コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「だけど、実際は北見さんとは上手くいかなくなって。それで私も今のままじゃダメだなって気付いて、少しずつ立ち直って、一人で生きて行けるようになった」
きっと透子にとってそこまで感じた相手との別れはきっと相当辛かっただろう。
だからあんなにも引きずって自分の中でずっと消化出来なかったのかもしれない。
そんな透子を手放したこと、同じ男として最後まで守ってやらなかったこと、いろいろ言いたくなる気持ちもあるけど。
だけど、そこまでの覚悟が出来なければ、抱えきれない透子の想いも人生も大きすぎることで、そうならざるを得なかった選択も正直理解も出来て。
だからこそ、そこから透子は今の自分へと立ち直ったんだろうし、より強く生きていけるようになったのだと思う。
でもオレにはそれでよかった。
そうじゃなければ今透子とこうやって一緒にいることがきっと出来なかったから。
今オレがすべてを背負える男になって、透子を守れる存在になってここにいることが何よりも嬉しい。
「ちょうどまだ透子ちゃんがその人と付き合ってた時、オレは高校卒業して。それからオレ料理人目指すことにしたんです」
「そうなんだ? じゃ今料理人なの?」
「はい。父が亡くなるまで小さいながらもオレもそんな二人の姿見てきたんで、気付いたらオレも同じ道歩みたいって思うようになってました。だけど父が亡くなった時はオレはまだ中学生で何も出来なくて。とりあえず高校からはレストランのバイトに行って下積みして」
「もうその頃からバイトで経験積んでたんだ?」
「はい。父の昔からの知り合いのシェフがいるレストランで。父の事情も知ってくれてて、オレが料理人目指してるって言ったらまずはバイトから経験してみろって声かけてもらえたんです」
「そっか」
「それで高校卒業したら本格的にそこで料理人として修業させてもらいながら雇ってもらえることになって。今はそこでずっと働いてます」
そして透子だけじゃなくこのハルもしっかり透子を支えている。
二人の関係性が、お互い大事に思い合って信頼していることが伝わって来る。
オレにはそういう存在がいないだけに、正直羨ましく感じる。
そして透子にハルがいてくれてよかったと心から思った。
「へ~。じゃあ今もうかなり腕上がってるんだろうね」
「はい。最近ようやく料理を任せてもらえることになりました」
「へ~!すごいじゃん!」
「まぁまだ一品だけとかそんなもんですけど」
「店どこで働いてるの?」
「フランス料理の店なんですけど。réaliserっていう店です」
「結構有名なお店で高くていいお店だから、私もなかなか行けないんだけど(笑)」
「うん。そんなお店で働かせてもらえて感謝してる」
「réaliser・・・。あの店なんだ・・」
その店の名前を聞いて驚いた。
オレにとっても正直忘れられない店だったから。
そこでハルが・・・。
「知ってる樹?」
「あぁ。まぁ。で、ご両親の店は今は?」
「父が亡くなったのも随分前だし、今はもう母も立ち直って、母が一人で頑張ってる。やっぱり一人でいるよりお店のお客さんと会ったりしてる方がいいみたい。やっぱり元々料理好きなのもあって、父と叶えた夢だったお店をそのまま守り続けたいって」
「そっか、よかった」
今はまたその店が存在してることにホッとする。
「だからオレ今の店でもっと経験積んで、一人前になって自信ついたら母親の店をオレが継いでもっと大きくしたいなって思ってます。今のオレの夢です」
「素敵な夢だね」
そう語るハルはすげーいい顔してて。
自分の力で家族を支えようと決意して頑張ってるハルがすげー輝いてて。
そんな気持ちようやくオレは感じられるようになったのに。
オレはそんなこと全然気付きも出来なかった。
だけど、それは透子と出会えてオレもその大切さに気付くことが出来た。
きっとハルは昔から透子が近くにいてくれたから、自然にそんな気持ちになれていたんだなと、やっぱり羨ましくなった。
「それで、料理をいつか任されることになったら一緒にお祝いしようって、姉と約束してて。それで今日このワインを」
「あっ!そうなんだ! オレそうとは知らず勘違いしちゃって・・」
「最初の頃はずっとハルくんとも会ったりしてたんだけど、ハルくんも忙しくなってきて最近はなかなか会ってなくて。今日ホント久々に会えたの」
「そっか・・。透子、ごめん」
「全然大丈夫。いつかちゃんとハルくんも紹介したかったし、うちのことも話しておきたかったから、ちょうどよかった」
「うん。ちゃんと聞けてよかった」
「すいません。なんか勘違いさせちゃったみたいで。お詫びと言っちゃなんですが、樹さんもこのワイン付き合ってもらっていいですか?」
「えっ、オレ邪魔じゃない?せっかく久々に会えたんだったらオレ帰るけど・・」
「樹なんで帰るの?ハルくんとも別にいつでも会おうと思ったら会えるし。せっかく樹早く帰って来てくれて会いに来てくれたのに。3人で一緒に飲も?」
「二人がそれで良ければ・・」
「樹さんもぜひ。一緒にお祝いしてもらえたら嬉しいです」
「じゃあ二人がそう言ってくれるなら」
「じゃあ今ワイングラス用意するね」
せっかくの久々の姉弟の時間なのに、少し気が引けたけど、だけどそんなオレをなんの抵抗もなく迎え入れてくれる二人が有難かった。
そしてグラスワインを用意してそれぞれにワインを注ぐ。
「よし。じゃあ乾杯しよっか」
「あっ、透子。オレたちも一緒にお祝いしてもらわない?」
ここでハルに会えたのもいい機会だし。
ハルにはこのタイミングで伝えたい。
「あっ・・。そだね」
「ん?透子ちゃんどしたの?」
「あのね。ハルくん」
「うん」
「あっ、透子。オレから言わせて」
「あっ、うん」
透子の家族にオレがきちんと伝えたい。