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蒼乃 月
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コメント
1件
うわー、竜馬さんの心ここにあらずな感じ、すごく伝わってきました。アリスさんは純粋でいい子なのに、頭の中はジェニのことでいっぱい。あのキスの記憶が蘇るシーン、切なくてドキドキしちゃいました。おでこキスでごまかすところ、竜馬さんの優しさと葛藤が同時に見えて好きです。この先どうなるんだろう…続きが気になります!
.:・.。. .。.:・
【数時間後】
「・・・さん・・・竜馬さん」
その言葉にハッとして竜馬はあたりを見回した、そして今の自分を認識する
―何を考えているんだ!しっかりしろ!―
竜馬は神戸の夜景が一望できる、ホテルの二階のラウンジにある、プライベート用のテラスへ『伊藤愛莉珠』を案内した
ここからホテルの池や噴水の素晴らしい景色も一緒に眺められる、テラスの手すりに寄ると昼間の暑さとうって変わって、山手なので夜風が涼しい
隣のノースリーブの彼女が両手で自分を抱きしめるようにしているのを見て、竜馬はそっと自分のジャケットを脱いで彼女に着せた
「ねぇ、竜馬さん、今夜は少し心ここにあらずな時がおありのようにお見受けられますけど、お仕事で何かありましたか?」
「何もありませんよ、さぁ、これをかけて、山手は少し冷えます」
「ありがとう」
アリスは少し頬を染めて竜馬に礼を言った、彼女は竜馬のクライアントの一人で日本でも歴史の古い国際的な宝石商(ITOMOTO)の四代目会長の孫娘だ
彼女の祖父は竜馬が自社の創成期から世話になっている恩人で、その人たっての願いで、竜馬はつい先月彼女と婚約した
ITOMOTOの成功と富は伝説的でさえあるから、竜馬にとってはこの結婚話はとても魅力的だ
彼女と結婚することによって、自分もITOMOTOの身内になり、さらにメビウスホールディングスの傘下に(ITOMOTOマーケティング部)を創設出来るのも夢ではない
コネも何も無く、一代裸一貫で成り上がって来た竜馬にとって、この結婚話には断る理由がなかった。竜馬はとっておきの魅力的な笑顔でアリスに微笑んだ
「アリスさん、食事はどうでしたか?ヒラメが僕は美味かったと思ったんですが」
「ええ、とっても美味しかったです」
「僕達気が合いますね」
アリスは瞳を輝かせて竜馬を見た、ハーフアップに束ねた長い髪は、毛先まで完璧に綺麗に巻かれている、可愛い部類に入る彼女が頬を染めて竜馬を見つめる
彼女は魅力的な食事のパートナーだった、秘書が探し当てたこの高級レストランの食事を喜び、一皿ごとに味わっては感想を竜馬に教えてくれた。デザートのチョコレートケーキを食べる頃には、感謝の言葉と、自分の祖父から聞いた竜馬の仕事に対する功績を褒めちぎってくれた
実際、彼女は良い良妻賢母になるだろう。だって生まれた時からそう躾けられてきたのだろうから、神戸の夜景と夜の空気を十分堪能した所で、竜馬がリシャールの腕時計をチラリと見た
「もうすぐ10時になりますね、そろそろ送りましょう」
その時アリスがうつ向いてそっと竜馬のシャツの袖を引っ張った
「もう子供じゃありませんもの、少しくらい遅くなっても構いませんわ、明日は土曜日です。なんでしたら泊まっても・・・」
竜馬は意外なアリスの言葉にぎこちなく笑って答えた
「そんなことをしたら、僕があなたのお爺様に殺されますよ。車を表に回させましょう、来週は中華にしましょうか?僕の秘書が良い所を知っているそうなので、そこに行ってみましょう」
竜馬は魅力たっぷりにアリスに微笑んだ
「竜馬さん・・・」
「なんですか?」
アリスが瞳をウルウルして竜馬を覗き込む
「わたくしのこと好き?」
「好きですよ」
竜馬はからかうような微笑みを彼女にむけた
「それじゃキスして」
彼女はそう言って瞳を閉じ、わずかに唇を突き出した
今まで何度もデートを重ね、礼儀正しく愛想の良い会話を交わしてきたが、今、竜馬は彼女の意向をハッキリ読み取った、彼女は自分との関係を深めようとしているのだ、それも当然だろう、このまま行けば二人は結婚することになるんだから
実際、今夜泊っても今後の付き合いに、なんら支障はない。竜馬は彼女の腰をつかみ、そっと自分に引き寄せた
きっと緊張しているのだろう、彼女の体はコチコチに固まっていた
可哀そうに純粋無垢な彼女がこの言葉を出すのも勇気がいっただろうと竜馬は思った。本来なら彼女の気持ちに答えてやるべきだ、男として婚約者として185cmの自分より小さい彼女にキスをするには、随分屈まないといけない
しかし・・・ここで突然ほんの数時間前にキスをした、神崎ジェニを思い出した
最初はいい加減な彼女に腹が立っていたはずなのに、彼女と言い争いをしているうちに瞬く間に欲望の炎が燃え上がってしまった、そして気が付いたら襲う様に彼女にキスをしていた
あの怒りに燃える様な輝く瞳・・・身長が高い自分に訴えているせいで、彼女の顔はキスしてくれといわんばかりに竜馬のすぐ傍にあった
彼女のキスの感覚が今だに竜馬の口を痺れさせている・・・実際何を食っても味がしなかった、人を酔わせるような神崎ジェニの唇の感覚以外今は何も感じない
竜馬はそっとアリスのおでこにキスをして囁いた
「帰りましょう」
アリスは竜馬にキスをされたおでこを残念そうに、そっと触った・・・
.:・.。.
