テラーノベル
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衝撃的なニュースから一晩が明けた。 まだ事件への関与は不明なままだ。
省吾は朝からずっとパソコンに張り付き、次々と更新されるニュース記事を追い続けていた。
私はそんな背中を見つめることしかできない。
話しかけたい。
でも、何を話せばいいのか分からなかった。
当事者であるはずなのに、私は自分の事件について何も知らない。
知っているのは、両親が殺されたこと。
そして私も死んだこと。
我慢できず、省吾に話しかけようとした時だった。
省吾のスマホが震える。
画面を見た省吾が息を呑んだ。
「……認めたよ」
覗き込むとニュース速報だった。
『強盗事件で逮捕された男 朝倉夫妻殺害も認める』
わざわざ言われなくても分かる。
なぜか少しだけ腹が立った。
犯人にも。
省吾にも。
そして何も知らない自分自身にも。
その瞬間だった。
ぱきり、と音がする。
私の身体に繋がっていた紐が一本切れた。
続けて、また一本。
さらに一本。
まるで役目を終えたように、次々と消えていく。
私は呆然とそれを見つめた。
気が付けば残っているのは一本だけだった。
それだけは他とは違う。
細い紐ではない。
綱だった。
太く、重く、しつこく私を縛り続けている。
やっぱり。
私は小さく息を吐いた。
私をここへ縛り付けていた理由。
それは未解決事件だった。
きっとこの最後の一本は、事件の全貌が明らかになった時に切れるのだ。
だから残っている。
そう思った。
最近はかなり遠くまで行けるようになった。
駅前の大型スーパーくらいなら平気だ。
それなのに、帰ってくる場所はいつもここだった。
この綱さえ切れれば、もっと遠くへ行ける。
事故物件ともお別れだ。
地縛霊なんて肩書きもなくなる。
省吾と一緒に出掛けられるかもしれない。
海も見たい。
映画館にも行きたい。
花火大会だって見てみたい。
そこまで考えて、私は我に返った。
バカみたい。
もう死んでいるのに。
未来なんてあるはずがないのに。
それに省吾も迷惑だろうし。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
昨日の時間が楽しかったからだろう。
会話もずいぶん滑らかになった。
少し前まで必死だったやり取りも、今では自然に言葉を交わせる。
言葉が通じるたびに嬉しくなる。
でも、その気持ちは少し怖かった。
失う前提の関係なのに。
それがいつまでも続くような気がしてしまうからだ。
「全てが解決したらいいな」
省吾がぽつりと言った。
私はラップ音を一度鳴らした。
うん。
本当は聞きたかった。
全部終わったらどうするのか。
私がいなくなったらどうするのか。
そもそも私はどうなるんだろうか。
消えるのか。
自由になるのか。
でも聞けなかった。
省吾が壁のカレンダーをめくる。
窓から差し込む光も少しずつ変わっていた。
ある日の午後。
チャイムが鳴る。
やって来たのは白石さんだった。
「こんにちは。お仕事中でしたか?」
いつも通り穏やかな口調だった。
でも少しだけ表情が硬い。
「どうしたんですか?」
省吾が尋ねる。
白石さんは小さく息を吐いた。
「今日はお話があって」
私も自然と背筋を伸ばした。
白石さんはソファに腰を下ろす。
「ニュースは見ました」
省吾が言う。
「ええ。でも、まだ表には出ていない話があるの」
「表には出ていない話?」
「昔の伝手よ」
白石さんが苦笑した。
「記者を辞めても耳だけは早くてね」
そう言って壁に貼ってある模造紙に視線を移した。
ラップ音と文字の対応表。
白石さんは少しだけ目を細めた。
「私はね」
「いるとも、いないとも言うつもりはないの」
ラップ音を小さく鳴らしてみた。
白石さんは反応しない。
ただ微かに笑った。
「でも、あなたが一人じゃなくなったことだけは分かるわ」
省吾は少し困ったように笑った。
その顔を見て、私は何も言えなくなった。
「ごめんなさい。話を戻すわね」
「犯人の供述の中に気になる内容があったの」
「朝倉さんの家から逃げた後、人をはねたと言っているそうよ」
省吾の表情が固まった。
「五年前の事故ですか」
「ええ」
白石さんは静かに頷いた。
「日時と場所が一致したの」
私は息を呑む。
省吾は何も言わない。
「被害者の名前を聞いて、私も驚いたわ」
白石さんはそこで一度言葉を切った。
「……架純さんだったの」
沈黙が落ちた。
私はその名前を知っている。
省吾の婚約者だった人だ。
「もちろん断定はできないわ。でも状況証拠は揃っているそうよ」
省吾の拳がゆっくり握られる。
「そうですか」
それだけだった。
けれど声は少し震えていた。
沈黙が続く。
省吾はどこも見ていなかった。
ただ視線だけが遠くへ向いていた。
やがて白石さんは静かに口を開く。
「それと、もう一つ」
綱が微かに震えた。
「朝倉澪さんについて」
今度は私の番だった。
「遺体が見つかったの」
頭が真っ白になる。
「DNA鑑定も終わっているわ」
私は見つかったのだ。
ようやく。
行方不明じゃなくなった。
白石さんの声だけが遠く響く。
「犯人の供述によると、朝倉夫妻を殺害した後、家から出てきた誰かに姿を見られたそうよ」
「通報されると思って連れ去ったらしいの」
私は目を閉じた。
思い出したわけじゃない。
でも理解した。
難しい理由なんてなかった。
ただ。
両親を殺し、家から出てきた犯人を見てしまった。
たったそれだけで。
私は家にも帰れず。
両親の最期も知らないまま死んだ。
悔しいはずだった。
恨んで当然のはずだった。
なのに。
不思議なくらい感情は静かだった。
長い時間をかけて風化してしまったのかもしれない。
省吾が静かに俯く。
長い沈黙。
やがて小さく呟いた。
「やっと見つかったな」
私は答える。
うん。
その時だった。
ぱきり。
小さな音が響く。
最後の綱に亀裂が走った。
私は胸元を見る。
綱は大きくひび割れていた。
今にも切れそうだった。
でも。
切れない。
私は目を瞬かせる。
もう事件は終わったはずだ。
両親を殺した犯人も見つかった。
架純さんの事故とも繋がった。
私の遺体も発見された。
なのに。
綱はまだ私に繋がっていた。
「えっ……」
思わず声が漏れる。
綱は静かに揺れている。
まるで。
まだ終わっていないと告げるように。
私はその亀裂を見つめたまま動けなかった。
コメント
1件
うわ、第15話… 一気に核心に迫ってきた感じがするね。犯人が認めて、澪さんの遺体も見つかって、一見「解決」したかに見えたのに、最後の綱が切れない。あの「まだ終わっていない」っていう余韻がすごく気になる。架純さんの事故が犯人と繋がったのも衝撃的だったけど、「それでもまだ何かある」っていう不穏感がうまく残されてる。省吾の「やっと見つかったな」の一言に、澪への優しさと諦念が混ざってて、胸が詰まるよ… 綱のビジュアル表現もジワジワ来るなあ。
#サレ妻
都築七美
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