ありえない光景を目の前にして、私の全身に鳥肌が立っている。
「なに、これ……」
「あーうー、ママー」
「――――ッ!」
おしゃぶりをつけた赤ちゃんの抱き人形が私の足にしがみついてきた。
感情のないクリッとした目が私をじっと見ている。
「ママー、だっこー♪ だっこー♪」
「やだ!」
私はその赤ちゃんの抱き人形を振り払った。
しかし体に力がうまく入らず、私は尻もちをついた。
ドンッ! という音を立てて倒れた私を見て、
それまでキャッキャと遊んでいたぬいぐるみや抱き人形たちが一斉に私を見た。
感情のないおびただしい数の眼球が、こちらを見てくる。
「ママだ。ママだー♪ ママー♪ ママー♪」
たどたどしい足取りで彼らが私の方に近づいてくる。
「やだ! やめて! こないで! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
半狂乱になってリビングから出た。
だが私の身体は思ったように力が入らず、四つん這いになって玄関へと向かう。
それこそ自分が赤ちゃんのようになった気分だ。
だが廊下も同じような景色に変わっていたが、唯一、それが「正解」だと言わんばかりに、外へと通じる玄関だけがいつもの扉のままだった。
私はその玄関へと向かう。
そしてドアの取っ手をつかむが――
「な、なんで! なんで開かないの!?」
ドアは鍵とチェーンロックがかかりっぱなしだった。
しかし私は混乱してて、そんなのことにすら気づかない。
狂乱してドアをたたく。
「助けて! 助けて! 誰か助けてぇ! いや! いや! いや! いや! いや! こんなのいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どこからともなくオモチャのガラガラが奏でる音が頭の中に反響する。
そして私の肩に誰かの手が触れた。
そして耳元にささやくような声。
「あそぼうよ、一花ちゃん♪」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
何かのはずみでドアが勢いよく開いた。
その勢いのまま、私の身体は開いた玄関から放り出された。
「あぅっ――!」
全身をしたたかに打ち付けてしまい、衝撃で身体を起き上がらせることができない。
ふとトコトコと足音が耳に入ってくる。
「一花ちゃん?」
「仁美?」
逆光でよくは見えないが――、
私を見下ろす仁美の顔は薄く笑っているように感じた。
「どうしたの?」
「あ、あ、あー……」
「”あ、あ、あー?”。あはははははははは♪ 面白ーい♪ 一花ちゃん、赤ちゃんみたいだねー♪」
何かがおかしかったのが、仁美はケラケラと笑う。
だがそれに怒る気にすらならない。
むしろ今の理解不能な恐ろしい出来事を笑い飛ばしてくれるなら、その方がいいと思うくらいだ。
「あ、あれ?」
開け放たれた玄関から家の中を見る。
先ほどの恐ろしい出来事が嘘のように、家の中は何事もなく普通の状態に戻っていた。
室内の景観はもちろんの事、私に抱き着いてきたぬいぐるみや赤ちゃんの抱き人形も消えている。
悪い夢を見たというよりも、まるで奇術やイリュージョンでも見せられていたかのようだった。
「それだけ元気なら、学校行けるよね? 私、待っててあげるから、いこ?」
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