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『鼓動』
我が身はうつろはぬ者より出でしもの。
排斥されて、追い立てられ、何処にも行き所なき。故に他人の居所を得るほかなり。
是れは九尾、汝も同じなりや。
我ら妖は人に迫害されんが為のみに生を宿す。
如何に憤ましむべし。
然れども、何ゆえか。
汝は人に寄り添う。
何ゆえに人の愛を受ける。
何ゆえぞ。何ゆえに、人を選ぶぞや。
いかにしても人は醜く、裏切ると申すのに。
しかし、汝の姿はなんと哀れで美しい。
故に今世に於て、我が汝を醜くき人々より守ろう。
※※※
『思い想われ〜マツバカンザシ〜』
人は驚きを通り越すと声が出なくて、一周回って冷静になるのだなと思った。
朝、目を開く前に思ったのが暑いと言うこと。
布団ってこんなに暑くて、硬かったかなと思いながら目を開けると──。
私の目の前、おでことおでこがくっつきそうな距離に杜若様がいた。
一瞬夢かと思ったけど、丸窓から差し込む朝日。鳥の囀り。すやすやと眠る成人男性の圧倒的な存在感を目の前にして、これは現実だと思うと、眠気はすっ飛んでしまったのだった。
そして私は悲鳴もあげることもなく、固まってしまった。
そのまま杜若様の顔をただ見つめてしまう。
こうして顔を合わせてちゃんと会うのは、二週間ぐらいぶりだろうか。
出会ってから、あっという間に日々が過ぎてしまった。
「ご挨拶ぐらい行けば良かったな……ちゃんとした生活をさせて貰っているし……皆様優しいし。杜若様、ありがとうございます」
眠る杜若様にお礼いいつつ。
それはそれとして。
まだ起きない杜若様の寝顔を見入ってしまった。
杜若様は男の方だと言うのに、間近で見ても肌はきめ細かく、まつ毛が長い。
目を瞑っているせいか、筋が通った鼻筋も薄い唇も、いつもよりずっと作り物めいた綺麗さだった。
「寝ていても綺麗とか反則じゃないですか……」
しかも、まとめている艶髪は解かれていて、顔の輪郭や首筋にさらりと流水の如く、清らかに黒髪が垂れていた。
真っ黒のつやつやの黒髪。
羨ましい。
さて。朝抜けに若様のお顔をじっくりと拝見した。偽物とかではない。本物の杜若様。
夢なんかじゃないとよく分かった。
だから、そろそろこの状況をなんとかしなければ。
杜若様が何故ここにいるのかは検討が付かない。
服装が隊服なのできっと、本邸の自室とこの部屋を間違ったのだろう。
杜若様は何やらお忙しいと聞いていたから、多忙ゆえに判断を誤ったのに違いない。
その他の理由などなにも思いつかない。
今回はそう言うことなんだろう。
それしか考えられないと思った。
私の背後に回った杜若様の手をそっと掴み。
ゆっくりと横に置き。密着した体を慎重に離し、のろのろと布団の外へと這い出そうとすると。
がしっと急に腰を掴まれた。
「ひゃいっ!?」
「まだ、寝ていろ……」
気怠い杜若様の声と同時に、ずるずると布団の中に戻された。
布団へと引き摺り込んだ張本人はなんと、私の胸に顔を埋めた。
その体制でまた、すやすやと眠り始めるから流石に恥ずかしくなった。
「っ、杜若様っ。離して下さい。それ以上は、朝から不健全ですっ。私は寝具ではありませんから!」
ぐいっと腕を前に突き出して、なんとか杜若様から離れて、やっと布団の外へと脱出した。
はぁはぁと壁際により、少し乱れてしまった浴衣の袂や裾を整えていると杜若様がむくりと起きて、ぐっと伸びをした。
「──よく寝た。こんな快眠は久しぶりだ」
落ち着いている杜若様に何か言いたい気分だったが、こんな状況になんて言っていいか分からず。壁にぐっと背中を押し付けて「そ、そうですか」と、ギクシャクしてしまった。
杜若様は私と同衾していたと言うのに、照れた様子も何もなく。
本当に私のことを寝具か湯たんぽぐらいにしか、見てないんだろうと思うと、なんだか朝から心がチクッとした。