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「大河。頼まれてた資料、ここに置いておくぞ」


「ああ、サンキュー」


パリで上映する作品作りに、4人は力を合わせて取り組んでいた。


和のテイストでまとめ、日本の美しい風景をデジタルの世界で表現していく。


コンピュータテクノロジーで、古き良き日本の伝統を伝えられるのか?


そんな迷いはもうなかった。


大河の心にあるのは、あの時の瞳子の言葉。


『本物か偽物か、なんて関係ないです。良いものは良い、それだけです』


今も、そしてこれからも、瞳子の言葉は自分の道しるべだった。


一方で、瞳子のことを思い出す度に胸が苦しくなる。


あんなにも純粋な彼女が、一生恋愛出来ないと言い切るなんて。


なんとかして救ってやりたい。


だが、男である自分には出来ない。


なぜなら彼女を苦しめているのは【男性】だからだ。


どうすればいいのだろう、と考え始めると堂々巡りになり、抜け出せなくなる。


大河は頭を振って、目の前にあるやるべきことに集中しなければ、と気を引き締めた。




3月に入ったある日。


大河のデスクに置いていた仕事用のスマートフォンに、見覚えのない番号から電話がかかってきた。


誰だろう?と思いながら出てみる。


「はい、冴島です」


『もしもし、私、TVジャパンの倉木と申します』


えっ!と大河は驚いた。


「倉木さん、ですか?」


『はい。突然ご連絡差し上げて申し訳ありません。今お時間少しよろしいでしょうか?』


「はい、大丈夫です」


大河はスマートフォンを握り直して耳を傾ける。


『実は、本日情報が解禁になったばかりなのですが…。私、来月の4月から夜の報道番組のメインMCを務めることになりました』


「えっ、報道番組の?すごいじゃないですか!」


『ありがとうございます。誰よりも先に、自分の口から冴島さんにお伝えしたくて』


「私に?どうして…」


『自分が今こうしていられるのは、冴島さんのおかげだからです。あの時の冴島さんの言葉があったから、私はなんとか踏ん張って来られました』


「あの時の…」


大河は以前、テレビ局の前で待ち伏せしたことを思い出す。


辛い状況にいる倉木をなんとか励ましたくて、声をかけた。


『冴島さん、本当にありがとうございました。これから先も数々の試練が待ち受けていると思いますが、あなたから頂いた言葉は決して忘れません。明けない夜はない、必ずまた陽は昇る。この言葉を、この先もずっと胸に刻んで精進していきます』


大河は胸がいっぱいになった。


自分の言葉を大切にしてくれ、今もこうして連絡をくれるなんて…。


「こちらこそ、ありがとうございます、倉木さん。そしておめでとうございます。陰ながら応援しております。新番組、楽しみにしていますね」


『ありがとうございます。それから、冴島さん。恐れ入りますが…、伝言をお願い出来ないでしょうか?』


ためらいがちにそう聞いてくる。


「伝言、ですか?」


『はい。間宮さんに伝えていただきたいのです。送っていただいたジャケット、確かに受け取りました。ありがとうございました、と。お礼を言うのが遅くなって申し訳ありませんと』


「分かりました。伝えます」


『ありがとうございます。それともう一つ…』


少し間を置いてから、倉木は思い切ったように続けた。


『もしまたどこかで偶然会ったとしても、返事はいらない、と。そうお伝えください』


「…分かりました」


大河は言葉の意味を考えつつも、頷いた。


『よろしくお願いいたします。冴島さん、この度は本当にありがとうございました。御社の活躍ぶりもいつも拝見しております。今後は海外にも活動の場を広げられるとか。お身体に気をつけて、ますますご活躍ください』


「ありがとうございます、倉木さんも。いつか、アートプラネッツをあなたの番組で取り挙げていただけるよう、がんばります」


すると倉木は、明るい声で返事をした。


『はい!その時はぜひ取材に伺わせてください。必ず実現出来るよう、その日を目標に私もがんばります』


ええ、と大河も力強く頷いた。




『え、倉木さんから伝言、ですか?』


電話の向こうから瞳子の戸惑う声がする。


大河は倉木からの伝言をすぐに伝えようと、瞳子に電話をかけていた。


『大河さん、倉木さんとお知り合いだったんですか?』


「え?ああ。横浜のミュージアムに取材に来ていただろう?そこで名刺を交換して…」


咄嗟に嘘をついてしまったが、瞳子は納得したようだった。


『そうだったんですね。それで、私に伝言って?』


「ああ。送ってくれたジャケット、確かに受け取りました。ありがとう、と。お礼を言うのが遅くなって申し訳ないと言っていた」


『そうですか、分かりました』


「それからもう一つ」


『はい、何でしょう?』


大河は小さく息を吸ってから、倉木の言葉をそのまま口にした。


「もしまたどこかで偶然会ったとしても、返事はいらない、と」


ハッとしたように、瞳子が息を呑む気配がする。


やはりこの言葉は、倉木アナからの告白の返事のことなのだろうと大河は思った。


かつて交際していた二人。


別れることになったのは、相手を嫌いになったからではない。


恐らく…

瞳子が別れを切り出したのだ。


触れられると恐怖に苛まれ、どんなに好きな相手でも拒絶してしまうから、と。


誰ともつき合わない。

それが唯一、相手と自分を傷つけないで済む方法だから。


そんな瞳子に、倉木は再び告白したのだろう。

やり直そうと。

今度こそ瞳子のそばから離れないと、そう決めたのだろう。


だが瞳子からの返事を待つ間に、週刊誌に追われる事態になってしまった。


瞳子にまでマスコミが押し寄せ、絶望の中、倉木は瞳子から離れる決意をしたのだろう。


自分といたのでは、瞳子に迷惑をかけることになると。


(どうしてだ?なぜこんなにも彼女達は辛い目にばかり遭うんだ?)


やり切れない想いに奥歯をグッと噛み締めた時、瞳子の明るい声が聞こえてきた。


『分かりました。大河さん、お電話ありがとうございました。まだまだお忙しい日が続きますよね?体調には充分気をつけてくださいね』


大河は、ハッと我に返る。


「あ、ああ。ありがとう」


それでは、また、と瞳子が言って通話を終えた。


倉木と瞳子、二人の切ない想いに、大河はまるで自分のことのように胸が傷んだ。

極上の彼女と最愛の彼

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