「今日から世界会議に参加する日本さ!皆仲良くしてくれよ!」
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「日本ってあれ?鎖国してた!」
「はい、お恥ずかしながら、」
「分かんないことがあったらなんでも聞いてくれよな」
「ありがとうございます」
「眉毛は紅茶の淹れ方ぐらいしか教えられないでしょうに」
「はぁ?んなことねぇよ。日本は俺の同盟国だし」
「あぁ、友達(笑)ね」
「なにが、カッコ笑だよ!連合のヘタレ野郎!!」
「ヘタレじゃないですぅ冷静なだけですぅ薩摩に喧嘩ふっかけて負けたお前とは違ってね!」
「んだとこらあぁ!!」
「やんのかこらあぁ!!」
「はぁ、やめてくれよおっさん達。日本の前でみっともない、」
「ふ、ふは、あはは、笑」
「! そんな面白かったかい?」
「はぁ、笑。えぇ、はい、笑。なんせ何百年も静かに暮らしていた身でしたから。…案外、外も悪くないかもしれませんね」
「ありがとうございます。アメリカさん」
俺はこの日、日本の笑顔を初めて見た。
息を深く吸って声を出す。
「さぁ!今から世界会議を始めるぞ!」
俺の声は会議室中に響き渡った。
菊はもともと日本が座っていた場所を代用して座ってもらった。背筋がピンと伸びているところも、手を膝に置いているところも日本そっくりでどうも調子が狂う。目の端に写る彼を確認したら、いつもの調子で話を始めた。
「まず昨日提案された地球温暖化の問題についてだけど!宇宙人とテレパシーして地球を冷やしてもらうっていはうのはどうだい?」
「…やっと真面目に考えると思ったらまたそれかアメリカ!ホスト国としてちゃんと司会を務めろ!」
「まったく、いつまで経っても夢見るお子様ってか」
「お子様がなんか言ってるー」
「はぁ?!俺はお子様なんかじゃねぇよバカ髭!」
よし、いつも通りに事が進んでる。アメリカは胸を撫で下ろした。まさか世界会議でこんな感情になる日が来るだなんて予想もしていなかったけれど。今日は俺のせいで皆の空気とが重くなったと言っても過言ではないし、静かな会議になったらどうしようかと心配していたのもあった。
今日も今日とてイギリスとフランスは言い合ってるし、カナダはそれに慌ててドイツは俺を叱ってくれる。ロシアと中国も、ロマーノやプロイセンだって、会議だなんて聞いてもなくて雑談しているし、イタリアは寝ている。こんな平和な日々が続けばそれでいい、だなんて甘えた考えも必要な時代になってよかったと心底安心した。
日本もいたら、もっと最高だったのに。
「ふ、ふは、あはは、笑」
そう思ってた矢先のことだった。喋り声だけが飛び交う会議室で、控えめな笑い声は皆の注目を集める。 いや、きっと笑い声だけのせいではなく、その声が日本に似ていたからというのが1番の理由だろう。
「あ、す、すいません!会議…?止めちゃいましたよね、お気になさらず、どうぞ続けて下さい」
菊は眉を八の字にしながらペコペコと謝った。
「そんなに可笑しかったかい?」
アメリカンジョークを言うみたいに、右口角だけ上げて言えば、菊は申し訳なさそうにしていた。目を左右に動かしていて、どうやら周囲を気にしているようだった。
「…その、てっきり、世界会議だなんて言われてるぐらいですし、もっと堅い感じの会議だと思ってたので、」
「緊張がほぐれて出てしまった笑い、とでも思っててください」
伏し目がちに彼は言った。頬には照れくささが残っていて泳ぐ目が可愛らしい。他の国も懐かしさを思い出したのか、その様子を噛み締めながら菊を抱きしめた。
「うぅ、菊かわいいよ!ハグしたら照れちゃうところも相まって!」
「わ、私男ですよ?」
「菊、すまない、今だけは許してくれ、」 「へ!?」
「俺様もー!!爺倒れんなよ!」
「俺もハグさせろコノヤロー」
「みなさん、!?」
ハグはイタリアからはじめ、ドイツ、プロイセン、ロマーノと続いた。菊は枢軸国からぎゅうぎゅうに抱かれていて苦しそうだが、満更でもなさそうな表情を浮かべていた。親はヨーロッパに転勤したらしいし、人肌が恋しかった、というのが彼の心情だったのだろう。イギリスや中国、フランスが混ぜろ!と枢軸国に対して言い合っており、仲介に入るカナダという光景を眺めている中、自分の右肩を誰かが優しく叩いた。後ろを振り向くと、ロシアが真剣な目で俺を射抜いていた。
