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図書館の司書室に入ると、そこにはたくさんのもので溢れかえっている。本が棚に入っているのはもちろん、綺麗な布地や魔法の杖など、魔術に必要なものも。とても心を奪われてしまう。
魔導士のクラークは水晶に呪文を唱えると、欲しいものをだしてくれた。なんて気前のいい叔母さんなのだろう。
女たちは、男とは別の隣の部屋で着替え始めた。コートと分厚いズボンも全てサイズがぴったりで、皆喜んで着ている。
それからアンジェはドミニックに火傷を治療されて、空へ飛びたくなるほど晴れやかな気持ちになった。
氷の入った袋を包帯で巻いて固定する。試しにその状態で魔法を使ったら、大きな竜巻は無理だが風を起こすことができた。
妹が喜んでいるのを見ると、兄のドミニックとしては気持ちが舞い上がってしまう。
「魔法が使えてよかったな、アンジェ」
「はい、ドミニックお兄様。頑張れそうです!」
二人は抱きつき合っていて、シプリートは羨ましく感じてしまう。
彼ら二人は兄妹であり、こんなこと当たり前なのだがドミニックは男に横暴な奴なのでどうにも腹が立ってくる。足でダンと強く床を叩き、二人を黙らせた。
二人はビクッと肩を揺らして、顔を見合わせる。そしてクスクスと笑ったが、そんなこと気にしている場合ではない。先に進まないと。
「よし、行くぞ」
「馬車は図書館の前に止めてあるのを使いなさい。唯一壊れなかったものよ」
「何から何までありがとうございます」
「ふふふ。いいのよこれくらい。さあ、お行きなさい」
シプリートたち五人はクラークに手を振ってお別れをし、外に出た。
彼らの背中を見ていた魔導士は、死んでしまった孫を見ているように思えた。懐かしくて、目から涙が溢れてしまう。もう会えない孫に重ねて、彼らにも優しくしてあげないといけないわねという考えが根本にあったのだ。
四人は馬車に乗り込む。
シプリートは手綱で馬を叩き、走らせた。馬車のタイヤはクルクルと回転し、進んでいく。
その様子を暗い影が見ていた。アズキールだ。彼は全く表情を変えずに、図書館の屋根の上から眺めている。今までのことを振り返っていた。
「ふっ……あの女は使えるな。さすが私がずっと好きだったエンジェルちゃんだ。しかしなぜアイツらを助けたんだ?まだ、前の意思が残っているのかな?そんな記憶、消してやるよ。俺好みの残虐で無慈悲な女にしてあげるからね。全て終えたら、結婚式をあげようぜ」
アズキールは人間が憎いので、それらを躊躇なく潰せる姫が欲しいのだ。それが彼の理想である。何より、シプリート。彼が二番目に憎い。
シプリートとアズキールは表裏一体。唯一夢の中でのみ、記憶を共有することができる。
この二人、元は同じ体から生まれた同一人物である。
今から34年前。シプリートが産まれた。
当時ルミリア国には病院というものはなく、館の寝室で子供を産んだ。父が励ましつつ、母親は命懸けで男の子を産んだ。これで王様の後継ができる。
しかしその子供は瞳の紫色以外は母親にも父親にも似ておらず、髪の毛は黒で全身黒いオーラに包まれていた。赤ん坊なのに全く泣かない。
ミルクはたくさん飲んだが、表情が石のように堅いのを見て、両親は恐怖のあまり顔が青ざめてしまう。この子は、呪われているのではないだろうか。
そこで大賢者を呼び、息子の様子を見せて尋ねた。すると彼は目を丸くして、息子を持ち上げ胸の中でゆする。感情が全く動かない。
大賢者は額から汗を流して、青ざめた様子で話す。
「これは、闇属性のオーラだ。しかも強烈で、世界を滅ぼしかねない魔力……恐ろしや……。放置して育てれば、この子は闇に依存して残虐非道の悪人になってしまう」
「ではどうすればいいのだ!私の息子を皆殺しにする気か!」
父のプロストフは机を叩き、切羽詰まった声で怒鳴った。息子が目の前で殺されるなど見たくもない。大賢者は焦って首を横に振る。
「いえ、とんでもない。この子を二つに分けるのです」
「二つに分けるだと?」
「どういうことですか?」
両親が尋ねると、賢者は隣にいた錬金術師を紹介。すらっと背が高いイケメン金髪で、好青年な印象を受けた。神父のような、柔らかい口調で語りかける。
「私がこの息子さんを二つに分けます。魔力のない片方はお二人に、魔力しかない方は大賢者様が地下のどこかに封印しておきます。私がしても良いのですが、体力を全て使うと思います」
「彼は私の友人で、とても優秀だからね。安心しなさい」
錬金術師が難しい呪文を唱えて、魔力を息子のシプリートの方に向ける。
しばらくすると、息子の体が赤毛の男の子と黒髪の男の子に分かれた。錬金術師は魔力を使い果たし、その場でぐったりと寝込む。
大賢者は黒いオーラを放つ黒髪の方を抱えた。
「ではこの真っ黒いオーラの男の子は封印しておこうかの。その子を頼んだぞ」
「おぎゃーおぎゃーおぎゃー!!」
やっと赤ん坊らしく泣くことができたシプリート。もう一人のシプリート(現在はアズキール)は、地下に封じ込められその上に御神殿が建てられ魔法の力で祀られることになった。
しかし時が経つとその場所に栄えた町ができ、人々が住み始め賑やかになった頃。この神殿のことはすっかり忘れ去られていた。
「ん?なんだこの神殿……壊していいよな?」
工事をする人がその御神殿を大掛かりで壊したため、魔力が流れ出る。アズキールは19年後に目を覚ました。
祠から抜け出し、工事現場の人間に闇属性をふりかけ次々と消していく。地面から黒い触手を生やし、触手たちが次々と潰す。
アズキールは、シプリートの人間に対する憎しみや怒りで出来ている。だからシプリートは怒ることも憎むこともしなくて済んでいた。
アズキールが全てを吸収する役目である。
彼は人間を潰して、満面な笑みを浮かべていた。