それから1週間が経った日の夕方。
外出していた透と洋平と吾郎が、オフィスに戻って来てドアを開ける。
「やあ、アリシア。今帰ったよ」
「お帰りなさ…え、ええ?!」
瞳子は3人の出で立ちに驚いて目を丸くする。
妙なアメリカンドラマの口調そのままに、3人の装いもアメリカンになっていた。
「どうしたんですか?その格好!」
ウイッグを着けているのか、透は赤茶色、洋平はロシアンブルー、吾郎はツンツンの金髪で、3人とも大きめのサングラスをかけている。
おまけに、どこでそんな服買ったんですか?と聞きたくなるような、ロックスター顔負けのジャケットにブラックのテカテカのパンツ。
(もし街で遭遇したら、絶対避けて通るわ)
そう思いながらポカンと見つめていると、デスクにいた大河が立ち上がって近づいてきた。
「じゃあ俺達も着替えようか、アリシア」
「はいー?!」
大河は透から何やら紙袋を2つ受け取ると、そのうちの1つを瞳子に手渡す。
「これに着替えて来て」
「は?どうして?」
「いいから、早く!」
背中を押されて隣の部屋に押し込まれる。
「何なのよ、いったい…」
呟きながら、とにかく紙袋の中を覗いてみる。
一番上に手書きのカードがあった。
『瞳子へ
私が見立てた衣装、絶対に似合うと思うわ。
写真送ってね。楽しみにしてるから。
良い一日を!
千秋 』
(は?千秋さん?)
何が何やら訳が分からない。
紙袋の中身を取り出してみると、ラメが眩いゴールドのロングワンピースとブロンズの長いウイッグ、そしてヒールの高いパンプスが入っていた。
「何の仮装なのよ、これー?」
思わず叫ぶと、「アリシア、早くしろ!」とドアの向こうから大河の声がする。
「瞳子ですってば!」
言い返しながら、ヤケクソになって着替える。
ウイッグをかぶってパンプスを履くと、鏡も見ずに部屋を出た。
「何ですか?これ。ハロウィンはまだ先ですけど?」
そう言って仁王立ちになると、予想に反して、おおー!と4人は目を見張った。
「さすがだぜ、アリシア」
「これはイケる!間違いない!」
瞳子はますます憮然とする。
「何がどうイケるんですか?」
「だから、アメリカンハイスクールドラマだよ。さ、行くぞ!」
「意味が分からないんですけどー!」
叫ぶ瞳子に構わず、4人はガッチリ周りを固めて瞳子をオフィスから連れ出した。
「え、ちょっと。どこへ?」
「いいから。さ、乗って」
車に押し込まれ、あっという間に走り出す。
「いやー、誘拐されたー!」
「うるさい!黙ってろ」
運転席の大河も、いつの間にか先日のようなハリウッドスター顔負けの装いになっていた。
しばらく走ると、海が見えてくる。
大河は海沿いにそびえ立つホテルの駐車場に車を停めた。
瞳子の周りを大河達4人が取り囲み、ホテルのロビーに足を踏み入れる。
ザワッとロビーの雰囲気がざわついた。
「ひゃー!何あれ、セレブ?」
「ハリウッド女優じゃない?ほら、ボディガードいるし」
ヒソヒソと囁かれる声を聞きながらエレベーターに乗せられ、30階のフレンチレストランの個室に通された。
スタッフがメニューを置いて退室すると、瞳子は4人を見渡す。
「いったい何がどうなってるんですか?」
「まあまあ、いいじゃないの」
「せっかくオシャレして高級レストランに来たんだからさ。楽しもうよ」
透と洋平がにこにこしながらメニューを開く。
「オシャレなんてしてませんけど!」
思わず大きな声を上げた時、コンコンとノックの音がしてスタッフが現れた。
「失礼致します。ご注文はお決まりですか?」
するとサングラスをかけたまま、大河がスタッフに話しかけた。
「Let’s see. What do you recommend?」
「あ、はい。えーっとToday’s special is…」
緊張しながら英語で返事をするスタッフに、ごめんなさいと瞳子は心の中で謝る。
「OK. Sounds nice. Well, I’ll have that. How about you? アリシア」
「I’ll have the same as you」
ぶすっとしたまま答えると、大河はあっさりOK!と頷きオーダーを済ませた。
スタッフが出て行くと、途端に皆は日本語に戻る。
「いやー、久しぶりだな。こうやってレストランで食事するの」
「そうだな。いつもオフィスで出前だもんな」
「たまにはいいよな、こういうのも」
瞳子は会話の流れを遮る。
「よくありません!悪趣味ですよ。外国人のフリするなんて」
すると洋平が、改まって瞳子に向き直った。
「まあそう言わずにさ。瞳子ちゃん、ずっとマスコミに追われて外に出られなかったでしょ?だから大河が気分転換にって、今回の外食を提案したんだ。身元がバレないように、念には念を入れて、こうやって変装してさ」
え…と、思わぬ言葉に瞳子は真顔に戻る。
「で、千秋さんに相談して衣装を借りてきたんだ。千秋さん、張り切っちゃってさ。これくらいしなきゃ、バレちゃうわって。けどあれは絶対楽しんでたな」
