テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あ、ありがとうございます……氷室先輩」
「……なぜ俺の名前を知っている」
「それは、入学式の日に一目惚れして……あ! い、今のなしです!」
また口が滑った! 私、バカすぎる!
でも、先輩は「フン」と鼻で笑っただけで、今度は私のノートを自分の方へ引き寄せた。
「……ひなた、だったか」
「えっ、名前、知っててくれたんですか……!?」
「名札を見ればわかる。……おい、ここ。公式が違うだろ」
初めて名前を呼ばれて、心臓のバックンバックンが止まらない。
それから30分。先輩は口は悪いけど、教え方は驚くほど丁寧で、私のバカな質問にも全部答えてくれた。
「……今日はここまでだ。明日もここに来い。今のままじゃ赤点確実だからな」
「明日も……いいんですか!?」
「……俺が教えると言っている。文句があるのか」
「ないです! 絶対に来ます!」
嬉しくて立ち上がったその時、図書室の扉が勢いよく開いた。
「氷室くーん! 一緒に帰ろうって言ったじゃなーい!」
派手めで可愛い先輩女子たちが、氷室先輩の周りを取り囲む。
一瞬で華やかになる空気。
さっきまで私と先輩だけだった「二人きりの空間」が、一気に壊れていく。
(……やっぱり、先輩は遠い人だ。私なんかが隣にいていい人じゃない)
さっきまでの幸せが、急に冷めていくのがわかった。
「あ、あの……じゃあ、失礼します」
逃げるように図書室を飛び出そうとした、その時。
「待て」
低い声が響いて、私の手首がパッと掴まれた。
冷たい、でも、確かな体温。
「……約束しただろ。明日、忘れたら承知しないからな」
先輩は、取り巻きの女子たちには目もくれず、真っ直ぐに私だけを見ていた。
(……え。いま、先輩……私を優先してくれた……?)
612
3,714