TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「洋平さん、コーヒー置いておきますね」


「お、ありがとう」


今夜は洋平が泊まり込む番で、他の3人が帰った後、瞳子は二人分のコーヒーを淹れた。


洋平はデスクでアートの作品集や資料を眺めている。


(美術館の資料かな?洋平さん、知的な雰囲気だからよく似合うな)


ソファに座ってコーヒーを飲みながらなんとなく眺めていると、ふと洋平が顔を上げた。


「瞳子ちゃんって、デザインとか好き?」


「は?デザインですか?」


「そう。なんかこう、絵を描いたり文字を飾ったり…」


「いえいえいえ。そういうのは全くダメです。絵心もセンスもなくて」


慌てて否定すると、洋平はタブレットを手に立ち上がり、瞳子のいるソファに来た。


「ちょっとこれ見てくれない?次の体験型ミュージアムのビジュアルデザインなんだけど」


隣に腰を下ろすと、タブレットの画面を瞳子に見せる。


「わあ、綺麗!海とか水のイメージですね?」


「そう。ここに文字を配置したいんだけど、どのフォントでどの位置にすればいいかな?」


「ええ?!そんな、私にはさっぱり…」


「難しく考えなくていいよ。こうやって、ここをタップするとフォントが選べて、文字の大きさも指でピンチすれば、ほら」


「わっ、面白い」


「でしょ?自由にいじってみて。配置はこうやって指で自由に引っ張ればいいよ」


「はい」


瞳子はタブレットを受け取ると、早速色んなフォントを試してみた。


「たくさんあるんですねー。それに少し違うだけで全体のイメージも変わりますね」


「うん。テキストカラーを変えたり、アウトラインやシャドウをつけても随分変わるよ。文字の間隔を空けたり、フレームで囲ったり…」


「あ、これ素敵!」


瞳子は洋平に教わりながら、色々な組み合わせを試してみる。


「おお、なかなかいいね。やっぱり女の子の感性って違うなあ。じゃあ、仕上がったら保存して、また別のバージョンも作ってみてくれる?」


「はい!」


やっていくうちにどんどん楽しくなり、瞳子は時間も忘れて熱中した。




「おはよー」


翌朝の7時過ぎ。


ふあ…、とあくびをしながらオフィスのドアを開けた大河は、部屋中の明かりが煌々と点いているのに気づき、ん?と眉を寄せる。


「おい、洋平。電気点けっぱなし…」


そう言って奥のソファに目をやった大河は、ガタッとドアにぶつかりながら後ずさった。


(な、な、な、なんだ?どういうシチュエーション?)


大河の視線の先には、ソファに肩を寄せ合って座り、互いの頭をくっつけて眠っている洋平と瞳子の姿があった。


(え、どういうことだ?何をしたらこうなる?)


自分も数回ここに泊まり込んだが、こんなことになった試しがない。


瞳子はいつもコーヒーを淹れてしばらく雑談すると、おやすみなさいと部屋に引き揚げていた。


(透ならまだしも、洋平が?いったい何が…。アウトか?それともセーフか?)


妙な想像をして焦っていると、んー…と洋平が身じろぎした。


「イタタタ…。やべー、背中がつった」


すると隣の瞳子も、ん…と目を開ける。


「あれ?洋平さん?」


「おはよう、瞳子ちゃん」


「えっ、もう朝ですか?」


「そうみたい。俺達、ちょっと盛り上がり過ぎたね」


「ふふ、確かに」


大河は聞こえてきた会話に顔が真っ赤になる。


(盛り上がる?え、燃え上がる?どっちだ?いや、燃え上がり過ぎって何だ?)


その場を動けずにいると、更に二人の声がした。


「ごめんね、身体痛くない?」


「んーと、ちょっと痛いかな」


「だよね、俺も。もう一回ベッドで寝る?」


「どうしよう。そろそろ誰か来ちゃうかな」


ハッとして、思わず大河はその場にしゃがみ込んだ。


(いや、待て。どうして隠れる?隠れてどうする?)


落ち着け…と己に言い聞かせるものの、バクバクと鼓動が激しくなる。


(燃え上がり過ぎて、身体が痛い…?もう一回ベッドで寝たいが、誰かが来ちゃう…。え、俺、来ちゃったけど?)


