テラーノベル
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屋久蓑大葉の厚い胸板と、飾りのようにチョンとついた、やけに色気の感じられる乳首をチラチラ見ながら。
|羽理《うり》は変に意識して頬が赤らみそうになるのを、セクハラと言う言葉で必死に誤魔化した。
なのに、すぐさま「……お前が俺にそれを言うか?」と呆れ顔で切り返されては、さすがの羽理も押し黙るしかないではないか。
確かに部長の股間事情とか色々聞いた上に、やたらエッチな目で部長の〝雄っぱい〟を見詰めてしまった自分の方がよっぽどアウトかも知れない。
「……前言撤回します、すみません」
「分かったんならよろしい。あー、あと……誤解してるようだから一応弁解させてもらうがな、俺が言いたかったのはつまり、彼氏の泊まり用に男物の服とか置いてないのか?ってことなんだが」
言われて、羽理は(ああ、なるほど!)と思った。
その上で、思わずやや食い気味。
「あったら着ちゃうんですか?」
しゅんとしながら尋ねたら、「いや、普通に考えて着れるもんがあるなら着るのが正解だろーが」と睨まれてしまう。
(えー。隠しちゃうだなんてもったいないです! もう少し見てたいです、部長の半裸!)
そう付け加えそうになっただなんて言ったら、今度こそセクハラ女だと訴えられそうなので、羽理は黙っておいた。
けれど心底ガッカリしたのは見抜かれたらしい。
「俺が裸だとお前にとって何か都合がいいのか?」
屋久蓑部長から溜め息混じりに聞かれてしまって、
「めっ、滅相もございません!」
とソワソワしてしまった余り、
「お、男の人の裸なんて普段からめっちゃ見慣れてますので!」
とか大嘘のハッタリをかましてしまった。
「ほぉー、それは期待できそうだ。――で、実際のところどうなんだ?」
「え?」
「だからっ。男物の服があるのかないのかって話」
「あ、そ、そのっ……ざ、残念ですっ! い、今っ丁度っ、か、彼氏を切らしてる真っ最中でっ! ちょっと前までは潤沢だったんですけど……」
なんて、店の棚にある商品在庫をたまたま売り切れさせているみたいな言い方をしてしまった羽理なのだ。
その上で内心、
(しょ、初対面の上司に自分の身体を見て反応するか否か聞くような女ですよ!? 彼氏いたら普通そんな馬鹿なこと聞きませんよね!? 部長様ならそのくらい察して頂けませんかね!?)
などと脳内でまくし立てるように思っていたりする。
「あー、すまん。何か俺……、色々配慮が足りてなかったみたいだな……」
だが、あっさりと嘘を見抜かれたみたいにそう結論付けられては、何となく女性としての沽券を踏みにじられたようで面白くないではないか。
「本当それですよ。――屋久蓑部長ってばタイミングが悪いんだからぁ!」
それで苦し紛れにそんなことを言ったら「何だそれ」と苦笑されて。
「なぁ、ちなみに聞いてみるんだが……ここの住所は?」
タイミング云々についてはあっさりとスルーされて、話を変えられてしまった。
(むぅー、覚えてなさいよぉー!? 屋久蓑大葉ー!)
などと部長様をフルネームで呼び捨てにして毒づきつつも、表面上はけろりとした顔を取り繕いつつ。
「……えっと、居間猫神社の近くですけど」
羽理は優しく教えてあげた。
その途端、屋久蓑が
「ああ、くそっ! マジか!」
と忌々し気に吐き捨てるから。
「部長のお住まい、もしかしてここから遠いんですか?」
と、問うてみたくなった。
「――俺ん家は会社の近くだ」
屋久蓑の言葉に、羽理は思わず「えっ」と驚かずにはいられない。
だってここから会社までは車で二〇分は離れているのだ。
(何でそんな距離をわざわざ真っ裸で、よく知りもしない部下の家まで押し掛けてきましたかね?)
羽理は、今更ながらそう思わずにはいられなくて。
「あのぉー、屋久蓑部長。めっちゃ今更なんですけど、どうして裸でうちの家にいらしたりなさったんですか?」
『電撃・突撃・部下のお宅訪問★』をするにしても、服くらい着てくればいいのに――。
スーツとまではいかずとも、最低でもパンツくらいは履いていらっしゃいな。
っていうか普通の人は真っ裸で出歩いたりしないよね?
ひょっとして……裸族?
色々謎過ぎて思わず小首を傾げたら、「俺だって来た覚えはねぇんだよ」とか。
「えっ? でも……現に今」
「俺も何でこんなことになってんのかめちゃくちゃ知りてぇんだがな。――お前にも心当たりはないのか?」
「んー。残念ながらありません」
「だよなぁぁぁぁ」
屋久蓑大葉の話によると、彼は羽理と素っ裸で対面する間際まで、自宅の風呂場にいたらしい。
さぁ、風呂から上がろうと扉を開けたら何故か目の前に裸の羽理がいて、何が何だか分からなくて戸惑ったのだと言う。
「っていうか普通それ、一番に聞くことだよな? 荒木、お前ホント変わってるな」
なんて、しみじみ言われたのを無視して、羽理は思わず問いかけていた。
「あのっ。部長ってもしかしてまだ童貞さんで……なおかつ魔法が使えちゃったりなんか……」
「しねぇわ! それに……童貞でもねぇ!」
三〇歳まで童貞だと魔法が使えるようになると言うボーイズラブものの漫画を読んだことがあるけれど、どうやら部長様はそうではないらしい。
(女性経験もあるみたいだし!)
