██は菊の友達です(女子)
高校生ifです
期末テストの少し前の雨の日だった。帰りかけた私は、下駄箱のところで傘を忘れたことに気がついて、美術室に戻った。美術室のドアは半分開いていた。
中に入ると残って絵を描いていたはずの██が居なかった。クロッキーブックには高校生ぐらいの男の姿が描かれていた。思わず手に取って見つめる。端正な顔立ち、でも見たことない人だ。██は誰を描いているのだろう。奥にある準備室から、話し声が聞こえたような気がしたけれど、すぐに何も聞こえなくなる。それから少したって██が準備室から出てきた。
「誰と話してたんですか?」
「何言ってるの?誰もいるわけないでしょ」
██が言った。そして私がクロッキーブックを手にしているのを見て、凄い勢いでひったくった。
「勝手に見ないで!!」
「すみません、開きっぱなしになってたものですから、、」
「菊、先帰ったんじゃなかったの」
「傘を、、忘れてしまって、、、」
そっか、というふうに██は笑って、その日はそのまま一緒に帰った。もう六時近かったから。でも██はどこか上の空みたいだ。なにか話しかけても、うん、としか言わない。
やっぱり、さっき誰かと話してた。クロッキーブックに描いていたのは誰?聞きたいけれど聞けなかった。██の口から聞きたくなかったのだ。
██は誰かに恋をしている。そしてその相手こそ、あの絵の人なのだ。美術部員では無いことは確かだけど、私の知らない誰か。上級生だろうか。
男子なんて幼稚で興味は無いって言ってたのに。けれど、、、。もしも██が誰かを好きになったのなら、仕方がないことなのかもしれない。親友として、██の恋を応援するべきなのだ。散々悩んだ末に、
「もしかして、好きな人が出来たんじゃないですか?」
と、思い切って聞いてみた。
でも██の返事はそっけなかった。
「そんなことない」
私は悲しくなった。何故話してくれないんだろう。なんだか、親友が遠くに行ってしまったような気がする。
夏休みになると██はキャンバスに向かって絵を描き始めた。少年の水彩画だった。それはいつか██のクロッキーブックで見た少年だった。一体誰なのかと、部員たちが聞いても、笑うばかりで答えない。そしてうっとりと自分で描いた絵を見つめていることもある。そのことに気付いたのは私だけだった。
その日、私は一旦帰るふりをして密かに美術室に戻った。あの時から、██が準備室で誰かと会っているんじゃないかと疑っていた。探るようなことはしたくなかったが、どうしても気になって仕方がなかったのだ。
美術室に入ると足音を忍ばせて、準備室へ向かう。準備室のドアが細く開いていた。そっと覗くと、██の背中が見えた。
「本当に似合う?」
██の囁くような声がする。
「もちろん。██は本当に可愛いな」
「私、アーサーに好かれるためだったらなんだってする!」
「俺だけを好きでいろ。そして最高の俺の絵を、仕上げてくれよ」
ニヤッと笑う相手の横顔が見えた。
やっぱり!それは██が夢中になって描いている人だった。
私は放心したように美術室を出た。██の言葉が何度もよみがえる。
私、アーサーに好かれる為だったらなんだってする!、、、
あんな事を██が言うなんて。
恋をすると、人は変わる?そんなことは無いと信じたかった。██との友情は変わらないと。でも、違った。██はすっかり変わって、一人の人だけ見つめている。私の事なんてどうでもいいみたいに。
ある日、私は██に聞いてみた。
「文化祭には、その絵、出すのですか?」
「うん。絶対完成させるんだ。」
██は頬を染めて答えた。でも、私が何を出すかなんて聞いてもくれない。私と██はもう、ただの友達。いや、、、もうただの同級生と言うべきかもしれない。
数日後、何かを取り出そうと鞄を開けた██が、うっかり中身をぶちまけてしまった。
「██ってば、最近ぼんやりしてない?」
笑いながら、私は拾うのを手伝ったけど、床に落ちて広がった国語のノートには、アーサーの絵ばかり描いてあった。目を背けたくなったが、ノートを閉じて██に渡した。
「ありがと、菊」
言葉とは裏腹の、冷ややかな言い方だった。
夏休みの終り頃、先輩が美術室にやってきた。3年生で、進路相談の為に学校に来たついでに寄ったという。その先輩が██の描いている絵を見て、驚いたような顔をした。それからかすかに眉を寄せると、小さく呟いた。
「・・・・アーサー」
多分、その声を聞いたのは、そばに立っていた私だけだった。
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