林間学校最後の夜は、外でキャンプファイヤーが焚かれた。
レイが火の魔術で派手に点火すると、生徒たちから「わあ〜!」と歓声が上がった。
これから就寝の時間までは自由行動らしい。辺りを見回せば、数人で輪になって怪談を披露し合っていたり、肉を串に刺して炙っていたり、丸太にひとり腰掛けて揺れる炎を静かに眺めていたり、思い思いに過ごしている。
ルシンダもミアと何かしようかと思って誘いに行くと、ミアはなぜか妙にニヤニヤしながら了承してくれた。
「うふふ。でもちょっと用事を済ませてくるから、あそこのベンチで座って待っててくれる?」
「え、あんな人気のないところで?」
「あそこは特等席だから、星でも見ながら待ってて。うふふ」
やたらと顔が緩んでいるのが気になるが、用事があると言うなら待つしかない。
ルシンダはミアに言われた通り、ベンチに座って待つことにした。
背もたれのついたベンチにひとり腰かけて夜空を見上げれば、数えきれないほどの星たちが宝石のように輝いている。
「わぁ……綺麗……」
キャンプファイヤーから離れた場所のせいか、小さな星までくっきりと見える。ミアが言った通り、たしかに特等席かもしれない。
吸い込まれそうなほどの美しさに感動していると、こちらへと近づく足音が聞こえた。
「ミア?」
用事を済ませたミアかと思って顔を向けると、そこにいたのはミアではなく、ライルだった。
「……怪我は大丈夫か?」
どうやら、怪我を心配して声を掛けてくれたらしい。
ルシンダが大丈夫だと答えると、ライルはほっとした表情で「よかった」と呟き、そのままルシンダの隣に腰を下ろした。
「……サミュエルの奴、助けてくれたルシンダにあんな態度をとるなんて……見損なったよ」
「まあまあ……。もしかしたら照れ隠しかもしれませんし、気にしてませんよ」
「でも、お前は怪我もしたっていうのに……」
「怪我と言っても、すり傷程度で大したことないですし、大丈夫です。──それより、将来旅に出るんだったらもっと腕力をつけないとダメですね。サミュエルはけっこう細身なのに両手で掴んで支えるだけで精一杯で……。ライルが来てくれなかったら危ないところでした」
「男一人をしばらく支えてやれただけで十分だ。お前の夢は分かっているけど、あまり怪我をするような無茶はしないでほしい。……心配だ」
包帯を巻いたルシンダの腕に、ライルがそっと触れる。
「心配してくれてありがとうございます。私が治癒の魔術を使えたらよかったんですけどね」
「……治癒は水属性の高位魔法だからな」
そう、治癒の魔術は誰でも使えるわけではなく、水属性に長けた魔術師しか使えない。しかも、重傷者を完全回復させるほどの威力はないという。
(将来魔物と戦うなら、なるべく怪我をしないように、守護の魔術が掛けられた防具や装身具で防御力を高めるしかないかな……。あとは、ミアが目覚めるはずの光の魔術なら、チート級の治癒効果があるって聞いたから、なんとかミアに会得させて旅についてきてもらうか……)
ルシンダがつい将来の旅計画に思いを馳せていると、ライルが「なあ」と声をかけてきた。
「俺は王宮騎士団への入団を目指しているが、お前も王宮魔術師団を目指してみたらどうだ? 遠征もあって、お前が好きな旅ができるし、騎士団と行動を共にすることが多いから、俺が守ってやれることもあるかもしれない」
「えっ、王宮魔術師団なんていうのがあるんですか!」
王宮魔術師が存在するのは知っていたが、魔術師団というものが存在するのは知らなかった。しかも仕事として旅ができるだなんて願ってもない。
今まではなんとなくゲームの影響で、冒険者的な生き方しか考えていなかったが、魔術師団に所属するのも楽しそうだなとルシンダは思った。
「教えてくれてありがとうございます。考えてみますね」
「ああ、そうしてくれ」
ライルが夜空を仰ぎ見ながら答える。
「……そういえば、ここは星がよく見えるな」
「そうなんですよ。とても綺麗で、いつまでも見ていられそうです」
ルシンダがそう言って微笑むと、ライルは無言でルシンダのほうをじっと見つめた。
「……? どうしたんですか?」
「……本当に、綺麗だなと思って」
ルシンダを映すライルの目が、何かを求めるような熱っぽい色を帯びる。そのままルシンダのほうへ手を伸ばしかけたその時、ルシンダが「あっ」と小さく叫んだ。
「今、流れ星が見えました!」
「……流れ星?」
「はい、きっとまた見られるはずです。願い事しなくちゃ……!」
ライルが残念そうなため息をつく。
「流れ星に何を願うんだ?」
「もちろん、立派な魔術師になれますようにって」
「そうか。俺もそれを願おう」
それから二人で流れ星さがしに没頭して、あっという間に時間が過ぎ、結局ミアがやって来ることなく自由時間が終わったのだった。
◇◇◇
その日の就寝時。
キャシーとマリンは二日間の疲れが溜まりに溜まっていたようで、お喋りをする余裕もなく、すぐに寝入ってしまった。
ルシンダはベッドで横になりながら、隣のベッドのミアに小声で話しかけた。
「ミア、自由時間来なかったね。用事を済ませてから行くだなんて、嘘だったんでしょ」
ミアがもぞもぞと寝返りをうってルシンダのほうを向く。
「バレた? だって、原作の星空デートイベントだったから」
「もう、やっぱり……」
「まあまあ、ところでライルが行ったみたいだったけど、何を話してたの?」
ミアが興味津々といった様子で聞き出そうとしてくる。
「ミアが期待してるようなことはないよ。王宮魔術師団を目指したらどうかって言われたの。そうしたら自分が守ってやれるかもしれないしって」
「きゃ〜! ライルは王宮騎士団志望だもんねえ〜。策士だわあ〜」
なぜかミアが急に浮かれて語尾を妙に伸ばし始める。
ルシンダはジトッとした眼差しを向けつつ、話を続けた。
「そんな組織があるなんて知らなかったんだよね」
「もう、ノリが悪いわね。……そういえば、ゲームで王宮魔術師団とかいう名前が出てきたことがあったかも。気になるの?」
「うん、しばらくそこで経験を積むのもいいかもしれないと思って」
「まあ、貴族令嬢がいきなり冒険者になって旅に出るなんて言い出したら、絶対反対されるだろうけど、魔術師団に入るくらいならまだ許してもらえそうだし、ワンクッション置くのはいいかもね」
「そうだよね。ちょっと調べてみようかな。……なんだか、志望校を選ぶみたいでワクワクしちゃうな。私、前世では中学三年生で死んじゃって、高校受験もしたことないの。こういうのってどうすればいいんだろう?」
ルシンダがうーんと唸っていると、ミアが珍しく真面目な助言をしてくれた。
「進路相談なら、まずはあなたのお兄さんにしてみるのがいいんじゃない?」
「そっか、たしかに。いきなり両親はちょっとアレだもんね……。もうすぐ夏休みだし、そのときに相談してみようかな」
「それがいいわ。……ふわぁ。それじゃ、わたしも眠くなってきたから、そろそろ寝るわね」
「うん、私も寝るね。おやすみ」
「おやすみ〜」
そうして、いくらも経たないうちに二人も眠りに落ち、林間学校最後の夜は静かに更けていった。
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