なんで傷つけたんですか?
「だって、あぁでもしないと、日本は、」
だから傷つけたんですか?
「そうだよ、日本の、日本のためだったんだ、」
友達なのに?
「…友達だからだよ」
友達を傷つけたのはなんでですか?
「……だから、だって、あの時の日本は俺の知ってる日本じゃなかったから、」
それは貴方の押し付けでしょう?
「…ちが、」
貴方の日本はなんですか?財布?犬?壁?
「っ、ちがう!!友達、……だよ…」
貴方の言う友達は都合のいい駒でしかないんでしょう?それに従わなかったから日本を傷つけた。違いますか?
「ちがう、ちがうちがうちがう…!俺はそんなつもりじゃ、っ!」
貴方が傷つけなかったら日本は消えることなんてなかった。
「…ち…が……」
貴方が日本を殺したんですよ?
「っ…!」
目を覚ますと見知った天井が俺を見下ろしていた。部屋に鳴り響く目覚まし時計の音と、窓から差し込む光が鬱陶しい。
「……またこの夢…」
日本が消滅してからよくそんな悪夢を見るようになった。真っ暗な視界の中、誰かに日本のことを質問される。毎日見ることがなかったのが唯一の救いだったこの悪夢だが、最近は頻度が増えているような気がする。気の所為か、この気味の悪い質問者の声はどこかで聞き覚えがあるような気もする。精神的な問題だろうか。あの菊と会ってから、どうも調子が悪い。
俺は重い体をベッドから起こした。
あれから3日が経った。
ロシアの言った菊を日本にしたいという魂胆は今も変わらない。かといっても彼は人間で、俺は化身。頻繁に会うのもどうかと思い、菊の家には行かずのまま、昨日できなかった墓掃除をしようと振り返った。
瞬間、横暴な声が自分にかけられた。
「…見つけましたよ、米国」
声の正体に目を向ける。目にした人物は桜景色には似つかわしくなくて、自分を睨みつけながらガツガツと距離を詰めてくる。
「貴方、私の菊に何を吹き込んだんですか」
彼を一目にして目を見開き、瞬きをして冷静になった。黒髪に整った丸顔、小柄な身体。ドッペルゲンガーかと疑うくらい日本、菊の姿と瓜二つだけど、横暴な態度と真っ赤な瞳の色から別人だと伺えた。
「…君、誰だい?」
もしもの可能を見出して質問すれば、男は聞かせることを目的としたような溜息をし、呆れながら言った。
「椿……いえ、日帝と言ったら分かりますよね」
彼の言葉を聞いたとき、もしもの可能なんて見出すもんじゃないとつくずく思った。俺はあからさまに肩を下ろす。
「…なんで君が覚えてて、菊が覚えてないんだい?神様は意地悪なんだぞ」
「あー菊にクソ米国のことを忘れさせてくれた神様はなんていい人なんでしょー」
「君って本当に変わらないよね」
呆れも混じった冷たい目で彼を見下すけど、当の本人は鼻を高くし腕を組みながら自慢げそうに俺を見上げていた。本当に、なんで菊じゃなくてこっちの方が記憶ありで生まれてきたのだと再度思った。
椿は眉を水平にし冷徹な目で俺を見る。
「変わらないのは貴方の方です。前世でも菊を虐めた挙句、今世では菊を洗脳する気ですか?」
何を言い出すのかと思えば、彼が口にしたのは根も葉もない言いがかりだった。洗脳という文字が昨日の記憶から連想させるような出来事なんてこれっぽっちもないというのに。
「はぁ?俺が菊を洗脳だなんて、する訳ないじゃないか!」
彼は眉間に皺を寄せ俺を見あげた。その目つきは日帝時代のそれと変わらない気迫を放っていて恐ろしい。まるでさっきの煽り顔が別人かのように。
俺と目を合わせて数秒後、彼は左手に持っていた花束を墓石の前に備えながら話し始めた。
「…菊が昨日、貴方のことを私に話してきました。17年、今世で双子として初めて」
「祖国様と話せた。いい人だった。世界会議にも参加した。みんないい人だったと笑顔で話していました」
「…気分が悪かった。自分を殺した奴を、裏切り者達をいい人だなんて聞くに絶えなかった」
彼は歯を食いしばっていた。悔しさとか怒りとか全部を孕んだ声を出して、地に着いた手で土を抉る。俺は何も言わずにそれを見ていた。
「……聞いてもいいですか」
少しの間が長く感じる。さっきよりも落ち着いた、だけども優しくはない声が俺に問いを投げかける。彼は俺の了承も聞かずに口を開いた。
「貴方は、どんな気持ちでここに来ているんですか、どんな気持ちで花を添えてるんだ、?」
「日本を殺した張本人のくせに、今更正義ヅラするな、HEROだの言ってキャラができたら何をしてもいいだなんて腐った性根を直せ!」
「菊を、日本を返せ米国っ!!」
春風が吹き桜が舞う。空から落ちてくる花弁と共に、彼の目から溢れ出た涙も地へと落ちていった。
「、…」
お前なんか祖国じゃない。アメリカと併合なんかしてたまるか。祖国を返せ。罪を詫びろ。偽善者。化け物。
何千万人から向けられた俺への罵倒の言葉。否定すればいいものを、適当にあしらえばいいものを、そのどちらもできなかったのはきっと、その全部の罵倒は正しい事だと思ってしまったから。戦後の日本国内は日本人が結託し、アメリカとの併合に反対運動が起こった。 追放したくても、その人達を非国民だなんて言う人はなんだか違う気がしたからできなかった。それぐらい、祖国のことが好きだったんだろう。
何百年と経って培ってきた信頼の下にはずっと、俺のことを良いように思ってないヤツがいるって、分かり切っていたことなのに。
「…なんとか、言ってくださいよっ、! 」
俺、頑張ったよ。日本の国民達がどうやったら幸せになるか考えたし、化身のみんなの精神状態も気にかけた。この俺がね。反対運動の混乱に乗じて起きたテロにも耐えたし、国民からの罵声も投げられたゴミにも耐えたよ。
それでもまだ頑張らないといけないの?
ねぇ、日本。俺はどうしたら良かったの?
コメント
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( '-' )スゥゥゥ⤴︎︎︎私の記憶を菊にあげてみない?江戸時代だけど日本の事思い出すんじゃない?