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まぶたの裏に
ぼんやりとした光が差しこんでくる。
イチは
ゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。
乾いた草の香り。
昨夜の闇がどこか遠く感じられるほど、
朝は静かだった。
しばらく横になったまま
呼吸を整えるように
目を動かす。
ほんの少しだけ身を起こすと
寝室の扉が半分だけ開いているのが見えた。
リビングは
しんと静まり返っている。
その静けさが夜の恐れよりも
なぜか胸に重くのしかかった。
――いない。
イチはベッドから降り、
ゆっくり足を進めた。
扉を押し広げ、リビングをのぞく。
木のソファ。
たたまれた毛布。
小さなテーブル。
それだけ。
エリオットの姿はどこにもない。
何かが
胸の奥でざわつく。
声を出せないかわりに、
イチは小さく息を吸い込んだ。
それが不安なのだと
自覚はできなかった。
けれど――
“ここにいるはずの誰かがいない”
その事実がただ苦しかった。
小さな家は
温度を持たず、
風の音ばかりが
かすかに耳へ触れる。
どれほどそこで立ち尽くしていたのか、
扉の外から
草を踏む音が近づいてきた。
がさり、
がさり。
イチの視線が自然と入口へ向く。
「――ただいま」
エリオットが
木の実が入った袋と小さな獣を抱えて戻ってきた。
「起きたんだね」
息を整えながらエリオットは微笑む。
額にはうっすら汗がにじんでいた。
「ごめん、
びっくりさせた?」
イチはゆっくりとまばたき一度。
「うん……
朝のうちに動かないと、危ないからさ」
エリオットは静かに袋をテーブルへ置き、
獣をほどいていく。
「きみの分の、朝ごはん」
そう言う声はどこか照れくさく、
それでいて幸せそうだった。
「手伝ってくれる?」
イチはほんのわずかに指先を動かし、近くへ寄った。
それは言葉も表情もないけれど、
“うなずき” に近い返事。
エリオットはその動きを見て小さく笑った。
「ありがとう。
一緒のほうが……
なんだか心が軽くなる」
イチは、その意味を理解できない。
けれど言葉の響きだけが
心の奥をほんの少し温めた。
小さな家で
ふたりは朝の支度を始めた。
木の実を布で拭き、水を汲み、
肉を切り分けて鍋へと落とす。
火は使わず、煮て食べるのが
ここでの習慣だった。
湯気に
草の香りが混じり、
静かな時間が流れていく。
名前を知らないふたりが仮の名で結ばれて
小さな朝を迎えている――
それだけのことが、
なぜか
とても大きな出来事に思えた。