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◻︎親友の奈緒
「ね、ちょっと、愛美?!大丈夫?」
不意に女性に声をかけられ腕を掴まれたのは、買い物をしたあとのスーパーからの帰り道だった。
「あ、私……どうかしてた?」
声をかけてきたのは、夫(元)の不倫現場で大暴れして修羅場を作ったという友達の奈緒奈緒だった。
「さっきから、ふらふらと歩いてるよ。今なんて車道に出ちゃうかと思ってつかまえちゃったんだけど。顔色悪いよ、ちょっと座ろうか?それとも救急車を呼ぶ?」
まったく自覚してなかったんだけど、よほど危なっかしかったのだろう。
「救急車は、いいや。少し休んだら大丈夫だから」
「それならいいけど」
歩道の端に寄って、花壇のブロックに座ることにした。奈緒も横に座っていた。
「何かあったの?」
「うん…まぁ…」
「ちょっと待ってて、いいのがある」
そう言うとジュースの自販機へ駆けて行って、スポーツドリンクを買ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう…」
夫の不倫から離婚したという奈緒に、話してみようか?経験してるなら、きっとアドバイスをくれるかもと思った。
「何か悩み事?」
「え?」
「なんとなくね」
「まぁ、よくある夫婦喧嘩ってやつ?」
夫が不倫してるみたいだと、何故だか言えなかった。
「そっか、私はまたうちみたいになってるんじゃないかって思ったんだけど。夫婦喧嘩か…ご主人とうまくいかなくて、悩んでるんだ…」
「うん、まぁ、そんなとこ」
しばらくの沈黙。頭の中では、今朝も機嫌が悪かった夫のことを考えていた。
「一回さ、それ、手放してみるといいよ」
唐突に、奈緒は言った。
「どういうこと?」
「どういえばいいかなぁ、なんていうか…もう夫がいないと私は生きていられないと、愛美が思ってたとして」
まるで心の中を読まれたのかと思った。
「一回それを手放してみるの、なんなら捨ててもいいやって、想像してみて」
「………」
「そうやって執着しなくなると、気が楽になるよ」
「執着?」
その時は、その言葉の意味がわからなかった。
ぴろん♪
スマホが鳴った。和樹からのメッセージだった。
《残業になる》
___またか…
「ふぅ…」
思わずため息が出た。
ぴろん♪
《今日の晩ご飯、お母さんの特製カレーがいい!》
今度は娘からのメッセージで、ほっとする。よし、今夜はとびきり美味しいカレーを作ってあげよう。
「私、帰るね、ありがとう、気にかけてくれて」
「うん、また何かあったら電話してよ」
奈緒と話して少し気持ちが軽くなった。これからは子どもたちのことを最優先で考えようと、その時決めた。
カレーを煮込みながら、奈緒に言われたことを考えた。
___私は夫に執着しているのだろうか?
この気持ちは、夫を愛しているからじゃないのだろうか?奈緒に言われたように、夫がいない生活を想像してみる。
私にとって夫は……
“おはよう”と優しく起こしてくれる人
“愛してるよ”と抱きしめてくれる人
“誕生日おめでとう”と祝ってくれる人
“僕が持つよ”と手伝ってくれる人
“愛美は悪くないよ”と庇ってくれる人
“楽しいね”と一緒に楽しんでくれる人
“大丈夫?”と心配してくれる人
“僕がいるからね”と守ってくれる人
“ずっと一緒だよ”と誓ってくれる人
“おやすみ”と一緒に寝てくれる人
…………。
「あれっ!」
そこまで数え上げて気づいたことがあった。
「これ、全部、過去の話だ」
ショックのあまり思わず声に出る。今の夫は、どれも当てはまらない。ということは、私は過去の夫に執着しているということなのだろうか。優しくて、私を愛してると言って抱きしめてくれた人は、もう今はいないのに。結婚して間もない頃の、相思相愛の夫婦だったころの幻想を、今の夫に求めているのだろうか?
___それが奈緒が言っていた執着ということ?
今の夫は、私や娘たちのことを思ってはいない、あの桃子という女のことだけを考えている。そう気づいてしまう決定的なことがその夜あった。
娘たちと3人で晩ご飯を済ませた後、小学生の絵麻が宿題を持ってきた。
「あのね、お母さん、宿題でね、お父さんのお仕事のことを調べてきなさいって言われたの。お父さん、何時に帰ってくる?」
「何時かな?ちょっと訊いてみるね」
残業だという夫にメッセージを送った。
〈絵麻が、宿題でお父さんの仕事のことを知りたいそうだから、できるだけ早く帰ってください〉
しばらく待ったけど、既読にならない。
「お父さん、忙しそうだから、お母さんが教えてあげようか?昔、お父さんと同じ会社だったから少しはわかるよ」
「イヤだ!お父さんにききたいの!お父さんが帰ってくるまで待ってる!」
「そんなこと言っても、何時になるかわからないから、ね?」
「ぜーったい、起きて待ってるから」
「そんなこと言って、明日の朝起きられないよ」
「いいもん、お父さん、待ってるんだもん」
こうなると、絵麻は言うことをきかない。もともとお父さん大好きな絵麻は、最近遊んでもらえないことで寂しいのだと思う。
「わかった、じゃあ、帰ってきたら起こすから、それまでベッドにいなさい」
「絶対だよ!」
時計を見たら、10時をまわったところだ。きっと今夜も終電だろう。絵麻のことがなければ先に寝てしまおうかと思ったけど、起きていることにした。