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Side 黒
「ありがとうございます」
電車の昇降口でスロープを置いてくれた駅員さんにお礼を告げ、俺らは目的地へと車いすを漕ぐ。
「うわー、駅ってこんな人多いの。すげぇ」
後ろで何やら歓声を上げているのは、高地。
練習終わりに、古くなったシューズをそろそろ買い替えるために、いつも使っている駅に隣接しているビルまで行くと言ったら、なぜかついてきた。
「これから予定もないし、俺も買いもんしたいから」と言って。
でも実際、シューズは詰まるところ何だっていい。靴より車いすのタイヤのほうが重要だから。
彼は普段車で体育館に来るから、電車に乗ることはほとんどないそう。俺はほんの少しの優越感に浸りながら、スポーツ用品店へと向かう。
「ってか靴買うのに、なんでついてきてくれたの?」
高地は生まれつきの両下肢欠損。靴は生涯、履くことはないのだろう。
「別にシューズだろうが、北斗のもんだから何でもいいの。関係ない。俺はウェアを見に来ただけだし」
からっと笑ってみせる。俺も納得して、エレベーターに乗った。
「ああ、ここだ。いいのあるかなぁ」
店内を進んでいると、急に「ガンッ」とこの間も聞いた鈍い音。びっくりして振り返ってみれば、高地の車いすが俺のに衝突していた。
「ごっめーん。よそ見してた」
全く反省する気のない調子で、俺は苦笑しかできない。
「…ちゃんと前見とけよ」
しばらく物色していたら、彼が「これいいんじゃない?」と声を掛けてきた。
「おっ、かっこいいな」
黒が基調で、一本入った白のラインがスタイリッシュだ。店員さんを呼び、合うサイズを探してもらう。
「てかさ、北斗のバッシュってだいぶ古いよな。もしかして…健常のときのやつ?」
試着しているとき、そう訊いてきた。
俺は黙ってうなずく。あれは、健常者のときから履いているシューズだった。少しばかり競技の種類が変わったとて、大事にしているものは変えたくなかった。
「京本とか樹も、昔のままって言ってたよ。慎太郎とジェシーは車いすから始めたらしいけど。やっぱ、固執したいんだよな。昔の俺に」
言い方に語弊があったかも、と思って恐々と高地を見れば、「そっか」とつぶやいただけだった。
だけど、俺の足は変わってしまった。
だから過去にしがみついてなんていられない。
「うん、似合ってるよ。値段もいいんじゃない?」
高地から太鼓判をもらい、俺はこれに決めた。明日練習に行ったら、メンバーに自慢しよう。
「あはっ、北斗めっちゃ嬉しそう」
「え? マジ?」
「それで全国大会も頑張ろうな」
「ああ」
ハンドリムから手を離し、拳をぶつけた。
続く
コメント
2件
文章力がありすぎです!