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晴翔くーん
びっくりしたでしょ。驚かせるために内緒にしてたから、驚けっ! 愛の銃弾だ!
だってさ、文字盤だと一文字ずつだから時間かかって、晴翔くんとたくさん話すことができぬっ。だーかーら、視線入力! 頑張ったぜー。もう自由自在に入力できる。あたたたたたた! なんてことも、これだったら伝えられる。ん? あたたたたたた、だったら文字盤でも簡単か。
さあて、優勝したかな?
ねえ咲良、これ保存しないでよ。あくまでも練習なんだから。
ん? なんか不敵な笑み。おいこら、ぜってー保存すんな。
でも、楽しみだな。晴翔くんが驚く顔。あたしがこんなふーにパソコンを操る。くうー、その絵、最高じゃない。
せっかくだから、口では言えないことを言ってあげようじゃないか。喜びたまえ。あー、ちょっと息苦しい。
晴翔くん、愛して
瑞奈の音声が途絶えた。
イントネーションやリズムが、人間が喋るよりも平たいトーンになっているが、紛れもない瑞奈の声で、文章が読みあげられた。
ALS患者の声を事前に収録しておくことで、コンピューターのプラットフォ―ム上で患者が自分の声で喋っているように聞かせる技術がある。そのことは知っていた。でも、それを瑞奈が仕込むなんて。
どれだけの時間を要しただろうか。LINEの文面でさえ長時間かけて入力する瑞奈だ。パソコンを前にして地蔵になる瑞奈を容易に想像できた。
俺の感傷を邪魔しないよう控えめな声で、咲良が補足してくれた。
「保存しないでって姉は書いてるけど、保存しちゃったんです。だって、この後すぐに姉は意識を失って、そのまま――」
虫の音が聞こえるくらいに、居室内が静けさに包まれた。息つぎや、身じろぎを忘れてしまう時間がゆっくりと過ぎる。
「咲良さん、もう一回……お願いします」
頷いた咲良がパソコンに向き直る。
俺もパソコンに近づいた。
瑞奈の声が聞こえてくる。
パソコンのスピーカーからだけではなく、頭の中に瑞奈が現れて喋ってくれている、恥ずかしそうに時々顔を俯かせ、でも顔を上げた時はまっすぐに俺を見て。
俺は目を瞑って、瑞奈の声に耳を傾ける――
「愛してる、そんな歯の浮くセリフ、絶対に言ってやるもんですか」
瑞奈の言葉が蘇った。
死ぬ直前でもそれはないだろう。愛して、で終えずに、愛してる、まで言い切ってくれよ。
そう思うと、悲しいのに、俺の顔が綻んだ。
愛して、る。
あ。
瑞奈が俺に語りかけてきた、気がした。
最後の『る』に、言えなかった『る』にたっぷりの情熱を注いで。
「お父さん……」
声が掠れた。駄目だ、俺も情熱を込めて言わないと。力を貸してくれ、瑞奈。
「これを、瑞奈の指に嵌めさせてください!」
叫ぶように切り出した。必死だった。伝えたかった。瑞奈への想いを。俺と瑞奈の未来は確かにここに存在するのだから。
バックパックから小ぶりの箱を取り出す。
プラチナの指輪だ。
「晴翔君、ありがとう」
丁重に頭をさげてくれたお父さんが、俺の背に震える手を添えた。そうして二人して瑞奈のもとへと歩く。
なんだかバージンロードみたいだ。
きっと瑞奈はこの光景を見て吹き出しているだろう。晴翔くん、何でお父さんと一緒にバージンロードを歩くの、あたしの役割なのに、と。
背後から、お母さんと咲良が声をつまらせながらついて来てくれているのが分かる。瑞奈はきっと大爆笑だ。俺の足取りは軽く、笑顔になっていた。
俺の表情を確認したチームメイトが拍手をする。
パンパーカパーン♪
幸成が結婚協奏曲の韻律を口にすると、瞬く間に大合唱となった。俺と瑞奈の人生の門出を祝福するために、皆、泣きながら笑い、歌っていた。
大切な家族と仲間に、俺と瑞奈は囲まれている。
すぐそばで空耳のように、でもしっかり瑞奈の笑い声が聴こえてきた。俺は瑞奈の薬指をそっと持ち上げ、指輪を嵌める。
号数を小さくしたにもかかわらず、指輪は、――大きかった。
色々な表情が浮かんできた。微笑んだ顔、怒った顔、すました顔、真剣な顔、すねた顔、本を読む時の顔、勉強に飽きた時の顔、サッカーボールを蹴る時の少女のような顔。見ていて飽きない。それくらいにくるくると変わる表情だった。
瑞奈の手を握りながら、俺もペアの指輪を嵌める。
風が、俺の首筋を、瑞奈と繋いだ手を優しく撫でていった。
窓から吹き込んできた柔らかい風は肌寒くない。どこか熱を帯びていた。まるで俺と瑞奈が出会った時のようだ。
俺は風に包まれながら、ゆっくりと瞼を閉じる。瑞奈を感じながら。
~ fin ~