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「あなたはパスタが好きですか?」
1話
僕はパスタが嫌いです。
皿の上には、ねじれるように絡み合った麺が乗っている。
フォークで巻き取るたびに、ねちょりとしたソースが絡みつき、嫌な音を立てる。
フォークに絡みついた麺は、ぬめっとした油をまとう。
口に入れた瞬間、ドロリとしたソースが舌全体にこびりつく。
噛めば、ブヨブヨの不味いトマトの果肉が弾け、じっとりした汁が口内に広がる。
バジルの葉はへばりつくように歯の裏に張り付き、青臭い苦味が後を引く。
麺はネチャネチャと絡みつき、喉にこびりついてなかなか下りていかない。
飲み込もうとすれば、酸味の強いソースが胃をじわじわと焼き、逆流しそうな感覚が込み上げる。
噛むたびに粘着質な食感が広がる。咀嚼すればするほど、不快な粘り気が舌にまとわりつき、飲み込むのが苦痛だった。
正直、吐き気がする。
僕は、表情ひとつ変えずに飲み込んだ。
「瑛人くん、どう…?美味しい?」
「ん、本当に美味しい!」
彼女、美咲の顔がぱっと輝く。僕の言葉が、彼女の感情を一瞬で支配した証拠だった。
「よかった……!」
彼女は嬉しそうにまた一口、自分のパスタを食べる。その仕草を見て思った。
──彼女は、僕の言葉を疑わない。
なぜなら、僕は彼女の「望む答え」を完璧に提供しているから。
人は、信じたいものを簡単に信じる。たとえそれが偽りでも、
心地よい嘘であれば、真実などどうでもよくなる。僕はそれを理解しているし、実践している。
彼女は幸せそうだ。僕は彼女を幸せにしている。つまり、この嘘には価値があるということだ。
…僕は、昔から「試してみる」ことが好きだった。
たとえば、幼い頃──。
僕の家には、祖母が飼っていた猫がいた。僕は、その猫の尾を思い切り踏んでみた。
猫は驚いて飛び上がり、悲鳴を上げた。
その瞬間、僕はドキドキして、強烈な興奮を覚えた。
猫がどんな反応をするのか、知りたかった。それだけだった。
罪悪感はなかった。僕は猫を傷つけたいわけではなかった。ただ、どうなるのかを見たかった。
中学生の頃。風邪をひいたときに、親子を見つけた。
母親の見ていないところで わざと、免疫力のない赤ん坊に息を吹きかけた。
赤ん坊の免疫がどれほど脆弱なのか、 実際に試してみたくなった。
結果、 赤ん坊は三日後に発熱したらしい。
僕のせいかどうかは分からない。でも、その可能性を考えると…異様に胸が高鳴った。
──人は、僕のような人間を「悪」だと呼ぶのだろうか。
「おかわり、いる?」
彼女の声が弾んでいる。僕が美味しそうに食べたことが、返って彼女の自信につながったのだろう。
僕は笑顔を作りながら、わざと少しだけ悩むふりをする。
「うーん……食べたいけど、ちょっとお腹いっぱいかな…ごめん。」
「そっかあ。でも、嬉しいな。食べてくれて。」
彼女は満足げに微笑む。僕はその表情を見ながら、心の中で薄く笑う。
人は、簡単に騙される。
美味しいと嘘をつけば、相手は喜ぶ。微笑めば、安心する。
求められる言葉を口にすれば、誰も疑いもしない。
…そう思っていた。