メビウスホールディングス本社が入っているメビウスタワービル、最上階のペントハウスに向かうまでは、多くのセキュリティゲートをくぐり抜けなければいけなかった。しかし今の竜馬にはそうすることで我が家に帰って来た気がして、ゲートをくぐると同時に少しずつ心の防御を解いていた。
IDカードを当てて、顔認証ロックキーをスキャンすると、メビウスタワーの住居者専用エレベーターのドアが開く。最上階のペントハウスの住人だけが利用できるエレベーターに乗り込む。このエレベーターは階のボタンが無く、ノンストップで40階の最上階まで2分で到着する。このエレベーターを動かすためには二つ目のIDカードを当てて指紋をスキャンしないといけない。
松下竜馬は今や飛ぶ鳥を落とす勢いでトップレベルの商社CEOに上りつめようとしていた。そんな彼に投資の意味でマンションを売りたい連中はごまんといる。竜馬が住むメビウスタワーの最上階ペントハウスは250平米以上もあり関西一すばらしい眺望が拝めるというのが売りだ。
だが実際、景色を楽しんだのは最初に入居した一週間だけで、今ではすっかり景色には興味を失っていた。コンシェルジュやランドリーのサービスは24時間受けられ、内装はトラバーチン張りのミストシャワー付きのバスルーム、車一台分入りそうなウォークインクロゼット、30階にあるスポーツ・クラブの会員権まで与えられ、オリンピックサイズのプールやフィットネスセンターが使い放題に個人トレーナーまでついてくる。
こんな住まいに住めるほどの富豪独身貴族の竜馬だが、実は彼は贅沢が嫌いで、大学時代アメリカに留学していた時の彼の住まいは工場の倉庫だった。人生で底辺から頂点までもまさに体現したことが今の竜馬の性格を形成していた
最上階に到着し、さらにその最奥まで細い廊下を進み、やっと我が家のセキュリティパネルに番号を打ち込む。すると中からドアを爪でひっかくような音が聞こえる。ゴールデンレトリバーの「ハナ」が主人を迎えに来ているのがわかった。愛犬の姿を見て竜馬は微笑んだ
愛犬は竜馬に飛びつき、寂しかった旨を全身をくねらせて訴え、とにかく顔を舐めさせろと意気込んでいる。竜馬は少年の様に笑いながら、しばらくこの可愛い存在が興奮から収まるのを待つために存分に顔やら首やら舐めさせる
「遅くなって悪かったね、今日は楽しかったかい?」
愛犬の耳の後ろをかいてやりながら彼は尋ねた
「僕の方は疲れたけど、それなりに楽しかったよ」
まだ子供のハナは首をかしげて竜馬の話を聞いていた、一人暮らしには広すぎる寒々とした大理石のアイランドキッチンに、無造作にジャケットを放りなげる。日中はドッグトレーナーの「田宮さん」がハナの食事や運動の世話をしてくれている。アイランドキッチンにおかれた田宮さんの手紙を読む
今日のハナの散歩トレーニングメニューと、なかなか覚えられなかったリール無しで飼い主にぴったりと寄り添って歩ける訓練をほぼ習得したとのことだった
「ふ~ん・・・お前は賢いなぁ~」
そう褒めて存分に耳の後ろを掻いてやる。ハナのしっぽが豪雨の時のマックスレベルのワイパーのようにブンブン左右に揺れている。そして田宮さんの最後の手紙に追伸で一言
―ハナは十分晩御飯を食べたので、騙されないでください―
そんな二人のやり取りなど我知らずのハナは、餌入れのボウルを前足でひっかき、いかにも期待するようなまなざしを竜馬にむけた。
「ごはんを食べさせてもらったのは知ってるぞ」