そっと部屋から出て行くべきか…と考えていると、ふいに「おっはよーん!」と声がしてドアがガツンと身体に当たった。


「イテッ!」


「ん?何やってんの、大河」


透がドアに手をかけたまま見下ろす。


「い、いやー、ちょっと落とし物をな。あはは!」


「なんだそりゃ?」


透は軽くあしらうと、奥の二人にも声をかけた。


「おはよう!アリシア。ついでに洋平も。気持ちのいい朝だね」


「おはようございます。今、コーヒー淹れますね」


「ありがとう!」


カウンターキッチンにやって来た瞳子が、床にしゃがんだままの大河に気づく。


「あら、大河さん!いらしてたんですか?」


「ああ、うん。たった今ね。ちょうど今、まさに今、来たところなんだ」


「そうなんですね。おはようございます。コーヒー淹れますから、座っててください」


「わ、分かった」


大河は立ち上がると、ギクシャクと固い動きでデスクに向かった。





横浜の期間限定のミュージアムは、ゴールデンウィーク最終日に終了する。


そのクロージングセレモニーで使う映像を編集しながら、大河はチラリと視線を上げて洋平と瞳子を見比べた。


あれから二人は交代でシャワーを浴び、ふわりと同じシャンプーの香りを漂わせながら、タブレットを見て話し込んでいる。


夕べ二人に何があったのか?

大河は妄想たくましく、あれこれと想像しては顔を赤らめ、慌てて頭を振って打ち消していた。


「大河」


「うわっ、な、なんだ?」


急に洋平に視線を向けられ、大河は思い切りうろたえる。


「ん?そんなに焦ってどうかしたか?」


「いや、別に。それよりなんだ?」


「ああ。横浜のミュージアムのクロージングセレモニーで発表する次回のミュージアムの映像、ラフに仕上げたんだ。あとでチェックしてくれるか?」


「分かった。透と吾郎が帰って来たら一緒に観よう」


「了解」


透と吾郎は、ミュージアムの様子を見に行っている。


映像のチェックは皆で一緒にするのが大河のこだわりだった。


ファーストインプレッションを共有して、真っさらな状態で意見交換をする。


それが大事だと大河は思っていた。


やがて二人が戻って来て簡単な報告をすると、皆で昼食を取る。


少し休憩してから、洋平が制作途中の次回のミュージアム映像をプロジェクターで上映し始めた。


「へえ、いいな。今までの洋平らしさに、なんかこう、新たな魅力が加わった感じがする」


「うん。綺麗で繊細で、クオリティがワンランクアップしたな」


「川や海の透明感がいい。爽やかだなー。これは子どもだけでなく、デートスポットにもオススメ出来るかも」


「確かに」


皆の反応に、洋平は瞳子に目配せしてにっこり微笑む。


(ん?なんだ?)


今日一日、洋平と瞳子から目が離せないでいた大河は、またしても二人の様子が気にかかる。


「じゃあ、この方向で仕上げていいか?」


「ああ、頼む」


洋平の言葉に頷き、またそれぞれの仕事に戻った。






夕食を食べた後、洋平はふあーと眠そうにあくびをしてから立ち上がる。


「今日はもう帰るわ。お先ー」


「ああ、お疲れ様」


洋平が帰ってしばらくすると、吾郎と透もそれぞれ退社する。


今夜は大河が泊まる番だった。


「あの、大河さん」


コーヒーをデスクに置いてから、瞳子が控えめに声をかける。


「ん?どうした」


「はい。あの、こちらにお世話になってもう2週間になります。私、そろそろマンションに戻りますね。これ以上、皆様にご迷惑をおかけする訳にはいきませんから」


「迷惑だとは誰も思っていない。それにマスコミが完全に取材を諦めたとは限らないし、まだしばらくは動かない方がいい」


「ですが、皆さんをソファで寝かせてしまうのも申し訳なくて。私がソファに寝ますって言っても、頑なに断られてしまいますし。それにゴールデンウィークのクロージングセレモニーと、新しいお台場のミュージアムに向けて、ますます忙しくなりますよね?作業が立て込んで、仮眠室を利用される日もあると思います」


「気にすることはない。みんな結局ソファでうたた寝して、仮眠室はほぼシャワーしか使わないからな。それにこのソファ、フルフラットにすれば寝心地も最高なんだ。俺、ソファは座り心地よりも寝心地で選んだから」


「そうなんですか?!」


うん、と頷いて立ち上がり、大河はソファの背もたれをグイッと内側に倒してから、一気に外側へと平面に開いた。


「わあ、広い!」


「だろ?これが2台あるから、くっつけたら二人でも充分寝られ…」


そこまで言って、思わずハッとする。


(な、何を言ってるんだ?俺は。二人で寝るって、誰と誰がだよ?)


