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ああ、怖かった。
もう今日はこのまま此処で寝たい、とのどかは思っていた。
ホラー映画のエンディングが流れているが、そもそも貴弘は見ていなかったようで、今もなにかを必死にスマホで調べている。
仕事のことかな?
とのどかはチラと、のどかが座っているのとは反対側の肘掛に寄りかかるようにしてスマホをいじっている貴弘を見た。
その前のカーペットでは、泰親が興奮したように尻尾をパタパタさせながら、猫のままスタッフロールを眺めている。
怖いから、みんなが居るところで寝たいな、と思ったとき、泰親がこちらを振り向き、にゃあにゃあ言い出した。
なんだ? と思ったところで、泰親は人間に戻り、
「いやあ~っ、面白かったっ。
やっぱり、呪うにもなにか捻りが必要だな。
人々の耳目を集めるようなっ」
と言い出した。
……集めないでください。
うち、雑草カフェで、お化け屋敷じゃないんで。
そして、寮なんで。
肝試しツアーみたいに、夜中に若者たちが集ってしまうと困るではないですか。
というか、そもそも、貴方が呪っているわけではないのでは?
とのどかが思ったとき、貴弘が立ち上がった。
「よし、もう夜も遅いし、寝るか」
「あ、そうですね。
片付けますっ」
とのどかはその辺にあったグラスを二個つかむ。
そのままキッチンに行こうとしたのどかの前に、貴弘が立ちはだかった。
「……のどか」
「はい」
「今日は俺の部……」
と貴弘が言いかけたとき、貴弘がさっきまでいじっていたスマホが鳴り出した。
貴弘は渋い顔で、ソファの上で光るそれを取る。
「……誰だ?」
とその番号を見て言ったあとで、貴弘が、
「はい」
と出ると、甲高い声が聞こえてきた。
『……の者ですがっ』
ん?
何処の者だって?
と思いながら、のどかは貴弘に近づいた。
電話の声を聞こうと思ってのことだが、貴弘は後ずさっていく。
いやいや、なにか緊急にして、怪しい電話っぽいじゃないですか、とのどかが、ずい、と前に出ると、貴弘は、また、じりっと後退する。
『成瀬貴弘さんですよね?』
と相手が言うのが聞こえてきた。
「……はい」
とこちらを気にしながら言う貴弘と相手が話している間に、ジリジリとのどかは貴弘を壁際に追い詰めていた。
なにか私が社長を襲ってるみたいなんだが、と思いながらも、のどかは貴弘のスマホに耳を近づける。
貴弘の顔が緊張しているかのように青ざめていたので、なんの電話かと心配になったからだ。
貴弘に頬寄せるくらい近づくと、ようやくまともに相手の話が聞こえてきた。
『……十八番地のあの一軒家、貴方が家主さんなんですよね?
気を失わされて、家に連れ込まれたって男性が此処に来てるんですが』
――という警察からの電話だった。
「よく考えたら、今まで通報されなかったのが不思議だよな」
「みんな驚いて走り去って、そのままでしたからね」
などと話しながら、三人は派出所に向かっていた。
すると、途中通った呑み屋付近で、綾太と中原に出会ってしまう。
「なにしてんだ、お前ら、デートかっ」
と言う綾太に、中原が、
「三人でデートしないでしょう」
と言って、
「もうひとり何処に居るんだっ」
と揉め始める。
そうか、綾太は、泰親さん、猫にならないと見えないんだよな。
まあ、猫になったら、迷惑なほど、綾太に溺愛されるんで。
泰親さん、今は猫にならないだろうけど……。
「何処にいるんだっ、もうひとりっ。
お前たちがデート中でないという証拠を出せっ」
と騒ぐ綾太が付いてきたので、お目付役の中原も溜息をつきながら、派出所まで付いてきた。
今は閉まっているおもちゃ屋側の派出所に到着すると、青ざめたスーツ姿のイケメンがパイプ椅子に腰掛け、沈黙していた。
その向かいに座っていた若いお巡りさんがこちらを見る。
それぞれが自己紹介した。
「成瀬貴弘です」
「……一応、その妻です」
「こいつを成瀬の妻というのは嫌だが、その妻の幼なじみです」
「その幼なじみの秘書です」
「なんで集団で来るんですか……。
っていうか、妻の幼なじみの秘書ってなんなんですか」
とその若い警官が困った顔をしたとき、
「で、俺がその妻の隣の家のものだ」
という声が後ろでした。
振り向くと、相変わらず、
よくそこまでスーツ、着崩せますねっ?
と感心してしまう出で立ちの八神が立っていた。
「八神さんじゃないですかっ」
と警官が声を上げる。
「いや、うちの隣の家に人が連れ込まれたと通報があったと聞いてな」
すでに、何処からが隣か、線引き難しくなってる感じですけどね、と苦笑いするのどかの前に出て、八神が警官に詳しい話を聞いてくれた。
のどかは彼らの会話を聞きながら、ふと、うなだれている青白い肌をしたイケメンの足許を見る。
「靴置いておいたのに」
とのどかは呟いた。
男が靴下のままだったからだ。
のどかの呟きに男が顔を上げる。
目が合った。
……なんか無駄に綺麗な目をしてるな、とのどかは思う。
その目のせいで、余計物悲しげな顔に見えている気もするが。
風子が見たら、
「しゃんとせいっ!」
と背中をはたきそうな儚げなイケメン顔だ。
「靴、なくなっちゃったんですね。
すみません」
いや、私がとって逃げたわけじゃないんだが、と思いながらも、なんとなくのどかが謝ると、男は、
「いや……別にいいです。
どうせ、あの靴、履いて、何処かに行くわけでもないので」
とテンション低く言ってくる。
そのとき、警官の手許にあるメモ書きを見ていた貴弘が、ん? という顔をした。
「青田陸月。
……変わった名前だが。
お前、もしかして、うちの社員の青田か?」
するとそのイケメンが貴弘を見て言う。
「……成瀬さん。
もしかして、うちの社長さんですか?」
もしかして、うちの社長って、なんだ……。