片眉を上げて人指しゆびを掲げ、ハナを睨む竜馬しかし、しかしこの可愛い生き物は「きゅ~ん」といかにも情けない茶色い眼をしてまだ食べたいと必死で訴える。
「甘いな僕は」
ため息をついて棚からドッグフードを出しボウルに入れてやる。
「また僕が田宮さんに怒られるじゃないか」
そう言いながらもガツガツドックフードを食べるハナを見て、フフフと少年の様に笑う
「お前を見てたら僕も小腹が空いたな、少し何か食おう」
調味料一つない無機質なL字型のアイランドキッチンに向かい、シルバーの海外製の両開きの冷蔵庫から冷凍食品のランチボックスを出してレンジに放り込む
「コース料理ってのは少しづつ出てくるから、その時は腹いっぱいになるけど、ドミノぐらいの大きさのヒラメと、レンゲ一杯分ぐらいのリゾットじゃ~なぁ~」
そうハナに話しかける。ハナが鼻をヒクヒクさせる。冷凍食品のレモンが添えられたローストチキンと五穀米のプラスチックのトレーを手にして、黒くて皮製のベッドぐらいの大きさのL字型ソファーにドカッと座る、すかさずその横にハナが飛び乗ってくる
赤ワインをグラスに継ぎ、熱々の冷凍食品をフォークで口に運ぶ、食事が終わるとシャワーを浴び、髪も乾かさないでタオルを首にかける
「ハナ!」
リビングの床に足を広げてハナを呼ぶ、するとハナは飛んできてゴロンと竜馬の足の間におさまり、慣れた感じで仰向けに腹を見せる、竜馬の太ももにハナは頭をもたせる
「あーん!」
ハナの上唇をひっぱって犬用歯ブラシで歯を磨いてやる、自分より丁寧にハナの身づくろいをするのは、毎日の竜馬の日課だ
「お前のせいで僕は突然のお泊りとかできないんだぞ・・・わかってるのか?ん?」
しかし、もし本当にその気になればここへアリスを泊まらせれば良いだけなのにと竜馬は思った。ミントの犬用歯磨き粉の良い匂いをさせてハナがまたベロベロ竜馬を舐める。そして肉球にラズベリーの保湿クリームを塗り、ハナのグルーミングを終わらせる、ハナが歩きやすい様にこの家一面の床は特殊加工ポリマー樹脂で出来ている
「来い!」
キングサイズのブルーのサテン生地のベッドにもぐりこみ、うわ掛け布団をめくると、ハナが飛び込んで来てグルグル回って竜馬の横に収まった
ふぅ~・・・「三時間は寝れるな・・・」
間接照明を落として瞳を閉じる、竜馬の腕にハナが気持ちよさそうに顎を乗せる、竜馬が誰にも話していない秘密を打ち明けるようにハナに話しかける、きっと毎晩彼はそうしているのだろう
「今日・・・神崎社長の娘さんに会ったよ」
ハナはうっとり目を閉じている
「ずいぶん大きくなってたな~、僕の事をまるで鬼でも見るかのような目で見るんだ、覚えていないのも無理もないか、初めてあった時は彼女はまだ小学生だったものな・・・それに・・・なかなかの美人だったよ、すっかり変わっていたから最初は誰だかわからなかったけど」
フンッと鼻息でハナが竜馬の独り言に答える、竜馬は思い出していた、彼女の怒りに燃える褐色の瞳、うなだれて泣きそうになっている瞳、そして自分を見つめる好奇心に満ちた瞳、目だけであれだけ考えていることが分かる人間もめずらしい
「いや・・・でも面影は残っていたな、兄キのほうはまだ見つかってないけど、取りあえず堕落した妹の方はまだ根性がありそうだから鍛えてやるつもりだ」
ふぁ~~~~っとあくびをして目をこすった
「そうしないと・・・恩師の神崎社長に申し訳ないからな・・・」
そう言って竜馬はハナと深い眠りについた