な生意気なガキ。


「僕はそんなに疲れてないけど、白雪さんがそう言うなら」


「はい、また明日お邪魔しますね。学校終わったら先にお家に入って夕飯の支度をしておきます。でも本当にいいんですか? 私も一緒に夕飯を頂いちゃって」


「いいんだよ、むしろ大歓迎。ご飯は誰かと一緒に食べた方が美味しいに決まってるし。ぜひ一緒に食べよう」


「はい! じゃあお言葉に甘えます!」


 にまっと満面の笑みを浮かべて、白雪さんは喜んだ。この笑顔がすっかり僕の日常の一部になっているのだと如実に感じる。いや、日常だけではないか。すっかり溶け込んでいるんだ、僕の心の中に。


「ところで白雪さん。今日の取材デート、採点するなら何点くらいだった? 僕、君を上手くエスコートできた自信がなくて」


「そんなことないです、すっごくドキドキして思い出に残るデートでした。そうですね、採点は90点! ほぼ満点近いですよ」


「おお、高得点。それは安心したよ。ちなみに、あと10点は? やっぱり僕、白雪さんの期待に応えられないところがあったのかな?」


 すると、白雪さんは足をもじもじ交差させてまた顔を赤くした。何かを言いたくて、でも、それらを自分の中で一度飲み込むようにしてから僕に理由を伝えた。


「それは私がひとつお願いを言いそびれちゃった分です。ちょっとだけ後悔してまして。その分のマイナス10点です。だから響さんのせいじゃないですよ。気にしないでくださいね」


「そうなんだ、後悔ねえ」


「大丈夫です、また言いますから。なんせ私、響さんのわがまま姫なんで」


 茜色に染まる夕暮れの中、白雪さんははにかんだ。この笑顔がいつまでも消えないように、僕は夜空の星に願う。


 僕と白雪さんの初デートは、こうして幕を閉じたのだった。



『第三章』

 章末

『第4回テノコン総合特別賞受賞作品』漫画家になりたい白雪さんと僕

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