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閑静な住宅街。そこに停まっている、一台の黒塗りの車。運転席には、グレーのシャツを着た無表情の男。後部座席に座っているのは、花の意匠のネクタイピンをつけた高校生の男。上質な制服に身を包み、優雅に腰かけ、窓の外を眺めている。
「ああ、来たね」
前方から歩いて来る二人の小学生に、口元に微笑を浮かべる。
「どちらですか?」
「不機嫌そうな方だよ。彼には、花を生み出す異能があるようだ」
少し先の交差点で別れ、一人になった少年がこちらの方へ向かって来る。
「柊、予定通りに」
「ええ」
柊、と呼ばれた無表情の男は眼鏡を外して少年を見る。瞬間、少年はその動きを止めた。トロンとした目は何も映さず、表情が消える。
「かかりましたね」
そう言って柊は運転席から降りると、歩道側に回って後部座席のドアを開ける。
「乗りなさい」
一言、高校生の男がそう言うと少年はすぐに足を動かして車に乗り込み、ちょこんと座った。それを確認して柊はドアを閉め、運転席に乗った。
「では、久世。例の場所に向かいます」
「行きましょう。もう、準備は整っていますから。君は寝ていなさい」
高校生―――久世の言葉に、少年の瞼が閉じると、久世に寄り掛かって寝始めた。
車は、製薬会社の建物の敷地内へと入っていく。停車すると、その付近にある研究所のような施設の方から研究員が数名、キャスター付きの搬送用ストレッチャーを押して向かって来る。
「お待ちしておりました」
その中の一人、年配の男性が久世に頭を下げ、後部座席のドアを開けた。別の若い研究員が眠っている少年を抱き上げると車から出し、ストレッチャーに乗せ、そのまま研究施設の方に向かって行った。
久世と柊も車を降り、年配の研究員と共に歩き出す。
「準備は済んでおります」
「ご苦労」
「しかし、花を生み出す異能力など、珍しくもないでしょう? 何故、彼を?」
「彼が生成する花は多岐に渡る。それに、その花の持つ成分を抽出することができ、その成分は通常のものよりも強化されている。命の霊薬へ近づけるかもしれない」
「前回の水の異能力者は、すぐに使い物にならなくなりましたからな。今回は小学生。どこまで耐えられるものか」
「これは実験だよ。過程と結果から分析できるもの、それによって得られるものともたらされるもの。全てに価値があるのだから。失敗という価値も、こちらにとっては重要なことをお忘れなく」
「失礼いたしました」
施設に入り、廊下を歩き、エレベーターで地下へ降りる。通路の先にある部屋の中に入るとそこは、機械が並ぶ狭い室内だった。大きなガラス窓の向こうで研究員たちが忙しなく動き回っている。
ガラス窓の向こうは広い無機質な空間で、その奥、中央付近に置かれた椅子に、先ほどの少年が枷で拘束されているのが目に移る。ガラス窓の横に設置されたドアから出て行くと、久世は真っすぐに少年へ近づく。
うっすらと、少年が目を開けた。
💙「……誰……?」
「君にはこれから、大切な役割を担ってもらう」
💙「やく、わり?」
「そう。君にはたくさんの花を作ってもらう。そう、たくさんの、ね」
それだけを告げると久世は少年から視線を逸らし、研究員の方を見る。
「では、始めましょう」
研究員が来たことで、入れ違うように久世は再び、ガラス窓の向こうにある部屋へ向かった。
ガラス窓の前に設置されている機械の操作をしている研究員の後ろ姿を見ながら、壁際にある質のいい椅子に腰かける。
「柊は、参加しないのかい?」
「データだけいただければ問題ありません。自ら動くタイプではありませんから」
「君は分析の方が得意だったね」
「ええ。手元にあるデータから推測し、検証し、結果を得られる方が性に合っています。適材適所ですよ。ここの研究員の手際の良さは称賛に値します」
「相変わらず、君は素直に褒める」
「称賛はその場で、と決めていますから」
「そうだったね。その姿勢は私も見習おう」
「……あなたが?」
「おや、心外だな。上に立つ者として、必要なものだろう。決して、暴君であってはいけない」
「久世の者らしいですね」
眼鏡を直す柊を見、久世はガラス窓の向こうに視線を移した。
生成された花を持って行って成分を抽出し、また花を生成させて、それを持って行って成分を抽出……ということを研究員たちは繰り返している。
それを専用の機械にかけることで、こちら側にデータが蓄積されていく。
「あの少年、案外、多くの花を生成しますね」
「ええ。小学生であれだけの異能を使えるというのは、素晴らしい。しかし、そろそろでしょう」
そう言った久世の目に映る少年の手の甲に、赤い花が咲いているのがわかる。それも、生花ではない。それはまるで宝石で出来たかのような小さな花。
「オーバーロード……続けますか?」
問われ、返事をせずに久世は少年を見続ける。
一つ、花を生成すると、結晶のような花が一つ、腕に咲く。次も同じ。つまり、一気に進行するタイプではなく、段階を踏んでいくオーバーロードということ。
「まだいい。生成にも抽出にも時間がかからない。それにオーバーロードが、あの速度での進行となれば、全身に咲かなければ問題ないかと」
「簡単な催眠しかかけていないので、持続時間はありませんよ」
「もとより、そこまでの時間をかけるつもりはないよ」
そうして話をしている時だった。ガラス窓の向こうの部屋の、右手側にある扉が凍り付いたのは。その次の瞬間には、扉はガラガラと音を立てて崩れていく。
「ここまでか」
ゆっくりと立ち上がる久世。柊もすぐにその場を離れて機械を操作している研究員に近づき、SDカードを受け取ると、ドアの方に向かった。
「では、あとは任せる」
それだけを告げ、戦闘の音を聴きながら、久世と柊は部屋を後にした。