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「然し(しかし)バアル、か…… 次兄を顕現させるにしても、万が一敵愾心(てきがいしん)を持って向かって来られたら、ちと面倒だな」
アスタロトの言葉にコユキはさも不思議そうに聞き返した。
「ん? そん時は話して聞かせれば良いんじゃないのん? 今回はアスタもいる訳だし説得すれば分かるでしょ?」
コユキの疑問の声に大魔王アスタロトは首を左右に振りつつ答えた。
「いや、次兄バアルの領域では言葉は何の意味もなさないのだ、というか言葉、声自体を発する事が不可能な、無音の世界なのだ…… 因み(ちなみ)に発声に頼る我々のスキル、魔術の類(たぐい)は発動する事が出来なくなるっておまけ付きでな」
「ふむ、厄介そうじゃない」
横で聞いていた善悪が参加する。
「ええっと、音が無いって事は空気が無いって事でござるか? 音は空気を振動させて伝わるのでござるから、若(も)しかして息が出来ないとか? でござるか?」
少しだけ考えていたアスタロトはややあって答えた。
「いや、空気は存在するだろう、我の火炎も消えなかったし、少なくとも酸素はあるんだろうな、それにバアルや手下どもは普通に発声してスキルを使っていたしな。 恐らく敵対心を持った相手の声だけ『喰う』ようなスキルだとは思うが…… 何しろ兄弟喧嘩のレベルだったからな、本気で分析した事など無いのだ、すまぬ」
「いやいや、参考になったでござるよ、確かに ち・と 厄介かも知れないでござるな……」
「そうか、あ! そう言えばバアルの領域外で発動したスキルの効果は消えなかったぞ! 一度『反射(リフレクション)』を発動して喧嘩を吹っかけたら、一発殴ってきたが、反射してやった良いヤツを顔面に受けて、アイツ鼻血を流しながら睨みつけてきて、そのままにらめっ子状態になった経験がある」
「ほぉー、アクティブはダメだけど、パッシブは維持出来るのでござるなぁ、|因み《ちなみ》にその時の結果は、どっちが勝ったのでござる?」
「いや数十日睨みあった後、喉が乾いたから我がムスペルに戻ってそれっきりだったよ、只の兄弟喧嘩だからな」
「なる、ありがとでござる、ふむふむ」
そうお礼を伝えると、善悪は何やらチラシの裏に書き始めたが、コユキがチラリと覗いた所、マトリックス図的な相対表がサラサラと書き記されているのが見えたのである。
餅は餅屋、策は策士に任せる事にして、コユキは他のメンバーに向き直り言葉を投げ掛ける。
「さて、悪巧みの類は悪徳坊主に任せるとして、アタシ達も出来る事をしなくちゃね! スキルが使えないって言っても、事前にかける事ができる強化や、アヴァドンの『支配』の力だったら問題無いだろうし、幸い? アタシのスキルは半分以上、『肉移動』で使用可能だからね、オルクス君とモラクス君は常に『風(アネモス)』使用になる覚悟で、シヴァ君は試しにバアルの領域破壊をを試して貰うわ、パズスも最初からガチガチになってまんま盾を、アジ・ダハーカにも限界まで『分身』を作り出して貰うわよん、ラマシュトゥちゃんは領域の外ギリギリの所で回復エリアの設置をお願い、アスタはアタシ同様、冷気と熱波の無詠唱スキルでサポートを頼むわね、後は――――」
ビリビリっ!
「ぜ、善悪?」
突然書き掛けのチラシを破いてしまった善悪の方へ顔を向けてコユキはハテナを浮かべながら声に出した。
善悪は破いたチラシをクチャクチャに丸めながら言ったのである。
「うん、今コユキ殿が言った通りでござる、皆よろしく頼むのでござる!」
コユキが慌てたように言うのであった。
「えっ? 良いの? 今書いてたのって作戦指示書とかでしょ? 途中だったんじゃないのん?」
善悪はシラっとした顔でかすかに笑いながら答えた。
「ん? ああ、今のチラシでござるか、あれだったら何でも無いのでござるよ、只の、えっと、絶縁状の練習でござる、だ・か・ら、気にしないでねん、でござる」
コユキは驚きつつも小声で言うのであった。
「……善悪。 オジサンとオバサンのことだけど…… あんまり思いつめる前に相談してね…… 家族ってウザい時も有るけど、その、良い物よ……」
「? ? うん、分かった、そん時は宜しくでござるよ ? ?」
「そ、そうだね、うん、絶対だよ、言ってよ」