「機嫌直った?」
申し訳なさそうな高野さんが、柱の陰から俺に問うてくる。俺はこれみよがしにため息を大きくついてから
「愉快な音楽隊のメンバーなら堂々としててくださいよ」
と柱に向かって呼びかけると、えへへ、と言って彼はその姿を現した。
「まぁ正直俺たちは仮バンドなんで、やたらめったらこだわったバンド名つけるよりは肩の荷が軽くていいかなとは思うんですけど」
不本意そうな態度は崩さないままに口にする。
「俺は結構気に入ってるよ」
と言った若井を軽くにらみつけて、俺は目の前に並んだメンバーに向き直る。
「……藤澤さんは?」
「緊張してお腹痛いって、トイレ行った」
綾華がお手洗いの方角を指さす。
「さっきも行ってなかったっけ?」
「涼くん、緊張しいだから本番前ずっとお腹痛いらしいよ」
去年も言ってたなそれ、高野さんが笑う。なんか急に不安になってきたな。
「ごめんなさい~」
お腹を押さえながらとことこと駆け戻ってきた藤澤さんは「薬追加したからもう大丈夫!」と青ざめた顔で言う。とても大丈夫そうには見えない。若井は若井で朝から異常にテンションが高い。
「若井、昨日寝た?」
「あんま寝れてない!」
俺、修学旅行前寝れないタイプ!とにっこにこの笑顔で返してくる。知ってるよ、行きのバスや新幹線で爆睡かましてたもんな!
大きくため息を吐く俺を見て、いつも通り平常心らしくこの中では最もまともに見える綾華が
「そろそろステージ裏集合の時間だよ」
と声をかけてくれる。
「うわ、もうそんな時間か……よし、トリですが皆さん気負いすぎず楽しんでやっちゃいましょう!せっかくだし円陣組もう……綾華、なんか掛け声お願い」
「えー、私か。えーと本日はお日柄もよく……」
「時間ないんじゃなかったの」
「はい、では皆さん!いきますよー……がんばるぞいっ!」
思わぬ掛け声に、ふは、と藤澤さんが吹き出してしまう。それぞれの「ぞいっ」がばらばらに響き渡る。しまんないなぁ、と苦笑しながら、俺たちはステージ裏へと急いだ。
ステージ裏には実行委員が控えていて確認をとってくれる。
「あれですあのトリの……」
「あっ、『もっくんと愉快な音楽隊』の皆さんですね」
高野さんが吹き出す。てめぇが笑うな、てめぇが。
「Bスペースに持ち込みの楽器はおいてあるんで確認取ってください。いま2つ前の出演者さんたちなので時間もおおむね予定通りと思ってもらって大丈夫です」
「ありがとうございます」
音出しは昼休憩時間のリハ中に済ませてある。楽器の最終確認をそれぞれがおこなっているとき、わぁっという歓声と拍手がステージのほうから響き渡った。現在出演中のバンドの演奏が終わったのだろう。
「めずらしい、巻いてんな」
高野さんが時計を見ながらぽつりと呟いた。次の次だ。いよいよだ。心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「元貴」
いつの間にか横に立っていた若井が俺に声をかける。
「どうしよう、この感覚久々すぎて……」
若井は嬉しくてたまらないという風に笑う。
「俺今、さいっこうにわくわくしてる」
俺もだよ、と笑い返し。若井とグータッチをする。
キーボード台の運び出しに関する指示を終えた藤澤さんもキーボードを抱えてこちらに来た。ステージへの入り口からこぼれる光を眩しそうに見つめる。
「今出てったバンドが終わったら僕たちだよね」
こくりと頷いて見せる。
「藤澤さん、楽しみましょう。俺、あなたの奏でる音が好きです」
藤澤さんはにっこりと笑った。よかった、もう青ざめた顔をしていない。
「大森君も。君の曲を一緒にステージで演れることを光栄に思うよ」
大きな歓声が上がる。あぁ、いよいよだ、俺たちだ。司会によるアナウンスが響き渡る。
「それでは皆さん、いよいよ次が最後のバンドです!なんと本学の軽音サークル初!1年生がメンバーに入っている新生バンドによる学祭ライブへの出演!『もっくんと愉快な音楽隊』の皆さんです!皆さん拍手でお迎えくださーい!」
観客のテンションも最高に盛り上がっており、わぁぁぁと大きな歓声が響き渡る。俺たちは眩しい光の中へと足を踏み入れた。
※※※
いよいよ本番……!
学祭編としてもいつの間にか折り返しを過ぎていました
彼らの物語はまだまだ続くのでお付き合いいただけると嬉しいです
コメント
8件
バンド名が呼ばれるところで笑っちゃった
楽しみになってきました! 続きが待ち遠しいです( ˶>ᴗ<˶)