テラーノベル
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その下へ着ていたんだろう。襟ぐりにフリルの付いた白いブラウスは薄手で、ともすると下着のラインが見えそうな気がした。(店内が暗くてよかった!)
なんて思ってしまったのは、自分はともかくとして他の人間に瑠璃香の危うい格好を見られたくないと思ってしまった、晴永の男としての軽い独占欲だ。
職場ではキュッと束ねられている髪の毛も、今は解かれて肩に掛かっている。ゆるふわウェーブの柔らかそうな毛先が、淡い琥珀色の照明の下でゆらゆらと揺れた。
(ちょっ、待て。小笹、お前家に帰ったんじゃなかったのか?)
そう思うと同時、
(よりによって何で俺の行きつけのバーにいるんだ!? 俺をつけてきたのか!?)
などと有り得ないことを思う。
きっと瑠璃香が聞いていたならば、「いや、私の方が先に出たではないですか。どうやって後ろからくる課長を追い掛けるんですか!?」とブーイングされていただろう。
(これは……運命か……? 運命……だと言ってくれ!)
そんなご都合主義な声が喉までせり上がってきたが、辛うじて飲み込む。
瑠璃香の左側は二席ほど空けてカップルが座っていた。右隣にはひとつ空けてスーツ姿の男がひとり。この男がやけにいい男なのが気に入らない。
(小笹、もうひとつ左に寄れ!)
そんなことを思いながら、晴永は瑠璃香に気付かれないよう、そっと彼女の真後ろのテーブル席を陣取った。
(少し観察しよう)
いつもは、課長席で、真横から瑠璃香の仕事する姿をじっと凝視する形になってしまっている。
大分砕けてきたとはいえ、瑠璃香も〝素〟を出した状態は見せてくれていないはずだ。
だが、今は違う。
きっと会社の人間の目がないところで瑠璃香は気を抜いている。
いくつか空いているとはいえ、下手にカウンター席へ座れば、瑠璃香に見つかってしまいそうだ。テーブル席は全て空いていたが、入り口を入ってすぐのものは四人掛けなので一人で占拠するのは申し訳ない。
となると、選択肢は真ん中と最奥に設けられた二人掛けのテーブル席の二ヶ所なのだが、少しでも瑠璃香の声を漏らしたくない晴永が選べるのは、彼女の真後ろの席――真ん中のテーブル席一択だった。
店を入ってすぐの席へ陣取ったカップルも、瑠璃香から二つ席を空けて奥側の席を埋めているカップルも、互いに肩を寄せ合い、二人だけの世界で静かにグラスを傾けていた。
単身で来ている客は晴永と瑠璃香とスーツ姿のハンサムだけ。
スーツ男は晴永の来店の気配に一度だけこちらをちらりと流し見たけれど、幸いにして瑠璃香はまっすぐカウンターの方を向いていて、晴永が入ってきたことには気付いていないようだった。
瑠璃香に来店を悟られていないことにホッと胸を撫でおろしながら、晴永は背後に座る彼女の気配に意識を全集中する。
マスターが「ご注文はお決まりですか?」とオーダーを取りに来た際、瑠璃香の視線がこちらへ向くのではないかと気が気ではなかった。
とりあえずいつものようにジントニックを頼んで小さく吐息を落とすと、瑠璃香がぽやぽやとした声でマスターに何か話しかけているのが聞こえてきた。
「今日は会社の飲み会だったんですよぅ」
「ってことは……二次会とかあったんじゃないですか?」
ひとりで来ているということはそこからははぐれているということだろう。
そう判断したらしいマスターの声に、晴永はジントニックを飲みながら心の中で〝その通りだよ〟とうなずく。
何だか背後から聞こえてくる瑠璃香の声が、いつもよりトロンとしているように思えて、妙に落ち着かない。
(お前、会社での飲み会じゃ、いくら飲んでも全然酔わねぇーだろ。何でそんなぽやっとしてるんだ!)
それだけで、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
背中越しなので顔は見えないが、きっと蕩けた顔をしているに違いないと思うと、今すぐにでも席を立って瑠璃香の腕を掴みたいくらいだ。
(小笹、お前、そんなに無防備に酔ってたら、悪い男に食われちまうぞ!?)
そもそも、瑠璃香の右隣りには――ひとつ席が空ているとはいえ――いい男がいるのだ。気が気じゃないではないか。
コメント
2件
ほんと‼️ドキドキする💓
やーん、ドキドキする!