テラーノベル
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第2話 「当たり前をやり直せ」朝のグラウンド。
いつもより30分早く集合がかかっていた。
「全員、整列!」
福間トオルの声が響く。
まだ眠そうな顔の部員も多い。
「今日は練習せん」
その一言にざわつく。
「グラウンド整備と、道具の確認や」
「……は?」
誰かが小さく漏らした。
それからの時間は、ひたすら整備だった。
雑草を抜き、ラインを引き直し、ベンチのゴミを拾う。
ボールは一球ずつ磨き、バットは拭き上げる。
「こんなんで勝てるわけねぇだろ……」
2年生の一人が吐き捨てるように言った。
福間は聞こえていたが、何も言わない。
ただ、同じ作業を一緒にやっていた。
昼前。
ようやく全員を集める。
「終わったと思うやつ、手ぇ挙げろ」
数人が手を挙げる。
福間は無言でグラウンドの端を指差した。
そこには、まだ小さなゴミが落ちていた。
「“これくらい”を見逃すチームは、“ここ一番”も落とす」
静かな声だった。
だが、誰も反論できない。
午後、ようやくボールを使った練習が始まる。
だが内容は単調だった。
キャッチボール。
ゴロ捕球。
送球。
ひたすら繰り返す。
「もっと打たせろよ!」
「こんなの中学でもやってたぞ!」
不満はどんどん膨らんでいく。
その空気を感じながらも、小早川啓介は黙ってボールを受け続けていた。
ミットに収まる音。
わずかなズレ。
指先に伝わる感覚。
(……全然できてない)
自分でも分かる。
捕れている“つもり”だった。
でも、福間の目は違った。
「小早川」
名前を呼ばれ、はっとする。
「今の送球、なんで逸れた?」
言葉に詰まる。
「……体が流れてました」
「違う」
即答だった。
「準備が遅い。捕る前から勝負は始まっとる」
その一言で、頭が真っ白になる。
その後の一本。
構えを変える。
意識を変える。
捕る前から、送球までをイメージする。
――パシッ!
今までとは違う音が鳴った。
「それや」
初めて、福間が小さく頷いた。
日が傾き、練習終了。
部員たちは疲れた顔でベンチに座り込む。
「きつすぎだろ……」
「こんなん続くのかよ……」
だがその中で、啓介だけはミットを見つめていた。
(さっきの感覚……)
確かに、何かが変わった。
ほんの少し。
でも確実に。
グラウンドを出るとき、ふと振り返る。
朝とは違う景色だった。
整えられた土。
揃えられた道具。
まだ弱いチーム。
でも――
(変わり始めてる)
その様子を、少し離れた場所から見ている人影があった。
理事長・立花修造。
隣には福間。
「どうだ」
短い問い。
福間はグラウンドを見つめたまま答える。
「まだ、0やな」
一拍置いて。
「でも、0から1にはなる」
夕焼けが、水路を赤く染めていた。
柳城の再建は、ようやく動き始めたばかりだった。
第2話 終
#高校生
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