「夢のバランス?」
車は大通りではなく、人気のない裏道を通る。暗い夜道を前照灯を上向きで駆ける。少し開いている車窓からの夜風がとても気持ちいい。
「ええ。今まで世界が生まれてから人類は夢や無意識と現実を、コンペイセイト(compensate)つまり、シーソーの様にバランスをとっていたけど、人間が意識や理性を近代化する過程で強くしていくにつれ、それが難しくなってきているの。それと……」
霧画は軽くこちらにウインクをして、
「ここからは私の仮説なのだけ…ウロボロス。ウロボロスとはこの世界と別の世界……夢の世界ね。それを統括しているいわば怪物で、その姿は、とてつもなく巨大な蛇なの。そしてその蛇は自らの尾を噛んで円になっているわ。同時にメルクリウスの蛇とも呼ばれ、太陽と月の両性具有の神でもあり、簡単に言うと現実の世界と夢の世界を統括しているの。その怪物はこの世界に今も棲息しているはず。何十億年と太古のシャーマンらによって、ウロボロスという怪物の力で夢と現実のバランスを何とかとっていたの。けれど、夢や無意識の力は物凄いのよ。魔法やお伽話の世界のような夢の世界を、恐らく今のシャーマンはその物凄い力を何らかの良くない方法で、解放しようとしているのだと思うわ。そのためシーソーのバランスは甚はなだしく崩れて、夢の世界が現実も歪めてしまっているのだと思うの」
私は正直……何を言っているのか解らなかった。無意識って何。突拍子もなくて現実的ではないので、理解することが難しかった。高校の数学の難解な授業をしていた栗本先生の話の方が遥かに解りやすかった。
「無意識とは、簡単に言うと意識できない世界よ。赤羽さんや他の人、全人類が持っているいわばもう一つの世界ね。誰も知らない世界なの。そう、裏の世界。もう一つの地球ね。それが良くない方法を使っているシャーマンの呪術で力を解放されて……もっと簡単に言うと、私たち、いえ、全人類は今も夢を見ているのかも知れないわ。全人類が眠っていて巨大な夢を見ているのよ」
霧画はしょうがないといった顔で、私のために解りやすく噛み砕いて言ってくれた。
「では、全人類がコーヒーを飲んでいるんですか」