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俺は主人公じゃない。
――少なくとも、そんな青春の中では。
人生において、最も輝く時間は学生時代だと言われている。漫画や小説でも、青春の舞台は決まって学校だ。クラス替え、部活動、放課後。そこには必ず「可愛い誰か」がいて、気づけば距離が縮まり、やがて恋に落ちる。
隣の席の美少女。部活の優しい先輩。無邪気な後輩。
そんな出来すぎた展開が、まるで当然のように用意されている。
そして最後には、付き合って、キスをする。
――それが、いわゆる“青春”らしい。
いつからだろうか。俺は、そういう物語をどこかで毛嫌いするようになっていた。
◇
4月1日。
新しい物語が始まる日。誰もが少なからず期待を抱く日。
――らしい。
だが、俺にとってはただ面倒な日でしかない。荷物は多いし、慣れない環境には不安がつきまとう。
差し込む朝日をやけに眩しく感じながら、俺はようやく布団から這い出した。
「今日から新学期か……」
気合を入れる日、のはずなんだけどな。
俺はこの春から高校二年生になる。一年という時間は驚くほど早く過ぎ去った。きっと、この先も同じように過ぎていくのだろう。
「あぁ……もうすぐ高校生活も終わりか」
思わずそんな言葉が漏れる。
――その瞬間。
「はぁ……」
ドアの向こうから、露骨なため息が聞こえた。
「今日から二年生になるっていうのに、なんで卒業の心配してるの?」
呆れた視線を向けてくるのは、水奈戸つぐは。俺の妹だ。
制服姿で、どうやらもう登校するところらしい。
「髪、ぼさぼさ。見苦しいからちゃんと直して」
相変わらず辛辣である。
「あと、朝ごはん作ってあるから。食べたら片付けてね。私、先に行くから」
「ありがとな。せっかくだし一緒に――」
「行ってきます」
会話は途中で切られた。
……怖い。普通に怖い。
俺と妹は、仲が悪いわけではない。……と思いたい。ただ、距離感が妙に冷たいだけだ。
まあ、妹なんてこんなものだろう。
そう自分に言い聞かせながら、俺は急いで制服に着替えた。
◇
朝食を済ませ、家を出たのは七時半過ぎ。
時計を見た瞬間、嫌な予感がした。
「……これ、間に合うか?」
新学期初日から遅刻なんて、さすがに笑えない。
俺は自転車にまたがり、いつもの通学路を飛ばした。
◇
八時二十六分。
ギリギリで校門をくぐる。
「セーフ……」
息を整えながら、掲示板に目を向けた。
「えーっと……俺は……三組か」
「ゆうた。今来たとこ?」
後ろから声をかけてきたのは、秋政美也。
背が低くて中性的な見た目のせいで、よく女の子に間違われるが、れっきとした男だ。
「ちょうど今な。三組だった」
「そっか……」
みやは少しだけ寂しそうな顔をした。
「俺、五組なんだ。一緒じゃなかったね」
「まあ、休み時間とかあるし。教室も近いだろ」
「うん……そうだね」
人の流れが一気に増えてきた。
「じゃあ、またあとで」
「おう」
短く手を振って、俺たちは別れた。
◇
三組の教室に入ると、思った以上に知らない顔が多かった。
一年のときと同じクラスだったやつは、ほんの数人程度。
俺の席は窓側の一番後ろだった。
そして――
隣には、長い髪の女子が座っている。
……挨拶、どうするか。
まあ、いいか。
そんなことを考えているうちに、教室の扉が勢いよく開いた。
「はい、おはようございまーす!」
明るい声とともに入ってきたのは、どうやら担任らしい女性教師。
そのまま出席が始まる。
ふと前を見ると、俺の一つ前の席は空いていた。
(初日から遅刻かよ……なかなかだな)
人のことは言えないけど。
そう思いながら、ぼんやりと窓の外に視線を向けた――そのとき。
教室がざわついた。
「真乃さんだって」
「マジで?同じクラス?」
「勝ち組じゃん」
ざわめきの中心へと、自然と視線が集まる。
その先にいたのは――
俺の、隣の席の女子だった。
改めて顔を見る。
整った目鼻立ち。透き通るような肌。まるでモデルのような存在感。
――綾咲真乃。
一年の頃、名前だけは何度か耳にしたことがある。同じ学年に、とんでもない美少女がいる、と。
どうやら、その本人らしい。
ざわめきが少しずつ落ち着き、教室は再び日常へと戻っていく。
そして――
出席が再開された。
言い忘れていたが。
俺は、この物語の登場人物の一人だ。
ただし――
主人公ではない。