TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
シェアするシェアする
報告する

エリアス越しに見えたのは、血を吐くポールの姿。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。次に聞こえてくるのは、床に何かが落ちた音。まるでガラスが割れたような、そんな音だった。

 

「クソッ! 毒を飲んだのか! テス卿、解毒剤を!」

「はい、旦那様」

 

ど、毒を飲んだの? ポールが? 何で。

いや、そんなことよりも、エリアスだ。

 

辛うじて自分の足で立っているものの、私が支えなければ倒れてしまいそうだった。

 

「エリアス?」

「だ、大丈夫だ、マリアンヌ」

「でも……」

 

こんな状態を大丈夫って言えるの?

 

「俺の内ポケットから、解毒剤を取ってくれないか」

「エリアスまで解毒剤!?」

「早く」

「う、うん」

 

今は悠長に驚いている場合じゃなかった。私はエリアスの指示通り、内ポケットから、解毒剤と思われる小瓶を取り出した。

すぐに飲めるように蓋を開けて、エリアスに渡す。

 

「うっ……ありがとう。多分、これで大丈夫だと思う」

「良かった。何がどうなっているの? 解毒剤って……」

 

状況が飲み込めずに聞くと、大丈夫と言ったのにも関わらず、エリアスはまた苦い顔になった。

 

「……俺の背中が見えるか?」

「背中?」

 

私は言われるがまま、視線を下に向けた。エリアスの肩越しに見えたのは、細い何かが刺さった背中だった。

 

「ま、万年筆?」

 

あの時、ポールの手元が光っていた物の正体は、万年筆だった。

 

「なるほどな。万年筆にも毒を仕込んでいたのか。想像もしていなかったな」

「今はそんなことを分析している場合じゃないでしょう。本当に大丈夫なの?」

 

万年筆が刺さっているのは、ペン先のみ。それでも痛いことには変わらないはずだ。

私は強く抱き締め返したいのを堪えた。

 

「まぁ、これくらいの痛みは我慢できる。毒も解毒剤を飲んだから、そっちもしばらくすれば良くなるだろうし」

「しばらくって、全然ダメなんじゃない」

「こうしていれば俺は大丈夫だから」

 

エリアスは強く抱き締められない私に代わって、背中に回した腕に力を込めた。

それが逆に、支えなければならない状態なのかと思えてくる。

 

「お嬢様! ご無事ですか?」

 

ハッとなって声の方へ視線を向けると、ニナの姿が見えた。

エントランスにひしめく治安隊の隊員の間をぬって、こっちにやってきたのだ。

 

「ニナ! エリアスが!」

「場所を移しましょう。ここでは治療もできません」

 

ニナの言う通りだ。気が動転して、そこまで頭が回らなかった。

 

「エリアス。運び辛いから、取るわよ」

「お願いします」

 

私がオロオロしている間に、ニナは即座にエリアスの背中に刺さっている万年筆を抜く。

痛みを堪えるエリアスの顔に、ただただ胸が締め付けられる思いだった。

 

「お嬢様。そちらの肩を持っていただけますか?」

「えぇ」

 

もう片方の肩をニナが担ぎ、エリアスを客間に運んだ。

 

 

***

 

 

本当はベッドがある寝室に運ぶのが、正解なのは分かっている。でも、私とニナではエリアスを二階に運ぶことは不可能だった。

 

エリアスは今年で十九歳。この世界では、すでに成人している年齢だ。

いくら意識があって、そこそこ歩行ができるといっても、大の大人を女二人が二階まで運ぶことはできない。

 

テス卿がいればいいんだけど。

 

治安隊の隊員たちの中から探して呼び出すのは難しい。それ故の判断だった。

 

「お嬢様。お医者様を呼んできます」

 

エリアスを長椅子に座らせると、ニナはそう言って、客間から出ていった。

 

えっと、こういう時ってどうするんだっけ。背中を怪我しているから、横にさせるのはダメ、だよね。

 

「マリアンヌ」

「な、何? 何かしてほしいことはある?」

 

よく考えると挙動不審な言動だったのかもしれない。私のオロオロした姿に、エリアスはフッと笑った。

 

「ネクタイを、取ってほしいんだ」

「ネクタイ?」

 

そ、そっか。息苦しいものね。

 

私は深く考えずに、手を伸ばした。

 

「うん。体内に入った毒と解毒剤が合っていなかったら、汚れると思うから」

「血を吐きそうなくらい辛いの?」

「いや、と言いたいところだけど、やせ我慢はできそうにないんだ」

 

思わず外したネクタイを強く握り締める。

 

「ごめんなさい」

 

発した言葉と共に、涙が出た。

 

本当は私が受けるはずだった傷と毒。だから、ここは泣いちゃいけないのに……。

助けてくれたエリアスに私ができるのは、そんなことじゃないのに……。

 

「旦那様がマリアンヌを大事に思うのと同じで、マリアンヌも旦那様が大事なのは知っているから」

「エリアスだって大事よ。でも――……」

「いいんだ。それにマリアンヌが飛び出さなくても、俺が行っていた可能性だってある」

 

私は一瞬、想像した。が、それはとても低い確率だった。

 

「そ、そうかしら……」

「当たり前だろう。マリアンヌの泣き顔なんて見たくないから」

「っ! ごめんなさい」

 

再び謝ると、エリアスの手が伸びてきた。私の頬に触れて、引き寄せる。

 

そのまま顔を近づけ、昨日のようにキスするのかと思ったら、途中で止まった。

 

「エリアス?」

 

少しだけ困った顔に、さきほどの言葉を思い出した。だから、私は身を乗り出して、エリアスの頬にキスをした。

 

左、右、と続けて口づける。私の頬についた涙がエリアスの顔についたが、気にしなかった。

 

「私だってエリアスの苦しむ姿は見たくないよ」

 

すると、驚いた表情をした後、ため息を吐いた。

 

え? 何? 私、飽きられることをした?

 

「はぁ。こんな状況じゃなかったら、俺もこんな状態じゃなかったら……襲ってしまいたくなる」

「な、何を言っているの、エリアス。怪我人なのよ、貴方は」

 

誤魔化すように、再確認するように、私はエリアスの上着に手をかけた。捲るように上着を肩にかけて、左腕から脱がす。

すると、中に着ているシャツが目に入った。血がべっとり付いたシャツに。

 

「こんなに血が出ているのに、どうしてそんなことを言えるの?」

 

再び涙が出そうになるのを、ぐっと堪えた。

 

「全くだ。婚約する前に手を出してみろ。容赦なく追い出すからな」

 

冷たい声音が返ってきて、思わずエリアスと顔を見合わせる。

エリアスは一度だけ瞬きをしてから、扉の方へ顔を向けた。

 

「今の俺にそんな体力はないので、安心してください、旦那様」

 

腕を組み、仁王立ちしたお父様が、そこにいた。

loading

この作品はいかがでしたか?

28

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