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「すみません、お待たせしました」


息を切らしながら、駆けてきた乃恵。

少し茶色い髪は短めのボブで、顔も手も足も見えている部分は透き通るように真っ白。

この色の薄さが子供の頃からのコンプレックスだった。

ただでさえ体が弱いのに、細くて白い女の子はどうしても病的に見えてしまうから。



「あの、何か付いてますか?」


無遠慮にジロジロと見てしまった一華に、乃恵が不思議そうな顔をした。


「ああ、ごめんなさい。素敵な人だなって、見とれちゃった」


「はあ」

初対面の年上の女性にあからさまに褒められても答えに困る。


そもそも、素敵なんて言葉は一華の方にこそふさわしいと乃恵は思う。

明るいブラウンの髪は肩の長さで切りそろえられ、大きめのウエーブが存在感を出しているし、服だってシンプルなスカートにカットソー、ロングカーディガンを合わせただけなのに、素材の良さが生きていてとっても素敵。

いいところの若奥様感が半端ない。

なにしろこの人は鈴森商事のお嬢様で、今や日本を代表する財閥浅井コンツェルンの若奥様。

きっと幸せに生きてきた人なんだろう。



「急にお誘いしてすみません」

年下である乃恵の方から口火を切ってみた。


「いいえ、私こそ1度会いたいと思っていたの。まさか娘を出産した病院のお医者様だったとは知らなくて」


「医者と言ってもまだ駆け出しです。普段は別の病院で勤務していて、週に1度ここへ来るんです」

「へえー」


乃恵の研修期間はほぼ終わりかけている。

駆け出しの研修医ですなんて言っていられるのもあとわずか。

来年の春には一人前の医師となる予定。

そろそろ、先々のことを考えないといけない時期なんだけれど・・・


***


「さっきは、ごめんなさい」


注文した紅茶が運ばれていたタイミングで一華が口にした。

診察室での大人げない態度を思い出したのか、少しだけ声が震えている。


初対面の人に向かって1人で勝手に怒ってしまったのは一華。

そうなるきっかけはあったにしても、もう少し冷静な態度を取るべきだった。


「いいんです、私の言い方ももったいぶっていました。気分を悪くさせたのなら、私の方こそすみません」


一気に言って頭を下げる乃恵を見て、一華は驚いた。


「乃恵ちゃん、いい子ね」


この短い時間で、一華の謝りたい気持ちも微妙な立場も理解して自分が頭を下げることでことを納めようとする乃恵。

年下のくせに大人だなあと、一華は思った。


「やめてください。私はそんなに立派な人間ではありません」


ただ必死に生きているだけ。

医者なんて究極の縦社会の中で、もがき続けて身につけた処世術。

いつも周りから『先生』と呼ばれ、人に命令することにも準備や片付けをしてもらうことにも慣れてしまった。

いつの間にかおごりを身につけてしまい、かわいくない女になってしまったことだろう。

だからこそ、出来るだけ謙虚に生きたいと心がけている。


「徹さんが大事に隠しておきたいはずね」


「・・・」

何も言い返せなかった。


乃恵から見れば、一華は全てに恵まれた幸せを絵に描いたような人。

立派なご両親がいて、お金もあって、きっと何の不自由もなく生きてきたはず。

乃恵とは住む世界が違う気がする。

こんな風にみんなに愛され大切にされて育ったなら、乃恵にも違う人生が待っていたのかもしれない。

そんなことを考えながら、運ばれてきたコーヒーを口にした。


***


はじめこそ緊張したけれど、一華との時間は思いの外楽しかった。

見た目が華やかな分取っつきにくくて近づきがたい人かとも思ったが、そんなことはなかった。



「へー、一華さんが営業の仕事ですか?」

「そうよ、毎日毎日取引先に頭を下げて、会社に帰れば上司に嫌みを言われて、誰にも当たれないから更衣室のロッカーを蹴ったりして」

「ええー」