「大河さん、寝転んでみてもいいですか?」


「あ、ああ、うん」


すると瞳子は、コロンとソファに横になり、わー、気持ちいい!と両手を挙げる。


「オフィスを眺めながら横になるって不思議。でもすごく寝心地いいです」


「ああ。俺、自分のマンションのベッドより、ここのソファの方がよく眠れる」


「そうなんですか?ふふっ。それにしても、こうやって見ると、本当にオシャレなオフィスですよね。天井のライトも凝ってるなあ」


眩しそうに目を細めた瞳子は、そのままスーッと眠りに落ちていった。


「…え?ちょっと、おい!」


あっという間にスヤスヤと眠り始めた瞳子に驚いて、大河は思わず顔を覗き込む。


(そうか、夕べは洋平と一緒で寝不足だったからか)


何をしていて寝不足になったのだろう…と考えたところで、また顔が火照り出す。


いかん!と慌てて頭を振ると、隣の部屋からブランケットを持ってきて、そっと瞳子に掛けた。


オフィスの照明を絞ってから、静かにデスクでやり残した仕事をする。


カチカチとマウスをクリックしながら、どうしても視界に入る瞳子が気になってしまった。


(倉木アナと1年半つき合ったと言っていたっけ。どうして別れたんだろう?倉木アナの様子からすると、今でも彼女のことを大切に想っているんじゃないだろうか)


それに爽やかなイケメンアナの倉木と、モデル顔負けのスタイルの良い瞳子は、どう見てもお似合いの二人だった。


外見だけではなく、性格や雰囲気も似ている。


(どちらから別れを切り出したのかは分からないが、いずれにせよ、互いを想いながら別れることになったのではないだろうか)


これと言った根拠もなく、ただ何となくそんな気がした。


するとその時、瞳子が、んっ…と甘い声を洩らしながら寝返りを打ち、こちらに顔を向けた。


白い肌にサラサラの柔らかそうな栗色の髪。


前髪から覗く形の良い額と、スッと通った綺麗な鼻筋。


頬はほんのりピンク色に染まり、艷やかな唇はふっくらしてとても色っぽい。


(ヤバイ、見てはいかん)


大河は慌てて視線を逸らすと、パソコン作業に集中した。





「大河さん、大河さん?」


「…ん」


「大河さん、起きてください」


瞳子に肩を揺すられ、大河はゆっくりと目を開ける。


「おはようございます。すみません、大河さん。私がソファで寝てしまったばっかりに、大河さんがデスクで寝る羽目になってしまって…」


「ああ、そうか。いや、大丈夫だ。いつものことだし」


大河は身体を起こすと、うーん…と伸びをする。


「もう6時か。シャワー借りてもいい?」


「はい、もちろんです。朝食も用意しておきますね」


「サンキュー」


シャワーを済ませると、瞳子がピザトーストとコーヒーとサラダを用意して待っていた。


「大河さん、本当にすみません。私がここにいたのでは、皆さんちゃんと寝られませんよね?やっぱり私、すぐにでも自宅に帰ります」


「またそれか。気にしなくていいってば。それにもう少しマスコミの動きを確認してからの方がいい。千秋さんに事務所の様子を聞いて、あとは吾郎にも君のマンションに見に行ってもらうから、とにかく少し待って」


そう言うと、瞳子は少しうつむいてから、コクンと頷く。


「本当に俺達に気を遣う必要はないからな?透はもちろん、洋平も吾郎も君がいてくれて助かってる。仕事のアドバイスもくれるし、最近は美味しい食事も作ってくれてるだろ?」


宅配メニューばかりなのが気になって、瞳子は簡単な食事を作るようになっていたが、そんな程度でお世話になっていることのお返しにはならないと、瞳子は首を振る。


「とにかく少しでも早く出て行きますね」


「だーかーら、気にするなってば」


何度言っても納得しない瞳子に、大河はやれやれとため息をついた。


「でも、そうだな。いつまでもここにいるのも息が詰まるか。それならせめて、ゴールデンウィークのクロージングセレモニーが終わるまでは手伝ってくれないか?猫の手も借りたいくらい忙しくなるから、君がいてくれると助かる」


「はい!それはもちろん」


「良かった。その後マスコミの張り込みがいなくなってるのを確認したら、君を自宅マンションまで送り届けるよ」


「ありがとうございます!それまでは精いっぱいお手伝いいたします」


「ああ」


ようやく笑顔になった瞳子に、大河も頬を緩めて頷いた。

極上の彼女と最愛の彼

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

19

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