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おまる
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「───それでは、本日の打ち合わせは以上で。お疲れ様でした」
地方の取引先との会議を終え
旅館のロビーに一歩踏み出した瞬間、張り詰めていた空気がふわりと解けた。
今回の出張は、私と高瀬くんの二人きり。
名目はプロジェクトの最終確認だが
実態は会社が気を利かせてくれた、公認の慰労旅行のようなものだった。
「凛さん、お疲れ様です。…顔、少し疲れてますよ」
「そう……?でも、これで一段落だわ」
私たちはチェックインを済ませ、露天風呂付きの離れの客室へと向かった。
部屋に入り、仲居さんが去ったのを見計らって、高瀬くんが後ろから私の腰を抱き寄せる。
「……やっと、二人きりですね。会社の名刺を持った凛さんも格好いいけど、俺は早く、オフの凛さんに会いたかった」
「瞬くん、まだ浴衣に着替えてもいないのに……」
「いいじゃないですか。……ねえ、凛さん。せっかく露天風呂があるんだから、一緒に入りませんか?」
「えっ……!? それは、その…」
「いいでしょ?ね」
戸惑う私を余所に、彼は手際よく浴衣に着替えると、私をテラスへと連れ出した。
夜の冷たい空気と、温泉から立ち上る白い湯気。
月の光に照らされた彼の肌は、彫刻のように美しく、逞しい。
湯船に浸かると、芯から身体が解けていくのが分かった。
けれど、隣に座る彼の視線が
私の肩や、湯面から覗く鎖骨にじっと注がれているのを感じて、鼓動が速くなる。
「…見すぎじゃない?」
「……すみません、綺麗すぎて見惚れてました」
彼は湯の中で私の手を引き、自分の胸元に引き寄せた。
濡れた浴衣が肌に張り付き、彼の体温がダイレクトに伝わってくる。
「出張の間、ずっと我慢してたんです。他の男たちが、仕事をしてる凛さんに、見惚れてるのがたまらなく嫌だった」
「…そんな人、いなかったわよ」
「いましたよ。……俺には分かるんです。あんたがどれだけ魅力的か、俺以外の奴に一秒でも気づかれたくない」
彼は私の髪を掬い上げると、項に深く顔を埋めた。
湯気のなかで混ざり合う、硫黄の香りと、彼のシトラスの香り。
会社での理性をすべて投げ打ったような、彼の狂おしいほどの独占欲。
「…今夜は、この温泉よりも熱くしてあげます。いいですよね、凛さん」
「……っ、…好きにして」
私は彼の首に腕を回し、熱い吐息を飲み込んだ。
静かな温泉郷に、二人の重なる鼓動だけが響き渡る。
仕事という「建前」が完全に消え去り
私たちはただ、お互いを求め合う一対の獣のように、深い夜へと沈んでいった。