再会、あの日の約束を
あの違和感から1か月たった。すっかり背も伸びて晴れて今日から高校生だ。つい最近までは子供だったけど今日から大人への一歩だと思うと嬉しいようなもどかしいような、不思議な気持ちだ。
(よし、忘れ物は無い。制服もちゃんと着たし)
「刀也〜ちょっと来なさい!」
母の声が襖を貫通して聞こえてくる。
「わかった!ちょっと待って」
すかさず大きな声で返答する。母は玄関にいたようだった。どうしたんだろう。何か手紙でも投函されてたのだろうか。
「どうしたの?なんかあった?」
「違うわよ、お隣さん」
「お隣?誰か引っ越してきたの?」
「そうそう、だから挨拶に来られたのよ」
目線を玄関の外にやる。目があったのは、あの日にぶつかってしまった人だった。
「おはようございます!剣持さんのお隣に引っ越して来た伏見ガクっす!」
「あ、…剣持刀也です」
明朗快活な雰囲気と、元気の良い挨拶。まるであの日の悲しい面影はなかった事のように。
「元気がよくて良いわねぇ、刀也と仲良くしてやって頂戴」
「わかりました!」
勝手に話を進める母。元気に返事をする伏見ガクという男。
「じゃあ、刀也さん、サクッとガクって呼んでくれよな!」
再び僕と目が合う。琥珀の瞳は僕を見てるのに、見てるはずなのに、どこか遠くを見つめていた。
今日も平和だと呑気に考える。春の暖かい風が頬を掠める。天気が良いし散歩にでも出るか。
「あ、お兄ちゃん、散歩してくるね」
ちょうど入れ違いになった兄にそう告げ外へ出た。………会ってしまった。お隣の伏見ガクと。どうにも僕は彼が苦手らしい。別に嫌な事をされたわけでも、言われた訳でもない。本能が逆らっているようだ。話しかけられないように顔を隠して通り過ぎようとする、、のも虚しくバレてしまった。肩をポンと叩かれた。
「刀也さん!何してるんすか?」
「散歩ですけど……」
あまり話したくなかったから素っ気なく答える。
「俺もついていって良いすか?」
「ぇ、……あ、良いですよ」
…満面の笑顔で言われたら断れないだろ。彼と2人でぶらぶらと歩く。いつの間にか神社まで来ていたようだ。
「あ、ねぇ伏見さん。どこまで行くんですか?」
「…一旦ここの神社、入らないか?」
彼はまた酷く悲しい顔をした。嫌でもあの日を思い出してしまった。
「あぁ、あと俺の事は下の名前で呼んでくれないか?」
今度はニコッと笑って言われた。
「ぁ、と、ガク…くん?」
ガク君が呼応する。
「とやさん」
瞬時甘ったるい空気が流れる。我慢出来なくなり咄嗟に叫ぶ。
「っ……神社‼︎…入るんじゃないんですか?」
「お、そうだったな」
鳥居を越える。
「…なんだか落ち着きます…ね」
辺りを見渡す。なんだか懐かしくなる。どこかで匂ったことある香り。
「あ!刀也さん!こっち来てください‼︎」
ガク君に呼ばれる。あれ、前にもこんな事あった気が…。
「なんですか?何かありました?」
息を呑む。はくはくと、次の言葉が出ない。池があった。見知った池が。でも、その池はこの方15年見た事なかった。駄目だ、思い出しちゃう。
………何を?
「刀也さん?どうしました?」
ハッとして横を見やる。ガク君が心配そうに僕を覗き込む。
「あ、、、大丈夫です」
「何か思い出したのか?」
ガク君はキュッと瞳孔を開く。
「ぇ、いや、違う……何も、、」
ガッと肩を掴まれる。
「本当か⁈何にも思い出してないのか⁉︎」
焦ったように、僕をゆする。
「ガク…君?いきなり、どうしたんですか」
きっとその時、僕の瞳は恐怖でいっぱいだったんだろう。
「ッッッ‼︎……あ、、ごめんな、いきなり」
「肩…痛いです。」
「ごめんっ、今離すな?」
「うん」
ガク君、もしかして、君は何かを知ってる?僕が忘れた事を。……ねぇガク君、
「なんで、そんな悲しそうな顔してるんですか」
「…俺、そんな顔してたか?」
「そうですよ」
ふわっと淡い匂いが鼻を掠める。暖かさを感じる。ギュッと抱きしめられてる事に理解するのにどれくらい掛かったか。
「なぁ、お願いだから、暫く、このままで、」
ガク君は消え入りそうな声でいう。
「いなくならないで、お願いだから、」
言葉が詰まる。
「……いなく、ならないですよ」
僕と彼は初対面な筈だ。なのに、こんなに悲しいのはなんでだろう。
(僕、分かんないよ……)
暖かい彼の鼓動だけがトクトクと聴こえた。
「ガク君、僕は、ここに居ますよ」
暫く2人、暖かい風に包まれながら抱きしめ合った。