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「覚悟、だと?」
健ちゃんが吐き捨てるように告げながら笑う。その笑みは嘲りに満ちているのに、どこか無理に作ったもののようだった。
「誰かに頼ってばっかだった奏の軟弱なそんな考え、簡単に折れるに決まってる。俺が不安要素を与えれば、怖くて仕方なくなるさ」
「だったら健ちゃん、試してみればいいよ」
俺は一歩踏み出す。氷室が隣に並び、その気配が心を支える。だから続けて、強い言葉を発することができた。
「いろんなことをぐだぐだ考えて、一度心が折れた俺だからこそ、もう二度と折れない。俺は自分の弱さも迷いも全部知ってる。だから、もう怖くない!」
加藤くんの口元が引きつる。余裕を装おうとした笑みが、声にならずに凍りついている。
「……おまえ、本当に奏か? ただの臆病者だったハズだろ」
「そうだよ。俺は臆病者だった。でも今は違う」
言い切った瞬間、健ちゃんの眼差しに少しだけ揺らぎが走った。
「蓮を恨んで落とし込むために、俺を利用しようとしても無駄だよ。俺は、自分で選んで氷室と並んでる」
明確な理由を突きつけると、健ちゃんの表情が強張る。追い詰めていたはずの相手に、逆に追い込まれている――その事実を、彼自身が気づいてしまったのだろう。
氷室が低く重ねる。
「もう終わりだ、神崎。おまえの言葉は奏には届かない」
静寂が支配する。健ちゃんはしばらく俺を睨みつけ、それから舌打ちした。
「……チッ、おもしろくねえな」
加藤くんがわざとらしく肩を竦め、俺たちから視線を逸らす。
「あれあれ神崎先輩、もうヤル気がなくなった感じ?」
「だってさ……」
「あーあ、もう少し粘ってくれると思っていたのにな。ムダにがんばる神崎先輩が、優秀な氷室先輩をやりこめるところを、間近で見たかったのに」
やれやれといった感じで告げた加藤くんの言葉に、俺たちふたりは唖然とした。
「加藤、君は神崎の手駒じゃなかったのか?」
「俺が手駒? うひひっ、違うよ」
その笑みは、これまで見たどんな挑発よりも冷たかった。加藤くんはポケットからスマホを取り出すと、画面を操作して俺たちに見せつける。
そこに映っていたのは――【氷室】と書かれた上履き入れから上靴を取り出し、その中に画鋲を仕込もうとしている健ちゃんの姿だった。
一瞬で、その場の空気が凍りつく。息が詰まり、鼓動の音すら遠のく。氷室の肩がぶるりと震え、健ちゃんの顔は血の気を失って真っ青になった。
「やめろ……! それをコイツらに見せるなっ!」
健ちゃんが悲鳴に近い声を上げる。だが加藤くんは耳を貸さずに、口角をさらに吊り上げて、いやらしい笑みを浮かべた。
「これがあるから、神崎先輩は俺に逆らえなかったんだ。氷室先輩やほかの生徒会メンバーに知られたら……どうなると思う?」
氷室が奥歯を噛みしめ、俺も言葉を失う。健ちゃんは苦しげに喉を震わせながら、必死に吐き出した。
「違う! 本気でやろうとしたんじゃない! ちょっとカッとなって……でも、その瞬間をコイツに撮られたんだ……! だから、だから従うしかなくて……」
震える声は必死さを帯びていたが、言い訳にしか聞こえなかった。加藤くんは楽しげに肩を竦める。
「見てのとおりだよ。人間なんてちょっと弱みを握れば、簡単に俺の人形になる。俺の知り合いの工藤や、神崎先輩なんて、その典型って感じでさぁ」
健ちゃんが唇を噛みしめ、悔しげに俯く。その肩は震え、さっきまでの冷徹な威圧感は跡形もなかった。
「奏先輩と付き合うために氷室先輩を貶めたかった俺と、選挙戦で負けた腹いせに氷室先輩を失脚させたかった神崎先輩の利害が一致した――俺たちの関係は、ただそれだけなんだよ」
加藤くんの声が夜気を切り裂いた。ぞっとする冷たさが背筋を走る。
――本当の黒幕は、加藤くんだったなんて。
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