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先程より鮮明に響く、葉が揺れる音。

顔付近にまでしっかりかけられた布団に心が安らぎつつ、ゆっくり目を開くと私は横になっていて、視界に入ったのは薄暗い電球と焦茶の天井。炊き立てのご飯と味噌汁の良い香りが漂っている。


あれ? 私、部屋に居なかったっけ?

ぼんやりとする頭で考えながら天井のシミを眺めていると、突如頭上より聞こえてくる声。

「目、覚めたか?」

話し方が訛っている、男性のもの。

生まれも育ちも東京の私はテレビとかでしか聞いたことがなく、知り合いにもそんな話し方の人は居ない。

その瞬間に眠気は吹っ飛び目をパチリと開けると、私の顔を覗き込む知らない男の人。


「いやあああああああ!」

私からこんな声が出るのかと驚くぐらいに大きな悲鳴を上げ、見たこともない布団より飛び起きる。

だけど完全に腰が抜けてしまった私は立ち上がることが出来ず、手と足をなんとか動かして後ずさる。


「もう大丈夫そうやな」

眉を下げてははっと笑う男性は、朝ドラでしか見たことのない昔の着物とブカブカのズボンを履いている。それはまるで、ドラマの世界から出てきたようだった。


首を左右に向けると、黒の木製タンス、穴が空いたままの襖、ボロボロの布団、色が落ちた畳。

……え? どこ、ここ?

サァーと引いていく血の気に、先程まで感じていた安らぎはどこかに吹き飛んでいった。


男性が言うには家の前に倒れていたらしいけど、私は机で本を読んでいたはず。……でも言われてみれば着ているカッターシャツと紺と赤のチェックのスカートは砂のような汚れが付いていて、剥き出しのまま肌に砂が触れてあったであろう頬、手、膝下はピリピリとした痛みが襲う。


目が覚めれば知らない人。見知らぬ場所。全く記憶にない、この状況。

まさか。

情けない足腰を立たせた私は、玄関と思われる方に向かって一目散に駆けて行く。状況的に導き出した答えは、誘拐されただった。


「まだ寝てんと!」

伸びてくる手をすり抜けると、後ろでドテッと音がする。

転けてくれた。い、今のうちに!

玄関と思われるコンクリートで出来た段差と外に続く引き戸が見える場所に辿り着くが、靴は大きめの長靴と黒い靴しかない。私のは?

いや、誘拐されたんだから!

そう思いながら玄関ドアと思われる引き戸をガラガラと開け、裸足で駆けて行く。


……え?

一刻も早くこの場を離れなければならないのに、私は思わず立ち尽くしてしまった。それはそのはず目の前に広がる光景は上空に広がる夕焼け空と遠くに聳え立つ山々、水に浸され苗が植えられてある無数の田んぼ。ここまで遮るものがなく見通せるのは、家屋がないからだった。


どこに誘拐されたの?

バクバクと鳴る胸を抑えて、右も左も田んぼが続いている舗装もされていない砂利道を裸足で駆ける。足裏が地面に当たる度に針が刺さるのかと思うぐらいの痛みに襲われるけどそんなこと言ってられない。


……そう思ったけど、痛くてどんどんと停滞する足の動き。どうしよう、追いつかれる!

どうして家がないの! 誰かいないの!

「や、やっと追いついた……」

背後より聞こえるゼエゼエとした息遣いに、掠れる声。


「た、助けて~!」

情けないぐらいに震えて声にならない声が、夕陽の空に消えていく。


「急に走ったらアカン!」

そう言ったかと思えば逃さないと言いたげに手首をギュッと掴んできて、手をブンブンと振るけどその力は強く離れてくれない。


「……もしかして、都会から逃げてきたんか? あっちは規制とか厳しいみたいやし、一言でも反戦の意思を口にすれば折檻を受けると聞いたこともある。配給も減ってるみたいやし、辛かったんか?」

こっちをまじまじと眺めるこの人は、眉を下げ口元をギュッと閉めている。

聞き慣れない言葉に目をパチクリさせてしまうけど、ようやくそれが社会で習った単語の数々だと気付いた。

その途端にダラダラの流れる汗を拭うことを忘れ、私は問う。


「今って、昭和じゃないですよね?」

そんな、ありえないことを。

お願い、否定して。何の冗談だと笑い飛ばして。

気付けば、両手の平を強く握り締めていた。


「そうか、よっぽど辛いことがあったんやな……。今は、昭和十九年の五月やで」


昭和十九年、つまり一九四四年!

……今って、戦時中! まさか、タイムスリップ? いやいや、そんなわけ……。


バタン!

あまりにも現実離れした出来事に、気付けば私の意識はまた遠のいていた。

そんなことが起きて良いのは、小説の中だけだよー! そんな考えを、こだましながら。

八十年越しのラブレター

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