今度、地獄で広部に出会ったら、聞いてみるか。
多分、広部はすでに亡者になっていたはずだから、獄卒の金棒によって、今じゃ半透明な人型の魂になっているはずだ。大叫喚地獄辺りをうろついているはずだ。
そうと決まれば、早速。明日にはクーラーバッグをクーラーボックスに替えておこう。これで焦熱地獄は大丈夫だろう。冷たい飲み物やアイスの他にドライアイスもたくさん買ってきて、また地獄巡りだ。
俺はそう考えると、音星の方を向いた。
音星は静かに目を閉じて考え事をしていた。
「火端さん。明日ではなくて、今行きませんか?」
「え?! 今ー!!」
「ええ、私調べたんです。地獄とこの世の時差というのを」
「そうなのか? どれくらい時差があるんだ?」
「8時間です」
「……。そいつは……じゃあ、今から行こうか!」
「ええ」
「その前に、八天商店街でクーラーボックスを買って、中に入れるドライアイスも買おうよ」
「ええ。それでは行きましょう」
俺は音星と二人で、玄関へ向かった。シロが俺たちの後ろを追いかけてきた。
古葉さんと谷柿さんが顔を見合って。
「もう、行くの? 早いぞ。まだ休んでろよ」
古葉さんが目を丸くしていた。
「こんなに早く行くのは、何か理由があるんだよね。気をつけてな」
谷柿さんが手を振っていた。
「もう、行くのか?」
おじさんが腕組みをした。
「落ち着きがないわね……もうちょっと、ここにいればいいのに」
おばさんが、心配顔をした。
「ほんとタフよねえ。火端くん……」
霧木さんがため息を吐いた。
「よーし、行こう!」
俺は音星とシロを連れ、夜中の暗くなった八天商店街へと向かった。
玄関口にある掛け時計は、22時を指している。
真夜中の八天街は、ここへ初めて来た時と同じくらいに不気味だった。なんだか、ぞわぞわしてしまう。
そういえば、ここは八天街だったな。
地獄に日本で、もっとも近い街と呼ばれているんだ。
居酒屋などの飲み屋がたくさんある裏道を抜けると、八天商店街まで音星とシロと大通りを歩いた。ビュー、ビュー、と、いつまでも、まとわりつくかのような夏の生暖かい夜風が気味悪かった。
俺は何か不穏な気分になって、首を向けると、隣を歩く音星は、ピンクのハンカチで時折首筋を流れる汗を拭いながら、静かに歩いていた。シロは尻尾をピンと上げて、今は俺たちの先頭を歩いている。
「なあ、音星?」
「はい?」
「なんで、俺と妹のために八大地獄巡りをしてくれているんだ?」
「ええ。ええ。それはもういいんですよ」
「え?!」
「実は、家に帰る途中だったのですよ」
「はあ? ひょっとして、地獄からかい?」
「ええ。実家の青森県まで歩いていました」
「……」
「火端さん? 私、何か変ですか?」
「いや、凄くいいやつなんだな……きっと……」
「ええ……そうですよね」
「?!」
ザッ、ザッ、ザッ、と後ろからまるで、箒で掃くような音が聞こえる。
おや? と、思って後ろを振り返ってみようと思うと、音星が俺のTシャツの袖を握って走り出す。
「火端さん! 走って!」
「ひっ! お、おう!」
後ろには足のない変な怪物が箒で木の葉を掃いていた。
何がどうしても、不気味過ぎる。
俺たちの周囲から、外灯の明かりが徐々に消えていった。
真っ暗になっていく大通りを、俺たちは戸惑いながら走って行く。
ビュー、ビュー、と、吹いていた生暖かい風も、いつの間にか止んでいた。
「シロ! 頼む! 八天商店街まで走ってくれ!!」
「ニャ? ニャー!!」
シロは大通りを八天商店街まで、まっすぐ走って行った。俺は、夜道をシロが八天商店街まで、安全な通路で導いてくれているかのような気がした。
俺たちは、必死にシロを追い掛けた。
街の至る所から、獣のような獣じゃないような生き物の咆哮がする。
胸のざわざわ感が酷くなって来た。
一本の角が生えた鬼や、鼻の長い天狗などの妖怪の大きな影が飲食店や本屋、ビルなどの窓に映っていた。
「まるで、百鬼夜行じゃないか?! 音星! 全力ダッシュだ!!」
「はい!」
全速力でシロを追い掛けると、目の前に明かりが浮かんだ。
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