コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『血塗られた戦旗』への渡った装備の詳細を聞いて、マーガレットは首を傾げるだけだった。まあ当然である。名前を聞いて理解できるのはハヤト=ライデンかレイミ=アーキハクトくらいだろう。
「この試作戦車、FT-17とは一体何ですの?マークIVと違いがありまして?」
「技術革新による画期的な戦車と言って良い。『暁』からの資金援助のお陰で試作まで漕ぎ着けた逸品だよ」
FT-17戦車は第一次世界大戦の最中、1917年頃にフランスが実用化した画期的な戦車である。
これまで主に射角で運用上の問題があった砲塔を、360度旋回可能なものにして砲の死角を無くした。
また、戦車内部にエンジンが存在したために騒音と熱気が乗組員の負担を強いていた現状を改善するため隔壁で戦闘室と機関室を分離して配置。
足回りも改善されており、高い機動性を獲得するに至る。その姿は現在イメージされる戦車の外見そのもので、以後各国の戦車開発に大きな影響を与えた。
「戦車砲そのものは37ミリでマークIVのそれより小型ではあるがね。機動性と取り回しの良さは保証しよう。ついでに乗員は二人で済むから、マークIVより人員を取られないのも魅力的だとは思わないかね?」
興奮気味に話す父を見てマーガレットは溜め息を吐く。
「お父様、兵器の詳細を話されても理解できませんわ。お父様が作るものは画期的すぎますので。よって、これだけ教えてくださいませ。マークIVよりFT-17の方が高性能なのですね?」
「FT-17はあくまでも軽戦車に分類されるので、比べるのはナンセンスであるが、まあマークIVより実用的であるな」
「販売予定金額は?」
「決めておらんな。マークIVに比べて小型で工数も少ない。半分程度であるかな」
「詳しい工数などを後程提出してくださいませ。値段を決めますので。それで、次は榴弾砲ですわね
。このM1917C 155mm榴弾砲とは?」
「うむ、我が社が開発したQF4.5インチ榴弾砲をより大口径にしたものであるな」
QF4.5インチ榴弾砲が約120ミリであるのに対して、M1917C 155mm榴弾砲はその名の通り155ミリで威力と射程が向上している。
「オリジナルは射程十一キロ以上であるが、それは再現できなかった。それでも八キロは固いぞ」
「QF4.5インチ榴弾砲の二倍ではありませんか!ああ、頭が痛い。そんなものを格安で売り渡すなんて!性能表を直ぐに用意なさってください!暁に知らせて参りますわ!」
「うむ、是非とも購入の購入を検討するよう伝えてくれ。自信作である!」
「何を呑気な!」
大きな声を出した愛娘にハヤトは瞠目する。それに構わずマーガレットは言葉を続けた。
「お父様、商売を行う相手は良く良く吟味なさってくださいませ。今回の件は見方によっては私達が『血塗られた戦旗』に肩入れしたようにも見えるのですよ?それをシャーリィが知ればどう思うか」
「むっ」
「石油でしたか。あれも他に見付かっていない以上、『暁』との関係悪化は避けるべきです。ただでさえ無秩序な商売で恨まれているのですから」
愛娘の警告に首を傾げるハヤト。
今一理解していない父を見てまた盛大に溜め息を吐いたマーガレットではあったが、今はまだ時間が惜しいと考え直した。
「とにかく、今日中に『黄昏』へ向かいますので資料をお願いしますわ」
「うっ、うむ」
その日の内にマーガレットは『血塗られた戦旗』へ渡った試作品の性能を示す書類を携えて『黄昏』へ向かう。
帝都駅から機関車に乗り、シェルドハーフェンを目指した。如何に機関車と言えど、シェルドハーフェンまでは三日を要する。
とはいえ馬では一月以上掛かるのである。その恩恵は計り知れない。
「電信を後回しにしたのは失敗であるなぁ。急いで作らねば」
愛娘の背を眺めながらハヤト=ライデンは呟く。
近代化に欠かせないのが電信に代表される情報伝達の革命である。
電信そのものは十年前から研究開発を開始していたが、兵器開発を優先したためどうしても後回しになっていたのだ。
「それで、研究の方はいかほどかね?」
傍らに控えている技師に問いかけた。
「昨日凡そ五百メートルでの実験に成功しました」
「ならば後は電線の拡張であるな?予算を増やす。速やかに電信網の設営に取り掛かるのである」
一方『ライデン社』の騒動など知るよしもない『暁』は、次なる手を考えつつあった。
「これで攻撃が終わりとは思えません。それに、先日のような攻撃をまた受けては堪りません」
「はっ。現在可能な限り人員を動員し、各陣地の強化に努めております」
シャーリィはマクベスを伴って激戦のあった北部陣地を視察していた。
多数の人員が工具を片手に塹壕を更に張り巡らせ、砲撃に備えてコンクリートを用いたトーチカの建設も行われていた。
「『黄昏』から追加で人足を動員します。ただし、工作員が紛れ込む危険があるので、単純な作業しか任せられませんが」
「はっ、有り難く。臨時の人員は中核部の建設には用いず外郭の塹壕堀を任せましょう。それだけで信頼できる人員に余裕が出来ます」
「それでお願いします、マクベスさん。それと、戦車を敵にした場合の備えもお願いします」
「有用性を立証できましたからな、敵が使わない道理はないと」
「その通りです」
「畏まりました。戦車隊の連中と話をしてみます」
「お願いします」
視察を終えたシャーリィは、そのまま『大樹』の慰霊碑を参り、農園を見て回る。
日々拡大を続ける農園は様々な農作物を産み出し、従事する作業員は既に四百人を越えていた。
シャーリィはこれらの人員を軽視せず、衣食住を保証した上で充分すぎる給金を支払っていた。
大半が元奴隷であり、シャーリィに救われた彼らの忠誠心は幹部クラスすら上回ると言われている。
もちろん不埒者も居るには居たが、それらは速やかに処理されている。
「お嬢様、必要ならばロウめにお命じくださいませ。直ぐに人員を融通しましょう」
穏やかな笑みを浮かべる眼鏡をかけた老人。アーキハクト伯爵家の庭師であり農園の管理を一任されているロウとベンチに腰かけて作業を眺めるシャーリィ。
真夏ではあるがまだ朝早く、暑さも多少は和らいでいた。
「ありがとう、ロウ。今は問題ありません。暑い季節になりましたから、休息や水分補給に注意してくださいね」
「心得ておりますとも、お嬢様。皆無理をせず身体を休めながら作業に従事しておりますので」
「それを聞いて安心しました。皆さんの成果は『暁』の貴重な資金源。要望があれば可能な限り叶えますので、引き続きお願いしますね」
「畏まりました」
真夏の朝、シャーリィは気晴らしに視察をしながら過ごす。次なる戦いに備えて考えを巡らせながら。
彼女の下に凶報が届くのは、この日から三日後のことであった。