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蓮司の手が、頬に添えられている。強くはない。優しげですらあった。
けれど──それが一層、恐ろしかった。
「……離せよ……」
かすれた声で言う。
喉が乾ききって、言葉が息に引っかかる。
「俺は……っ、もう、やだ……」
蓮司は返事をしない。
ただ、遥の震える目をじっと見つめていた。
(助けて、って……言えたら、どれだけ楽だろう)
(でも……言えない。そんなこと、許されない。だって俺は──)
遥の中に、過去の断片が雪崩れ込む。
——小学校の頃。
女子から話しかけられただけで、その子が標的になった。
「俺が笑ったから」「俺が嬉しかったから」
それだけで、誰かの世界が壊れた。
——中学の頃。
話したことのない男子が、保健室で、ふいに俺を見て言った。
「おまえ……ずっと見てると、ちょっと笑えるよな」
何の文脈もないその言葉に、俺は何も返せなかった。
それだけで終わったはずだったのに、
数日後、教室では「あいつ、変な目で見られてたらしい」と笑いが起きた。
机を蹴られ、椅子を引かれ、「気持ち悪い」と言われた。
声をかけられただけなのに。
……俺は、また、誰かを壊したんだと思った。
——高校。
蓮司の声。兄の手。日下部の視線。
日々が絡まり、崩れていった。
殴られ、笑われ、抱かれる。
名前では呼ばれず、身体だけが覚えられていく。
俺が、俺じゃないみたいに。
全部、頭の中で渦を巻く。
過去と現在が入り混じって、遥の中で境界が溶けていく。
「触れたら、壊れる……」
口の中で呟いた。
誰に聞かせるでもなく、ただ、自分に言い聞かせるように。
「欲しかったのは……あいつの声だけだったのに……っ」
涙が、頬を伝う。
それでも止まらない。心の奥底で、何かが剥がれ続けていた。
蓮司が、囁くように言った。
「なあ、遥。
日下部に、“ごめんね”って言えるか?
“おまえがまっすぐだから、壊した”って──言えるの?」
遥の唇が、震えた。
声が出ない。頭の中で、何百もの言葉が交差する。
(俺が汚した……俺が、欲しがったせいで……)
(……あんな夢、見なければよかった……)
「──違う……っ、違う……っ」
ようやく絞り出せた声は、喉の奥でちぎれた。
「俺は……あいつに、何もしてない……!
何も……してないのに……! ……俺が……壊したんだ……っ」
膝が崩れる。床に額が触れた。
泣きながら、遥は自分の言葉に怯えていた。
(もう、誰も……近づくな)
(優しくなんて……しないでくれ)
(それは全部、俺を壊すためにある)
蓮司の手が、髪を梳いた。
「ほんと、壊れてきたね。
でもさ──壊れても、生きられるんだよ。
俺が、証明してやるからさ」
遥は、黙ったまま泣いていた。
自分の中で何が壊れ、何が残っているのかも分からないまま。