自分から言わせたも同然なのに、眼前の美丈夫が誰かとエッチなことをしたことがあるんだと思ったら、何となくムカッとしてしまった羽理なのだ。
(私はまだなのに!)
理不尽なことを思ってプンスカしている羽理をよそに、屋久蓑大葉は頭を悩ませている様子で。
「なぁ、荒木。一つ相談なんだが……」
ややして羽理は、屋久蓑部長からコンビニで手に入るだけの身に付けられそうなものを買って来て欲しいとお願いされた。
***
脱衣所で一旦外へ着ていけそうな服に着替えた荒木羽理が、近所のコンビニ『セレストア』で買ってきてくれたモノは以下の通り。
・クルーソックス
・Tシャツ
・トランクス
・黒いつっかけサンダル
・レインポンチョ
全て大葉のリクエスト通り男物のLLサイズだったのだけれど。
「ズボンはなかったのか」
「残念ながら」
仕方なく、Tシャツとトランクスを身に着けてみたものの……。
「これに靴下履いたら死ぬほどアンバランスだろ」
想像しただけで余りのシュールさに自分でも笑えてしまう。
まぁサンダルは外を歩くのに必要だとして、ソックスとレインポンチョは何のために買ってきた!?と思ってしまった大葉だ。
「レインポンチョ羽織ったら色々誤魔化せませんかね!?」
ポンチョを片手に眉根を寄せる大葉へ、荒木がワクワクした様子で大葉の手元を指さしてくる。
「いや、雨も降ってねぇのにこんなん着てたら怪しさに拍車を掛けるだけだろ」
警察から職務質問なんて受けようものなら、ポンチョの下はズボンなしのトランクス。
変質者認定されてお縄になること請け合いではないか。
とりあえず裸一貫で飛ばされては来たものの、不幸中の幸い。
大葉のマンションは暗証番号を入力するタイプのキーレスキー対応住宅だったから。
荒木が買って来てくれた適当な衣服に身を包んで、タクシーで自宅まで帰れば何とかなるだろうと思っていたのだけれど。
さすがにこれは、と思って……。
「なぁ、荒木。迷惑ついでにもう一つ聞いてみるんだが……お前車とか」
「持ってますよぅ? イエローがまぶしいビタミンカラーのダイハチュのコッペンちゃんです」
それはツーシートのオープンカータイプの軽自動車の名だ。
「もちろんルーフは閉まるよな?」
「閉まりますけど今の時期はフルオープンも気持ちいいです!」
一応スポーツカーと言う部類の車なので、街中を颯爽と走るならば確かにルーフなしも気持ちいいだろう。
だが――。
「ちゃんと礼はするから、しっかりルーフを閉ざした状態でうちまで乗せて帰ってもらえないだろうか」
この姿で外へ出るとなると、なるべくなら密閉空間にしてもらえた方が有難いと思ってしまった大葉だ。
「えっ。いいですけど……高くつきますよぅ!?」
今ここにあるモノたちも、身ひとつでワープしてきた(?)大葉のために、荒木羽理が立て替えて買ってきてくれた品ばかり。
ニヤリと笑って大葉を見詰めてくる荒木に、元より大葉はケチるつもりなんてない。
「まぁそれは任せておけ。フルコースのディナーでも何でも食わせてやろうじゃないか」
「本当ですかっ!?」
「ああ。だが、原因が不明な限り、お前がうちに飛ばされてくることもあるかも知れんと思って動けよ?」
ククッと笑った大葉に、荒木がサァーッと青褪めて。
ササッと隣室へ走り去ってしまう。
「お、おい、荒木っ!?」
何事だろうかと思っていたら、荒木がアパレルブランドの袋に何やら詰め込んで戻ってきた。
「これっ。部長の家に置かせて下さい! ――あ、でも……勝手に中見たらしばき倒しますよ!?」
「はぁっ!?」
いきなり一体何だ、と思った大葉に、「し、下着とか着替えとか一式入ってます。もしものとき、屋久蓑部長みたいにぶっちゃいくな格好になるのは嫌ですから!」とか。
「いや、待て! これ、全部お前チョイスだからな!?」
思わず大葉がそう言ったら、「ポンチョと靴下を身に着けてくれてないから、私チョイスではありません!」と即答されて。
「いやっ。逆にそれ、全部身に付けたらもっとおかしなことになってるからな!?」
そう返しながらも、大葉は自宅へ無事辿り着けたら、自分も同じように目の前の部下へ着替えを一式預けておこうと心に誓った。
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