「アメリカ君、ちょっといいかな?話したいことがあるんだけど」
ロシアは眉を垂れさせ遠慮しながら発言するけど、その眼差しに乗った感情は移り変わるものではなかった。
2人は会議室から少し離れた廊下に俺を連れた。会議室から聞こえてくるガヤガヤとした話し声がここまで届いてくる。賑やかな声に疼く性分な自分だ。早く終わらないかな、なんて呑気なことを考えていると、ロシアが唐突に口を開いた。
「器が小さい君だから言っとくけど、僕がこれから言うことに絶対感情的にならないでね」
「器が小さいは余計だよ」
どれだけ俺は彼にとって見くびられているのか。呆れながら言う俺の態度にも、ロシアは反応を示さない。
「国という立場じゃなく、あくまで僕は友達として君に聞くよ」
少しの沈黙が流れる。「あぁ、なんだい?」といつもの調子で聞くと、ロシアも声のトーンを変えず言ってきた。
「なんであの子をここに連れてきたの?」
その問いが彼の口から出た時、上がっていた俺の口角は力が入らなかった。気分で連れてきた。日本に似てたから。好奇心で。たまたま道で会った。彼に返す言い訳なんて頭ではたくさん思い付くのに、喉が通らない以前に声も出せない。
相手は嫌いなロシアだ。返す言葉なんて適当でも言い訳でも何でもいい。なんで、”真面目な回答が見つからない︎︎”っていう理由だけで俺の口は言うことを聞いてくれなくなったのだろう。いつもなら平気で流せてきたのに、いつもなら、
「国という立場じゃなく、あくまで僕は友達として君に聞くよ」
「…」
あぁ、そういえば、ロシアと友達として話した時って、多くなかったな。
「…アメリカ君。君だって上からうるさく言われてるはずだよ。人間の人生に国は深く関与してはならない。時間軸が狂っちゃうから…アメリカ君なら身に締めて理解できるよね」
「…なにが言いたいんだい?」
ロシアはさっきよりも意を決して言った。
「あの子を日本君の代わりにするつもりなら、やめたほうがいいってこと」
それは助言とか忠告とかの類じゃなくて、命令のように聞こえた。何も言わない、言えない俺に向かって彼は話を続ける。
「君がどういう意図であの子を連れてきたのかは知らないけど、僕の予想があってる前提で話すよ」
「もしもあの子が前世の、日本君の記憶を取り戻したとして、それからは?今の菊君って子は寿命がある根っからの人間なんだよ?日本国に限らず、国の化身なんて務まるわけないよ」
1拍空いた空気の間が重い。
「…言いたくないけどさ、亡国になった国が戻るなんてこと、二度とないよ」
彼に哀愁が漂う瞳でそう言われたものなら、返す言葉は見つからなかった。
アメリカさん。
__メリ__さ___
____さま__
祖こ____さま__
「祖国様?」
「ん?」
「あ、いえ、ぼーっとされていたので」
「んーそうかい?きっと気のせいだよ!」
俺の言葉に笑ってくれる日本が好きだった。菊の笑顔を見ていてそう思った。
あれから引っ張りだこになっていた菊をなんとか皆から離れさせ、世界会議の解散後の今、菊を家まで送るため俺たちは夕日に照らされる道を歩いている。
「どうだった?世界会議」
「とても楽しかったです。化身の皆様と関われる、いい機会になりました」
彼は表情を緩める。眉尻を垂らして笑ったと思えば、夕焼けの空を見ながら話してくれた。
「…恥ずかしい話、今まで外に出るのが嫌いでした。今日出たのだってただの買い出しですし」
「でも…」
そう言いかけた彼は、頭を上げて俺と目を合わせた後花が咲くような笑顔で言った。
「案外、外も悪くありませんね」
「ありがとうございます。祖国様」
「…案外、外も悪くないかもしれませんね」
「ありがとうございます。アメリカさん」
「…」
自分にとってそれが呪いの言葉なのか、救いの言葉なのかはどうでもよかった。ただ菊が、日本が笑ってくれたことが嬉しくて、自分の後悔で空いた心の穴を埋めてくれるような、そんな気がするだけで十分だった。日本の顔で言われたのなら尚更。
「うん。菊が喜んでくれてよかったよ」
その言葉は本心そのものだったから。
コメント
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( '-' )スゥゥゥ⤴︎︎︎リクエストなんですけど菊の双子の兄として椿と桐を登場させてはくれませんか?