うんうん、と透と吾郎も同意する。
「そうだったんですか。皆さん、私の為に…」
思わずうつむくと、大河が笑いかけてきた。
「おいアリシア。君にはそんな顔は似合わない。ガハハって大口開けて豪快に笑ってな」
「大口って。私、ガハハなんて笑いません!」
その時再びノックの音がして、瞳子は慌てて居住まいを正す。
スタッフが料理を並べると、また皆は英語を使い始めた。
「Wow, it looks delicious」
「Enjoy your meal」
にこやかに笑いかけてからスタッフが出て行く。
「俺、こんなフランス料理初めて食べるわ。いっつもどんな格好して行けばいいか分からなくてさ」
前菜を食べながら吾郎がそう言うと、透が明るく笑う。
「こういう格好してればいいんだよ。またいつでも来ようぜ」
「この格好は不正解だと思いますけど?」
瞳子が思わず口を挟むと、あはは!と皆は笑い出す。
「確かに俺達は妙な仮装だけど、大河と瞳子ちゃんは正解だよ。どう見てもゴージャスなハリウッドカップルだ。ホテル側もきっと喜ぶよ。格が上がるし注目されるからな」
「そうでしょうか?私はバレないかとヒヤヒヤです」
するとふいに大河が顔を上げた。
「アリシア、サングラス取ってみて」
「え?はい」
かけたまま食事するのもマナー違反だが、スタッフがいつ入って来るかと気が気ではなく、外せずにいた。
瞳子がサングラスを取ると、大河がじっと見つめてくる。
「うん、違和感ない。瞳の色が綺麗なブラウンで日本人離れしてる。かけなくていいよ」
「え、大丈夫でしょうか?」
「ああ」
頷く大河に、透も身を乗り出す。
「大河も取ってよ。二人並んでみて。おー、さすが!二人ともそのままにしなよ。そっちの方が逆に怪しまれないからさ」
かけるのも失礼だし、と、瞳子はサングラスを外したまま食事を楽しんだ。
「はあ、美味しかった。もう大満足です」
最後のシャーペットを食べ終えて、瞳子が笑顔でお礼を言う。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。とっても素敵なひとときでした」
「どういたしまして。でも喜ぶのはまだ早いよ、アリシア」
「え?まだ早いって…?」
透の言葉に首を傾げた時、またノックの音がしてスタッフが入って来た。
手にしていた丸い皿を瞳子の前に置くと、かぶせてあったカバーをスッと持ち上げる。
瞳子は目を見開いて口元に手をやった。
皿の上にはイチゴが並んだ生クリームのホールケーキ。
そしてチョコプレートに書かれた文字は…
『Happy Birthday!』
(ど、どうして…)
スタッフが出て行くと、驚く瞳子に皆が笑いかける。
「誕生日おめでとう!瞳子ちゃん」
「あの、なぜそれを?」
「千秋さんだよ。もうすぐ君の誕生日なのに、オフィスに缶詰めなのは忍びないって」
「千秋さんが?」
「そ!だから俺達、こうやって計画立てたんだ。君の誕生日を楽しい日にしたくてね」
「そんな、皆さん…私の為に?」
瞳子は涙が込み上げてきた。
「ほら、ロウソク吹き消して」
「あ、はい」
瞳子は5本並んだロウソクを一気に吹き消す。
「25歳おめでとう!瞳子ちゃん」
「ありがとうございます。嬉しい、本当に。皆さん、ありがとうございました」
感極まって涙ぐむ瞳子に、おいおいと大河が口を開く。
「泣くなよ。千秋さんに写真送るからな。ほら、笑って」
4人は瞳子の周りにギュッと顔を寄せ合い、大河が腕を伸ばしてスマートフォンで自撮りした。
早速、皆で画面を覗き込む。
「あはは!最高に笑えるな、この写真」
「ほんと!吾郎、何だよこの攻めたポーズは」
「伝説のロックスターって設定だからな」
「どう見ても売れないコメディアンだよ!」
皆の真ん中で輝くような笑顔をみせる瞳子を、大河はふっと笑みをもらして優しく見守っていた。
オフィスに戻って着替えてから、瞳子は千秋にメッセージを送る。
『千秋さん、色々とありがとうございました。おかげでとても素敵な誕生日になりました』
写真を添えて送信すると、すぐさま大笑いするスタンプと共に返事が来た。
『最高!もう笑いが止まらない。想像以上に皆さんイケてる!このユニット、売れるわ』
どう売れるんだ?と瞳子は苦笑いする。
『瞳子、誕生日おめでとう!素敵な日になったようで私も嬉しいわ』
『ありがとうございます。千秋さんのおかげです。マスコミの件も、ご迷惑おかけしてます』
『ううん、大丈夫。もう随分静かになったわよ。あと少しかな?』
『そうなんですね、良かったです』
『でもまだ油断しないで。瞳子はもうしばらく、そちらでお世話になってなさいね』
『はい、分かりました』
事態が落ち着いたら、皆さんにきちんとお礼をしよう。
そう思いながら瞳子はスマートフォンを置いた。
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