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とある郊外に立つ、少し古びたけれど広々とした一軒家。そこは、人気YouTuberグループ『カラフルピーチ』のメンバー12人が共同生活を送る、通称「カラピチハウス」だ。今日も朝から賑やかな声が響き渡っている。
リビングでは、じゃぱぱが台本片手に「今日の動画、どうするー?」と声を上げ、たっつんはソファでゲームをしながら「ええなぁ、ドッキリ企画とかも盛り上がりそうやな!」と楽しそうに笑っている。キッチンからは、のあとえとが楽しそうに笑い合う声が聞こえてくる。二人が朝食の準備をしているのだ。焼けるパンの香ばしい匂いが、部屋中に広がる。
そんな賑やかな日常の中で、ゆあんは密かに、そして深く、ある人物に恋をしていた。その相手は、同じメンバーのえとだ。
ゆあんにとって、えとはいつも明るく、周りを気遣える優しい存在だった。動画撮影中はもちろん、オフの時も、えとがふと見せる笑顔や、真剣な眼差しに、ゆあんは何度も胸を締め付けられていた。
「はぁ……」
自室のベッドに寝転がり、天井を見上げながらゆあんはため息をついた。隣のリビングからは、えとの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。その声を聞くだけで、胸の奥がじんわりと温かくなるのに、同時にズキンと痛む。
(えとさん、俺のことなんて、ただのメンバーとしか思ってないんだろうな……)
そう思うと、ゆあんはどうしても一歩を踏み出せないでいた。このシェアハウスでの共同生活は、ゆあんにとってかけがえのないものだ。もし告白して、この関係が壊れてしまったら? そんな恐怖が、ゆあんの心を縛り付けていた。
一方、えともまた、ゆあんに同じような片思いを抱いていた。
「ねぇ、のあさん、ちょっと相談があるんだけど……」
えとは、キッチンで一緒に朝食を作っているのあに、小さな声で切り出した。
「どうしたんですかえとさん? いつも元気なのに、珍しいですね」
のあは、えとの様子を見て心配そうに尋ねた。
「あのね……ゆあんくんのことなんだけど……」
えとがそう口にした途端、のあの顔に「やっぱりね」という表情が浮かんだ。のあは、えとがゆあんに特別な感情を抱いていることに薄々気づいていたのだ。
「ゆあんくんのこと、好きなんですよね?」
のあのストレートな言葉に、えとは顔を真っ赤にして俯いた。
「う、うん……でも、きっと私の一方的な気持ちだよ。ゆあんくん、いつもクールだし、私のことなんて、どう思ってるか全然わからなくて……」
えとの言葉に、のあは優しく微笑んだ。
「そうですか。でも、えとさん。ゆあんくんも、えとさんのこと、すごく気にしてるように見えますよ?」
「え、本当!?」
えとは顔を上げて、のあをじっと見つめた。しかし、のあの言葉は、えとの不安を完全に拭い去ることはできなかった。ゆあんのクールな態度が、えとには「興味がない」ように見えてしまうのだ。
その日の朝食は、のあが作ったふわふわのオムレツと、えとが焼いたトースト、そして彩り豊かなサラダが並び、食卓は賑やかだった。メンバー全員が揃い、「いただきます!」の元気な声が響き渡る。
ゆあんは、えとの隣の席に座った。時々、えとが楽しそうに話す声や、フォークを持つ指先が視界に入り、その度に胸がキュンとなる。
「ゆあんくん、今日の動画の企画、どう思う?」
じゃぱぱが声をかけてきたので、ゆあんは慌てて思考を中断し、話に加わった。
「えっと、ドッキリ企画もいいけど、やっぱり視聴者参加型とかも面白いんじゃないの」
「お! ゆあんくんもええ意見出すやん!」
たっつんが元気よく相槌を打つ。
食事中、えとがパンを取ろうと手を伸ばした時、偶然ゆあんの手と触れ合った。ほんの一瞬の出来事だったが、ゆあんの心臓は激しく跳ね上がった。えとがちらりとゆあんの方を見て、「ごめんね」と小さくつぶやいた。その顔は少しだけ赤くなっているように見えた。
(今、えとさんの手、触っちゃった……!)
ゆあんは内心で大騒ぎだった。しかし、えとにとっては単なる偶然の接触で、特別な意味はないのだろう、とすぐに冷静になろうとした。
えともまた、触れたゆあんの手にドキリとしていた。
(ゆあんくんの手、大きくて温かかったな……。って、何を考えてるの、私!)
えとは、自分の顔が熱くなるのを感じて、慌ててトーストを口に運んだ。
朝食後、各自が動画撮影の準備に取り掛かる。ゆあんは、今日の撮影で使う小道具を準備するため、共有スペースにある倉庫に向かった。すると、すでにそこにはえとがいた。
「えとさん、おはよう!」
「ゆあんくん、おはよう! ちょうど良かった、これ、どこに片付けたらいいかな?」
えとが持っていたのは、前回の企画で使ったらしい大量の飾り付けだった。
「あ、それなら、あそこの箱に入れてください。俺も手伝う」
二人は黙々と作業を始めた。狭い倉庫の中で、肩が触れ合いそうになるたびに、ゆあんもえとも無意識に少しだけ距離を取ってしまう。
(えとさん、近くで見ると、やっぱり可愛いな……)
ゆあんは、えとの横顔を盗み見た。長いまつげが、時折瞬くたびに揺れる。
(ゆあんくんって、意外と力持ちなんだな……腕の筋肉、すごい……)
えとは、重そうな箱を軽々と運ぶゆあんの姿をちらりと見て、密かに感心していた。
「あ、これ、落としちゃった……!」
ゆあんが、うっかり手に持っていた小道具の箱を傾けてしまい、中身が床に散らばった。
「わっ! 大丈夫!?」
えとが慌ててしゃがみ込み、散らばった小道具を拾い始めた。ゆあんも隣にしゃがみ込み、一緒に拾い集める。顔がぐっと近づき、甘いシャンプーの香りがゆあんの鼻腔をくすぐった。
「ごめん、俺が不器用だから……」
「ううん、大丈夫! すぐ拾えるよ」
えとが笑顔で答える。その時、二人の指先が、またしても触れ合った。今度は、少しだけ長めに。
ゆあんの心臓はバクバクと音を立て、えとの頬は再び赤く染まった。狭い倉庫の中、二人の間に甘く、そしてもどかしい空気が流れる。
その時、倉庫の扉が勢いよく開いた。
「あれー? ゆあんくん、えとさん、こんなとこにおったんか! みんな、もう準備できてるで!」
現れたのは、じゃぱぱとたっつんだった。たっつんは、ニヤニヤとした表情で二人を見ている。
ゆあんもえとも、慌てて立ち上がり、何でもないような顔を装う。
「あ、はい! 今行きます!」
ゆあんはそう言って、じゃぱぱとたっつんの後に続いた。えとも、散らばった小道具を急いで拾い集め、二人の背中を追いかけた。
(あーあ、もうちょっと一緒にいられたのに……)
ゆあんは後ろ髪を引かれる思いだった。
(今の、たっつんに見られちゃったかな……)
えとは、たっつんのニヤニヤ顔が気になりながらも、それ以上にゆあんとの一瞬の触れ合いにドキドキが止まらなかった。