想像できない。


「これでも、一生結婚なんてしない、自分で働いて1人で生きていくんだって思っていたの。まさかこんなにあっさり専業主婦になるとは、思ってもいなかった」

なんだか寂しそうに、一華はうつむいた。


「大恋愛だったって聞きましたよ」

少しでも明るい話しに振りたくて声のトーンを上げたのに、


「そんなこと・・・」

今にも泣きそうな顔。


あれ、様子がおかしい。


「一華さん、何かありました?」

とうとう我慢できなくなって、聞いてしまった。


***


診察室でキレられたときから、おかしいなと思っていた。

でも初めての育児での疲れだってあるだろうと、気づかないふりをしたつもりだった。

産後の女性は往々にしてストレスを抱える傾向にあるし、財閥の奥様となれば世間の注目もある。

大変そうだなくらいにしか思わなかったが・・・


「ごめんね、いい年をして」

クスンと鼻を鳴らしながら、一華は涙を抑える。


「いいんです、気にしないでください。こんな時に呼び止めてしまって、すみません」


「そんなことないから。乃恵ちゃんに会えて、凄く」

うれしいと言いたいんだろうけれど、涙で声が詰まってしまった。


困ったな。

本当は、乃恵にも話したいことがあった。

子供の頃から徹を知っている一華に、聞きたい事があったのに・・・


本当に、困った。

そう思った時、


「あれ、乃恵ちゃん?」


店の入り口から、聞き慣れた声。


顔を上げて相手を確認し、


「麗子さん」

助けを求めるように乃恵が右手をあげた。



ちょうど背中向きに座っていた一華に気づかなかった麗子は、乃恵の座るテーブルまで来たところで驚いたように目を見開いた。


「えぇっと・・・一華ちゃんと乃恵ちゃんが、どうして?」


いきなり2人でいるところに遭遇した麗子からすれば、驚きしかない。

徹はあまり私生活を語るタイプではないし、一華も徹のことを苦手にしていた。

接点なんてないはずなのに。


「癌検診に来たら先生が乃恵ちゃんだったの」

とってもシンプルに答えた一華。


「じゃあ、何で泣いてるの?」

これは一華に向けた言葉。


「えっと、」

「それは・・・」

乃恵も一華もうまい答えが出てこない。


「まあいいわ。私も混ぜてちょうだい」


麗子は空いた席に座りオレンジジュースを注文した。


***


麗子と一華も久しぶりだったらしく、会話は弾んだ。

一華がなぜ泣いたのか麗子だって気にはなっているはずなのに、そのことには触れず楽しそうに近況報告をしている。


「どうせなら優華ちゃんにも会いたかったのに、今日はお留守番かあ」

「もう、麗子さんまで。実家に帰っても母さんは私より優華ばっかりで、全く相手にしてもらえないんですから」

「そりゃあ、孫はかわいいから」

「それでも・・・」

ちょっと唇を尖らせる一華。


かわいいな。

年上の人に失礼だけれど、自分にはないかわいらしさだなと乃恵は思った。


「ところで、2人はこれからどうするの?」

「「えっ?」」


「だってせっかく会えたんだから、時間があればどこか」

「行きたい。まずはショッピングをして、どこかで夕食を食べましょうよ」

麗子の言葉を一華が奪った。


「私はいいわよ。どうせ孝太郎は出張中だし」

と、乃恵の方に視線を送る。


「私もいいですよ」

乃恵も迷わず答えた。


このところ帰りが遅い徹。

朝出かける前に挨拶を交わすだけで、あまり会話もない。

それに・・・


「じゃあ、新しく出来たショッピングモールへ行きましょう」

すでに伝票を手に席を立った一華。


どうやらこの人は、見た目と違ってアクティブな人のようだ。

それに、麗子さんとっても気が合うみたい。


「ほら乃恵ちゃん、行くわよ」

いつの間にかレジまで行ってしまった2人の後を乃恵は追いかけた。

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