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(あー、いや、これは上司としての親心みたいなものであって、断じて嫉妬などではないからな!?)
そう、ただ単に心配なのだ。
「今日もぉ、結構沢山飲んだつもりらったんれすけろ、全然酔えなくてぇ」
(おい……じゃあ、今のそのヘロヘロな口調はなんだ? 酔ってるんじゃないのか?)
晴永同様、マスターも同じことを思ったらしい。
「でも小笹さん、今、結構酔ってますよね?」
「これは、Misokaに来たかられすよー」
「なるほど。プライベートだから気持ちよくなれてるんですね」
「はい」
機嫌良く答える瑠璃香に、マスターは「グラス、空になってますけどどうします? まだ飲まれますか?」ととんでもない提案をする。
こんなヘロヘロな瑠璃香へさらに酒を勧めるのも問題だが、それよりも!
(マスター、なんで小笹の名前知ってるんだ!? もしかして……こいつもここの常連なのか!?)
いや、むしろ自分よりマスターとの関係がこなれているように思える。
その証拠に――。
「マスタぁ、私が一杯で止めるような女じゃないの、知ってるじゃないれすか」
マスターは自分の飲み方を知っていると仄めかしながら瑠璃香がクスクス笑う声がする。
そうしながら「さっぱりしたやつが飲みたいれす」と要求する。
晴永は、思わず手元のグラスを握りしめた。
爪の先が白くなる。ジンの香りすら霞むほど胸がざわつく。
そんな瑠璃香の前に「ジントニックです」と、晴永お気に入りのカクテルが置かれた気配がする。ライムの香りと炭酸が爽やかな飲み口のジントニックは、確かに〝さっぱりした〟味わいだ。
(俺と一緒とか……やっぱ運命だろ)
ざわざわしていた気持ちが一瞬吹っ飛びそうになった晴永だったけれど、「ありあとぉございます」と礼を述べた瑠璃香が、カランと氷を鳴らした後――。
「会社の飲み会って……疲れるんれすよねぇ。……いや、楽しいれすよ? 楽しいんれすけろ……なんか気ぃ張っちゃって……」
瑠璃香のその声にグラスを傾けようとしていた晴永の手が止まる。
瑠璃香はそんな晴永の背後で、ひと呼吸置いてからぽつりと続けた。
「ああいう場らと私、ついみんなの動向が気になっちゃて……気が付いたら〝みんなのお母しゃん役〟しちゃってりゅんれす。料理がみんなに行き渡ってりゅか……とかドリンクの追加は大丈夫かなぁとか。今日とかは新入社員の歓迎会らったのれ、新人さん達が緊張してないかなぁ? とか……上司の機嫌ろうかなぁ、とか……」
それは、晴永も気がついていた。瑠璃香の細やかさは、〝気が利く〟なんて言葉じゃ足りない。
現に今日の飲み会でも、瑠璃香は幹事でもないくせにずっと全体に気を配ってくれていた。そうして、考えてみれば……それは今回に限ったことではないのだ。
(いつも……だもんな)
だからこそ晴永は、そんな瑠璃香に惹かれるようになったのだ。
(俺の取り皿にこっそり椎茸を紛れ込ませるくらいなんてことねぇな)
そう思えるほどに、瑠璃香が頑張ってくれているのを晴永は知っている。
(俺がグラスを倒したり鍋の具材を取り落としたりしたらちゃんとフォローをしてくれたし……)
そこまで考えて、
(ひょっとしたら俺は……そんな小笹の献身に甘え過ぎていたのか?)
そう思い至ってハッとする。
(椎茸くらいいくらでも入れろ。頑張って食うから!)
そう思った晴永だったのだが――。
「上司といえば、私の直属の上司が椎茸苦手なんれすよ。なんか常にツンとした態度してりゅのに、取り分けた器のなかに椎茸がほんの一切れも入っれらら凄いイヤしょうなお顔なしゃるんれす。私しょれが見らくて今日、つい意地悪しちゃいましら」
(――っ‼︎)
やはりあれはわざとだったのか!
そう思ったと同時、瑠璃香が今の言葉をどんな顔をして言っているのかすごくすごく見たいと思ってしまった晴永である。
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