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あなたが街へ出て行ってからのこの二年、我が神社の日常は、いよいよ加速してにぎやかになってきました。
あなたが去って寂しさに浸る暇もありません。
先週の火曜日の夕方、境内の掃除を終えて拝殿を見上げたときのことです。茅葺き屋根の頂点に、身長五十センチほどの小さな影が立っていました。
頭が大きく、体が細く、全身が綺麗な鮮緑色をした人影です。いわゆる「グレイ」と呼ばれるタイプの宇宙人でしょうか。
彼は夕暮れの空を見上げながら、細い手でしきりにアンテナのようなものを弄っていました。私が「これー! 屋根に登ったら危ないでしょ! 茅が傷むから下りてきなさい!」と声をかけると、緑の小人は驚いたようにこちらを見つめ、大きな黒い目でパチパチと瞬きをしました。
そして、手に持っていた小枝のような装置からヒュンヒュンと妙な電子音を響かせると、まるで重力を無視するようにふわリと空中に浮き上がり、そのまま境内の大杉の梢へと消えていきました。
父にそのことを報告すると、父は温かいお茶をすすりながら、気にした風もなくこう言いました。
「ああ、また調整に来ていたのか。夏場は地下の円盤の冷却システムが熱を持ち熱くなるからな。彼らもメンテが大変なんだろう」
「そんなものでしょうか? 私はまだ慣れません」と答えました。我が家では、屋根の上の宇宙人も、庭を横切る野良猫と同程度の日常として扱われているのです。
神社の境内では、夜になると時折、地面が「ブーン」という低い重低音で振動することがあります。村の人々はそれを「大蛇様の地鳴り」と呼び、豊作の前兆としてありがたがっていますが、違います。あれは地下のエンジンがアイドリングを起こしている音です。
山奥からは雪男の「ウフ、ウフ」という咆哮が聞こえ、夜空には時折、ジグザグ軌道を描く謎の発光体が舞う。
それが、いま私たちが生きている日常です。
ここまで書いて、ようやく私はあなたに一番伝えたかった「本当の気持ち」に辿り着きました。
あの日、中学の卒業式の帰り道。
川沿いの桜並木の下で、あなたは私に言いましたよね。
「一緒に街の高校へ行こうよ。こんな何もなくて閉ざされた村、早く出てしまおう」
私は笑って首を振りました。「私は家を継がなきゃいけないから」と、素っ気ない嘘をついて。
この時点で、私はまだ村を出ようと思っていました。でも地下のそれを見た夜、その考えは消えました。
あのとき、あなたの寂しそうな、そしてどこか裏切られたような顔を見るのが本当に辛かったです。私は本当は、あなたと一緒に街へ行きたかった。最新の服を着て、大きなカフェでパフェを食べて、電波のよく通る部屋で夜遅くまでスマホで話をしたかった。あなたと一緒に、広い世界へ羽ばたきたかったです。
でも、私にはできなかったのです。
我が家に伝わる文書を開き、村の真実を知ったとき、私は悟りました。
もし私がこの村を捨てて街へ出てしまったら、誰が地下の円盤の機嫌を取るのでしょうか? 誰が冷却システムの異常を知らせる符を貼り、誰が定期的に山奥へ登って雪男に干し柿を届け、暴走を防ぐのでしょうか?
もし我が家が管理を放棄すれば、地下の巨大円盤はオーバーヒートを起こして爆発するか、バリヤーが消滅して外の世界に未曾有のパニックを引き起こしてしまうでしょう。雪男も干し柿を求めて人里へ下り、大騒ぎになってしまうかもしれません。
「私はこの村の神官として、地下の円盤と雪男の機嫌を取り続けなければならないの」
それが、私がこの地に留まる理由です。
この狂気としか言いようのない、けれどどこか愛おしい日常を一人で背負い、この村の平穏を守ること。それが、我が一族に課せられた宿命であり、私が選んだ生き道なのです。
そして――何より。
この村の防護バリヤーが保たれ、地下の円盤が静かに眠り続けているからこそ、下流にあるあなたの住む街の平和も守られているのです。
あの日、あなたが川沿いの道を下っていく背中を見送りながら、私は一つだけ願いました。
「せめて、この川の先だけは何事もありませんように」
その願いを守れる場所が、この村しかなかったのです。
あなたが街で安全に暮らし、美味しいものを食べ、新しい友達と笑い合えるように。私はここで、緑の小人に小言を言い、雪男に干し柿を与え、地下のエンジン音を子守唄にしながら、祈り続けています。
あなたが好きだったこの村の風を。あなたが旅立っていったあの美しい川を。そして、あなた自身を、私はこの秘境の神社から守り続けます。
手紙がすっかり長くなってしまいました。便箋はもう厚みでパンパンです。
この手紙をどうやってあなたに届けようか、少し考えました。
普通に切手を貼ってポストに投函することもできます。でも、地下の円盤の影響で通信や郵便すら時折怪しくなるこの村です。それに、こんな危険で奇妙な極秘文書を、一般の郵便機関に乗せるわけにはいきません。
だから私は、父が昔作ってくれた、小さなヒノキの木箱を使うことにしました。
手紙をしっかりとビニールで包み、油紙で二重に覆ってから、木箱の中に収めます。隙間にはミツロウを塗って、完璧な防水加工を施しました。
この手紙を書き終えたら、私は拝殿をあとにし、村の外縁を流れるあの川へと向かいます。
あなたが春、小さなカバンを抱えて下っていった、あの川沿いの道。
我が村と外の世界を繋ぐ、唯一のルートです。
私は橋の上から、この手紙の入った小さな木箱を、そっと川の流れに浮かべるつもりです。
この川は昔から、不思議と送りたい相手の近くへ流れ着くと言われています。
木箱は水煙を上げながら、清らかな山水に乗ってゆらゆらと揺れ、盆地の境界線を越えていくでしょう。山々のシールドを通り抜け、鬱蒼とした渓谷を急流に乗って下り、やがて広大な平野へ――あなたの住む街の、あの川の河川敷へと辿り着くはずです。
もし、あなたが学校の帰り道や週末の散歩で川べりを歩くことがあったら、どうか水面を探してみてください。
小さなヒノキの箱が、ぽつんと流れてきたら、それが私からの手紙です。
街の生活は楽しいですか?
友達はたくさんできましたか?
私の知らない新しい世界のことを、いつかまた教えてくださいね。
手紙は川を流れますが、私の心もまた、いつでもその川の流れに乗って、あなたの元へと向かっています。
今日も雪男は干し柿を欲しがり、屋根では宇宙人が何かを直していました。あなたはそんなことを知らずに、きっとコンビニでアイスでも買っているのでしょう。その当たり前が続くなら、それでいいのです。
暑い日が続きますが、どうか体に気をつけて。
二度目の夏を、あなたらしく輝かしく過ごせることを、この大蛇と雪男の集う小さな神社から、心より祈っています。
――あなたの幼馴染より。